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第2話 燃費と終わりなき闘争

 実習を終え、アドレナリンが引いた後の講習室は、妙に生々しい汗と埃の匂いが充満していた。

 教官から「これより判定に入る。各自、名前を呼ばれるまで待機」と告げられ、俺は鉄平てっぺいと並んでパイプ椅子に深く腰掛けた。


 周囲では「俺、火球が出たぞ!」「私は身体強化の小だ……」と、自分のステータスに一喜一憂する声が飛び交っている。前世の俺なら、そんな光景に「ファンタジーだなぁ」とワクワクしていただろうが、今の俺は、脳内で弾き出された「秒間1MP消費」という鬼のような燃費計算に、胃をキリキリと痛めていた。


成瀬なるせ。別室へ来い」


 無機質な呼び出し。鉄平が「お、合格発表か?」と拳を掲げたが、教官の目は笑っていない。俺は「ちょっと行ってくる」と短く返し、重い足取りで教官室へと向かった。


▲△▲


 別室では、先ほどの強面な教官が、タブレットに録画された俺の戦闘シーンを何度も再生していた。


「座れ、成瀬。……単刀直入に聞く。あのゴブリンの攻撃を回避した際の、妙に滑らかなステップ。あれは何だ? どこかの流派か?」


 教官の目は鋭い。「特異な動きをする探索者」は、国にとって管理対象であり、同時に不審の種でもある。俺は冷や汗を流しながら、あらかじめ考えておいた「五十代の趣味人」らしい言い訳を口にした。


「……いえ、流派なんて大層なもんじゃ。ただ、昔から音楽とか、ロボットアニメの起動シーンの音とか、そういう『リズム』が好きでして。戦っている最中に頭の中で音が鳴り始めたら、勝手に体が動いただけっす」

「リズムだと?」


 教官がいぶかしげに眉をひそめる。


「はい。スキルの内容も、なんて言うか……自分にバフがかかって、敵にデバフを与える……そんな感じの補助系っぽいです。音楽が鳴ってる間だけ調子が上がる、みたいな」


 嘘ではない。MJが『アッ!』と言えば敵は怯み、俺(の回避能力)は上がる。ただ、その「音楽」が世界を塗り替えるレジェンドの降臨だという肝心な部分をぼかしただけだ。

 教官はしばらく無言で俺を凝視していたが、やがて溜息をつきながら書類にハンコを押した。


「……最近はゲーム脳の若者が多いが,

その一種か。まあいい、結果は『合格』だ。だが、その『リズム』とやらで調子に乗って死ぬなよ。ダンジョンはライブ会場じゃないんだ」


(いや、ライブ会場になるんだよなぁ……)


▲△▲


 講習室に戻り、掲示板に自分の番号があるのを確認した俺は、鉄平てっぺいを非常階段の踊り場へと連れ出した。


「合格したよ、鉄平。……それと、これからのことなんだが」

「なんだよ、改まって。俺たちのコンビで新宿のダンジョンを制覇するんだろ?」


 鉄平の真っ直ぐな瞳が眩しい。だが、俺は首を振った。


「悪い。しばらくはソロで潜らせてくれ」

「はあ!? なんでだよ! お前のその変なスキル、俺の【重撃】と合わせれば最強じゃねーか!」

「……俺のスキル、ちょっと癖が強すぎるんだ。今の燃費じゃ、パーティーを組んでもお前に迷惑をかける。まずは一人で、この『リズム』に体を慣らしたい」


 MJを召喚した瞬間にヘイトを全部持っていかれ、俺が影に同化してしまう現状では、鉄平の戦い方まで狂わせてしまう。何より、召喚維持のためにポーションをがぶ飲みする無様な姿を見せるのは、まだ「おっさんのプライド」が許さなかった。


「お前はパーティー募集がある大手のクランとかを当たってみてくれ。安心しろ、すぐ追いつくから」

「……わかったよ。お前がそこまで言うなら、なんか考えがあるんだろ。でも、無理して死ぬんじゃねえぞ」


 鉄平は少し寂しそうに笑い、俺の肩を強く叩いた。


▲△▲


 数日後。免許を手にした俺が向かったのは、探索者専用の武器屋……ではなく、中古の配信機器ショップだった。


「これだ……これが俺の『目』になる」


 ダンジョン庁が推奨する「動画配信義務」。それを逆手に取り、俺の雄姿を世界に知らしめるための第一歩だ。中古の自律型ドローン、画角調整ユニット、さらには「もしもの時の護身用」の安物のナイフ。

 これら一式と、当面のMPポーションを買い込んだ瞬間。


 俺の銀行口座の残高は、目も当てられない惨状となった。


「……1,200円。牛丼数杯分か……」


 十九歳の若者が背負うには、あまりに重い「先行投資」。

 だが、俺の胸の中では、あの名曲のイントロが鳴り響いている。

 

「やってやる。まずは新宿の下層で、MJのムーンウォークを世界にお披露目だ」


 武器を背負い、ドローンを起動させる。

 五十代の魂を持つフリーター、成瀬奏。

 MPポーションの蓋をいつでも開けられるよう緩め、俺は一人、薄暗いダンジョンの入り口へと足を踏み入れた。


 伝説のイントロまで、あと数分。

 俺の財布とMPが尽きるのが先か、バズるのが先か――修行という名の「命懸けの路上ライブ」が今、始まる。



▲△▲▲△▲



 ダンジョン庁のライセンスを取得してから数週間。俺の日常は「理想のヒーロー像」とは程遠い、極めて世知辛いルーチンワークと化していた。

 現在の俺の戦闘スタイルは、およそ「冒険」とは呼べないほど計算高い。


 まず、ゴブリンを一体見つける。周囲に他の個体、特に動画に映り込む邪魔な雑音がないか、石橋を叩き割る勢いで確認。

 そして指を鳴らす。


「――ッ、チャ!」


 刹那、俺の貧相な四肢が爆発的な魔力で組み替えられる。

 猫背は矯正され、視界は高くなり、漆黒のジャケットが浮き出た血管のように俺の肉体に馴染む。成瀬奏なるせかなでという「モヤシ」が消え、そこには【キング・オブ・ポップ】が立っていた。


 襲いかかろうとしていたゴブリンが一瞬で「観客」に変わる。

 固有スキル『Billie Jean』の副次効果。圧倒的なカリスマによる強制的な硬直だ。理解不能な高次元の『美』を前にして、魔物の本能がバグを起こしている。


 だが、中身の俺は冷静に脳内の電卓を叩いていた。


(変身維持、毎秒1MP。……今だ!)


 俺はMJのしなやかな動きでススッと肉薄する。スキル『フェドーラ・ティップ』の効果か、ゴブリンの目は「目の前の眩いスター」に釘付けで、俺が手にしているのがマイクではなく安物のナイフであるという「現実」を完全に認識から外していた。


 サクッ。

 喉元を切り裂き、即座に指を鳴らして変身を解く。


「はぁ、はぁ……っ、12、13秒……! はい、撮影終了ッ!」


 変身が解けた瞬間に訪れる、鉛のような倦怠感。俺は膝をついた。

 わずか十数秒。だが俺にとっては、1秒あたり約40円のMPポーションを喉に流し込んでいるのと同義だ。

 おっさんの脳内にある「損益分岐点」のグラフが、常に赤字の領域で激しく警報を鳴らしている。


「……クソっ、今のナイフの角度、MJのキレに全然追いついてねえ……」


 視界がチカチカする。1秒ごとに脳がじりじりと焼けるような枯渇感。

 だが、今の俺の鼻腔をくすぐっているのは、ダンジョンの湿ったカビ臭さじゃない。


(――ああ、この匂いだ)


 不意に、記憶の蓋が開く。

 昭和の、蒸し暑い夏休みの夜。必死に録画したベータのビデオテープが、ガチャリと重厚な音を立てて再生された、あの瞬間の胸の高鳴り。

 

 ブラウン管の向こう側、ノイズ混じりの映像の中で、彼は確かに「重力」を無視して笑っていた。

 今の俺は、あの頃の自分が夢にまで見た「王の肉体」を、自分自身として動かしている。


(1秒40円? 赤字? ……そんなもん、あの夜の俺が支払った期待に比べれば、安すぎる投資だろ!)


 あの足の長さ、あの指先のしなり。たとえ数十秒でも、俺は彼《MJ》に……本物になっている。

 俺は震える手で、空になった安物ポーションの瓶をバッグに押し込んだ。

 

 変身が解けた俺の「モヤシ」な身体は悲鳴を上げている。胃はタプタプで、意識は朦朧。

 それでも、あのビデオテープを擦り切れるまで見た少年に、「今の俺、MJになって戦ってるんだぜ」と胸を張るためには、こんなところで泡を吹いている暇はない。


「……次は、14秒。……サビの『トゥ・スタンド』を決める瞬間まで、あと数ミリのMPを絞り出す」


 俺は重い体を叩き起こした。

 中身が五十代のおっさんだろうがガワが最高なら、やることは一つだ。

 

 俺は次の「獲物」と、世界に見せつけるための「一瞬の奇跡」を探して、暗い通路の奥へと再び足を踏み出した。

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