第十三話 拒まれる理由
「なんで今頃……」
このままでは敵に逃げられてしまう。
起きろよ、体っ……
しかし、そんな願いもむなしく体は動いてくれなかった。
「視界」に映る黒いオオカミも、視界にある黒いオオカミも、徐々に大きくなっていく。
逃げろ。
殺されるぞ。
——どうして自分の中からそんな脅しが出てきたのだろう。
俺にそんな脅しは効かないはずなのに。
そのことを俺が誰よりもよく知っているはずなのに。
こんな状況だというのに、血反吐を吐きながらフッと笑いがこぼれた。
そろそろ限界か。
初陣のときや訓練のときと違って、|鶴飼隊長や強制凍結システム《俺の命をこの世に留めてくれるモノ》はここに存在しない。
死ぬのにちょうどいい。
全身から力を抜き、ゆっくりと目を——
……?
違和感。
何か大きなものが消えたような。
何が消えた?
しかし、頭は上手く回ってくれなかった。
目で見て確かめないと答えは出せなさそうだ。
上半身を起こし、周囲を見渡す。
あたりには、何もなかった。
よく分からない色が四方に見えること以外は、本当に何も。
例のオオカミさえも。
いや……待て。
そもそも、上半身はどうして動くんだ?
拒否反応中に自分の意思で体が動くはずがない。
ならば、今は拒否反応中ではない?
アレがマボロシだった?
否。
機体が壊れた?
違う。
もしもそうだとしたら、この空間に説明がつかない。
「終わったのか?」
拒否反応が?
呟いた瞬間、俺は外に出された。
Fenrir-02の胴体から穴の内側をずり落ち、最終的には穴の最深部で仰向けに倒れることとなった。
視界にはどんよりとした空が端から端まで広がっている。
深くため息をついた後、睡魔が襲ってきた。
なんとか本部に連絡しないと……
ポケットから無線機を取り出し、然るべき人物のところへ繋いだ。
「相澤さん? 僕です。機体と僕の回収をお願いします。……敵ですか? 逃げられましたよ、おそらくね。では、そういうことで」
電源を切った無線機を放り投げると、大きく伸びをして目を閉じた。
目を閉じたまま、Fenrir-02に問いかける。
「なぜ……俺を拒み続ける?」
【貴様からはやる気がまるで感じられない】
その回答が、俺の中の何かに触れる。
目を開けて上半身を起こし機体の方向を向いた。
相手が人間だったら胸ぐらを掴んでいただろう。
「は? バカなことを言うな。俺は今回もちゃんと——」
【自分の命を守りたいと思っていない奴に本気が出せるとでも?】
「……今の俺にだって守りたいものはある。大切な人の——」
【出会って一月にも満たない他人の命がそこまで大切か? たったの三週間で将来を捨ててまでも守りたいと思うようになるのか? そうだとしたら貴様にはとうに生への執着が芽生えているはずだ】
「…………ッ……」
【もっと真面目にやれ。本気を出せ。そうでないと私は貴様のことを認めない】
反論できなくなった。
無理矢理立ち上がって穴から出ようとしたが、一分も経たずに力尽きた。
Fenrir-02の罵声を浴びながら、少々考えごとをする。
俺は今回の戦いで何を失ったのだろうか。
分からない。
分かるわけがない。
自分にも、他人にも。
おそらくは永遠に。




