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魂のセットリスト ~おっさん、19歳の肉体で伝説を刻む~  作者: 渡部安恵
第1章

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2/16

第1話 50代ソウルは180秒で燃え尽きる

「お待たせ、かなで。……って、なんだその気合の入った顔は。お前、これから入社試験にでも行くのか?」


 新宿駅の喧騒けんそうの中、待ち合わせ場所の東口広場に現れたのは、幼馴染の影山鉄平かげやまてっぺいだった。

 高校時代からラグビーで鍛えたガタイはさらに一回り大きくなり、適当なTシャツの上からでもその胸板の厚さがよく分かる。手には、俺の物より二回りはデカい、パンパンに膨らんだスポーツバッグが握られていた。


「いや、入社試験よりよっぽど大事な日だろ。……準備はいいか、鉄平」

「おう。お前が『卒業したら絶対探索者になる』って言い出した時は、正直親御さんと一緒に止めるべきか迷ったけどよ。……その顔見てると、こっちまであてられそうだぜ」


 鉄平は苦笑しながら俺の肩をバシッと叩いた。

 こいつは、俺が時折口走る「前世の知識」――例えば、この世界には存在しない伝説のロボットアニメの名台詞や、神がかったギターリフの話を、「奏の妄想」として笑い飛ばしながらも、最後まで付き合ってくれる唯一の男だ。


 新宿の街を歩き、目的地へと近づくにつれて、周囲の空気は変わっていく。

 スーツ姿のサラリーマンに混じって、頑丈なプロテクターや大型のバックパックを背負った「探索者」たちの姿が目立ち始めた。

 そして見えてきたのは、かつての都庁ビルを一部改装し、巨大なアンテナと重厚な装甲で固められた「ダンジョン庁・新宿出張所」だ。


 入り口の金属探知機を抜け、無機質な廊下を進む。

 一歩、また一歩と足を進めるたび、俺の心拍数は心地よいビートを刻み始めていた。


「今日という日を、俺がどれだけ待ちわびたか……!」


 ダンジョン庁・新宿出張所の無機質な廊下を歩きながら、俺――成瀬奏なるせかなでは、胸の内で熱く拳を握りしめていた。

 中身は五十を超え、カセットテープを鉛筆で巻き戻していた世代の音楽好きなおっさんだが、今の器は期待に満ちた十九歳の若者。前世の知識を活かせずくすぶっていたのは、すべてはこの「ダンジョン」というステージのためだったんだ。



▲△▲▲△▲



「――以上が、ダンジョン内における遺失物法および薬機法の概略だ。居眠りしている者は今のうちに帰れ」


 教官の無味乾燥な声が、冷房の効きすぎた講習室に響く。

 パイプ椅子に座る俺の尻は、もう3時間も続く「座学」のせいで感覚が怪しくなっていた。周囲を見渡せば、緊張で顔を強張らせている若者や、逆に退屈を隠そうともせず貧乏ゆすりをしている男など様々だ。


 教官がプロジェクターで映し出しているのは、夢や希望とは程遠い「現実」の数字だった。


「ダンジョン内で発見された魔石は、すべて資源開発庁の管理下に置かれる。私的な売買は脱税、および国家資源横領罪だ。いいか、魔石は『ドロップアイテム』ではない。『国有資産』だ。この認識を誤る者は、ライセンスを取得する資格はない」


 前世の俺なら「世知辛いねぇ」と苦笑いしていただろう。だが今の俺は、その言葉を重く受け止めながらも、視線は手元の資料を通り越して、まだ見ぬ「自分のステータス」を夢想していた。


 この世界、現代日本における探索者は、決してファンタジーの主人公のような自由業ではない。

 内閣府直轄「ダンジョン庁」が発行する免許を所持し、道路交通法並みに厳格なルールに縛られた「特殊技術職」だ。銃刀法の制限も厳しい。初心者に許可されるのは、刺突に特化した「貸与品の槍」のみ。

 ロマンもへったくれもないが、それがこの国の、この時代の秩序だった。


「……よし、実習講習に移る。移動しろ。これより管理ダンジョン内にて、初回の魔力覚醒およびスキル判定を行う」


 教官の言葉に、講習室の空気が一変した。

椅子を引く音が重なり、皆が立ち上がる。その中には、隣に座っていた鉄平もいた。


「おいかなで、ようやく出番だぜ。ケツの感覚まだあるか?」

「ああ、なんとかな。……それより鉄平てっぺい、槍の扱いは予習したんだろうな?」

「当たり前だろ。イメージトレーニングはバッチリだ。敵を突く、ただそれだけだろ?」


 鉄平はそう言って笑ったが、その大きな手がわずかに震えているのを俺は見逃さなかった。

 無理もない。これから俺たちは、コンクリートの壁の向こう側、物理法則が捻じ曲がった「異界」に足を踏み入れるのだから。



▲△▲▲△▲



 管理ダンジョン・第01エリア

 連れてこられたのは、庁の地下深く、厳重な防爆シャッターの先に位置する訓練用エリアだった。

 入り口は無機質なコンクリートで固められているが、その奥からは、地上の空気が決して持ち得ない「鉄の匂い」に似た冷たい風が吹いてくる。


 俺は無意識に、右手の指を軽く鳴らした。

 ッ、チャ。

 乾いた音が響く。


(この感じ……知っている。ライブが始まる直前、会場が暗転し、観客の吐息が一つに混ざり合うあの『静寂の振動』だ)


 前世で何度も味わった、あの高揚感。

 五十代のおっさんの魂が、十九歳の若々しい肉体の中で激しくビートを刻み始める。俺の心臓は、スタジアムを揺らすバスドラムのようなリズムで脈打ち、全身の血を沸騰させていた。


「整列。これより一人ずつ、管理された下位モンスターと対峙させる。補助教官が背後に付くが、原則として自力で仕留めろ。そこで初めて、ダンジョンがお前たちを『探索者』と認識する」


 教官が端末を操作すると、エリア中央の檻がスライドし一匹のゴブリンが姿を現した。

 映画や漫画で見るようなユーモラスな姿ではない。皮膚は病的に緑がかり、目は濁った殺意でぎらついている。不衛生な悪臭がこちらまで漂ってきた。


「まずは影山。前へ」

「……っし。行ってくる」


 鉄平が少し重い足取りで前へ出る。貸与されたアルミ合金製の槍が、照明を反射して鈍く光った。

 鉄平は大きく息を吸い込むと、教官の合図と共にゴブリンへ向かって走り出した。


「おおおおおっ!」


 がむしゃらな叫び。技術も何もない、ただの突進だ。

 だが、鉄平の持ち前の体格と、この日のために鍛えた腕力が、槍の鋭い先端に乗り移った。


 ゴブリンが短刀を振り下ろそうとした瞬間、鉄平の槍がその胸板を貫いた。

「ギィッ……!」という短い悲鳴。

 怪物が黒い粒子となって霧散する。その瞬間、鉄平の体が淡い光に包まれた。


「お、おおっ! 出た、出たぜ奏! ステータス画面だ!」


 鉄平が空中を指さして叫ぶ。そこには本人にしか見えないはずのホログラムが展開されているのだ。


「スキルは……【重撃】? 攻撃の威力を上乗せするやつか!」

「良かったな、鉄平。お前らしい重戦士タンク向きの引きだ」


 拍手を送る俺。教官も「悪くない」と短く頷いた。


「次、成瀬。位置につけ」


 心臓の鼓動が一段と高鳴る。

 俺は一歩、また一歩と、冷たい風が吹く中央エリアへと進み出た。


 手渡された槍は予想以上に軽かった。

 だが、俺はそれを「武器」としては見ていなかった。


(いいか、奏。落ち着け。これは戦闘じゃない。これは『体育の授業でやったスポーツチャンバラ』なんだ)


 自分自身に言い聞かせる。

 目の前に2匹目のゴブリンが放たれる。先ほどの個体よりも動きが速そうだ。

 ゴブリンは地面を低く蹴り、最短距離で俺の喉笛を狙って跳んだ。


 教官が「危ない!」と介入しようとしたのが見えたが、俺の意識はすでに別の次元にあった。

 迫りくるゴブリンの不規則な足音。爪が地面を削る音。それが俺の頭の中で、自然と「一定のリズム」として整理されていく。


 ッ・チャ! ッ・チャ! ッ・チャ! ッ・チャ!


 4分の4拍子。

 裏拍で踏み込んでくる。


(……見えた)


 俺は槍を構えることさえせず、ただ無意識に右足を後ろへ滑らせた。

 前世で何度も真似をした、あの伝説のステップ。地面を撫でるような滑らかなスウェー。


 ゴブリンの短刀が、俺の鼻先数センチを空しく切り裂いた。


「なっ……!?」


 教官の驚愕の声。


 宙でバランスを崩したゴブリンの目の前で、俺は槍の石突きを地面に突き立てた。それを支点に流れるような動作で刃先を突き出す。


「アッ!」


 喉の奥から、鋭いシャウトが漏れ出た。


 槍の穂先が、ゴブリンの眉間に吸い込まれるように突き刺さる。

 抵抗らしい抵抗もなかった。

 怪物は光の粒子となり、訓練場の天井へと消えていった。


 静寂。

 鉄平も、教官も、他の受講生も、今の「踊るような」一撃に言葉を失っている。

 だが、俺の意識はその静寂さえもBGMに変換していた。


 脳内に、無機質だが確かなアナウンスが響く。


【システム:モンスターの討伐を確認】

【成瀬奏のステータスを解放します】


「……来た」


 俺は震える指先で、自分の目の前に展開された半透明のウィンドウを凝視した。

 そこには、この世界のどの教科書にも、どの行政資料にも載っていない「未知の言葉」が刻まれていた。



▲△▲▲△▲



 脳裏にあの、世界で最も有名なベースラインが鳴り響く。

 ドゥンドゥ・デーン・ドゥ・デーン・ドゥ……


 魂が、勝手にステップを刻もうとした。今ここで、この無機質な訓練場をライブ会場に変えてやりたい。

 だが。

 視界の隅に浮かぶウィンドウの数字を見た瞬間、俺の全身から血の気が引いた。


【固有スキル:変身レジェンド・アーカイブ

【解放楽曲:Billie Jean】

【消費MP:毎秒1MP】

【現在MP:180】


 俺は反射的に、おっさんの脳みそでフル回転の計算を始めた。

『Billie Jean』の演奏時間は、約4分54秒。

 秒数にして、294秒。


「……え?」


 もう一度計算する。何度やっても答えは同じだ。

 俺が全魔力を振り絞って「彼」へと変身を遂げても、曲の途中で……それどころか、一番盛り上がるサビにたどり着く前に、俺の魔力は底を突き、強制的に「モヤシ男」へと逆戻りする。


光り輝くステージの幕が開く前に、メイン電源が落ちる。

 それが、五十代の執念で手に入れた「ギフト」のあまりにシビアな現実だった。


かなで! お前、今の動きマジで何なんだよ! 神がかってたぞ!」


 鉄平てっぺいが、ラグビー部仕込みの熱量で駆け寄ってくる。


「スキルは何だ? 身体強化系か? それとも回避特化の何かか?」


 俺はレンタル品の槍を杖代わりに、ようやくの思いで立っていた。

 膝が笑っている。それは達成感からではなく、あまりの「燃費の悪さ」への絶望からだった。


「鉄平……」

「おう?」

「……俺、サビまで持たない」

「は? サビ? 何の話だよ。魔力が足りねえのか?」

「いや……足りる。足りるんだが、足りないんだ。……この世界は、思っていたよりずっと、エネルギー不足に厳しいみたいだ」


 指パッチン一つで、伝説へと姿を変える。

 その代償は、十九歳の若者が背負うにはあまりに重い「燃費が極悪」という十字架だった。

 俺の第二の人生は、イントロのベースラインが鳴り響く前に、ガス欠でエンストしかけている。


「成瀬、今の身のこなし……。あとで詳しく報告を聞かせてもらおう」


 教官の鋭い視線が刺さる。

(報告? 冗談じゃない。俺が今からやるのは報告じゃない。『MPポーションの特売日』の調査だよ)


 俺は心の中で、まだ見ぬ魔力ポーションの山を思い描きながら、冷たい汗を拭った。

 かつての王と同じ姿で、この世界に立つ。

 その「一曲」を完遂するためには、俺という電源ユニットは、あまりにも出力不足だった。


「……まずは、安く売ってる店を探すところからスタートか」


 俺の伝説――その「イントロ」は、あまりにも短く、そして驚くほど世知辛いものになりそうだった。





▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲


成瀬 奏:初期ステータス(19歳・初探索時)

ベース:Lv.1

保有スキル:Lv.1

固有スキル:変身レジェンド・アーカイブ

現在解放済み:『Billie Jean』

※MPが枯渇し0になると変身が解ける。倦怠感・吐き気。


HP(体力)80:平均以下。すぐ息が上がる。

MP(魔力)180:初期値としては優秀だが、スキルに対して絶望的に足りない。

STR(筋力)8:武器を振るより、ポーションの蓋を開ける方が得意。

VIT(耐久)5:演出のスモークに巻かれてむせるレベル。

AGI(敏捷)15:逃げ足は平均より少し速い。

INT(知力)45:状況判断は冷静。ゆえに絶望も深い。

LUK(幸運)1:期待に胸を膨らませてこのザマである。


▲△▲▲△▲

レベル1の18歳男性の平均ステータス。

HP(体力)100:

MP(魔力)30:

STR(筋力)13:

VIT(耐久)14:

AGI(敏捷)11:

INT(知力)14:

LUK(幸運)10:

▲△▲▲△▲

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成瀬 奏:初期ステータス(19歳・初探索時)

ベース:Lv.1

保有スキル:Lv.1

固有スキル:変身レジェンド・アーカイブ

現在解放済み:『Billie Jean』

※MPが枯渇し0になると変身が解ける。倦怠感・吐き気。


HP(体力)80:平均以下。すぐ息が上がる。

MP(魔力)180:初期値としては優秀だが、スキルに対して絶望的に足りない。

STR(筋力)8:武器を振るより、ポーションの蓋を開ける方が得意。

VIT(耐久)5:演出のスモークに巻かれてむせるレベル。

AGI(敏捷)15:逃げ足は平均より少し速い。

INT(知力)45:状況判断は冷静。ゆえに絶望も深い。

LUK(幸運)1:期待に胸を膨らませてこのザマである。


▲△▲▲△▲

レベル1の18歳男性の平均ステータス。

HP(体力)100:

MP(魔力)30:

STR(筋力)13:

VIT(耐久)14:

AGI(敏捷)11:

INT(知力)14:

LUK(幸運)10:

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