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第8話 路地裏の覇者

「……よし、これならいける。今回のコンセプトは『暴力的なまでのカリスマ』だ」


 深夜、俺は自室の机で、書き込みすぎてボロボロになったノートを広げていた。

 画面に表示されているのは、新しくアーカイブから引き出した第二の楽曲スキル――『Bad』の構成図だ。


「『Billie Jean』が静かなる夜の王なら、『Bad』は荒れ狂う路地裏の覇者だ」


 ステータスを確認する。

『Billie Jean』が回避と幻惑に特化していたのに対し、この『Bad』は驚くほど攻撃的だ。パッシブスキルの『フー・イズ・バッド?』は、発動するだけで周囲の雑魚を膝つかせる。これはもう、探索というよりは「制圧」に近い。


「鉄平との共闘を考えるなら、この『バックル・アーマー』がキモになるな」


 漆黒のライダーススーツに、無数の銀のバックル。

 このスキルは俺だけでなく、パーティーメンバーである鉄平の装備も変貌させる。あいつの武骨な大盾が、黒銀の輝きを放つ「Bad」仕様の防具になるわけだ。物理防御の上昇に加え、ダメージを弾き返す反射特性。


(あいつが前線で黒い火花を散らしながら耐え、俺がその横を『ストリート・ランブル』の近接格闘で蹂躙する……。打撃音がスネアドラムの衝撃波になるなら、乱戦になればなるほど、戦場は俺たちのビートで支配される)


 俺はペンを回しながら、明日のシミュレーションを繰り返す。

 五十代のオタクにとって、作戦会議プランニングは実戦と同じくらい、あるいはそれ以上に楽しい時間だ。


「懸念点は、やはりMP消費と……この『シャウト』だな」


『シャウト・オブ・ジャスティス』。


 鋭い「Hee-Hee!」や「Shamone!」が物理的な衝撃波となって、敵の魔法詠唱を潰し、鼓膜を破る。性能は文句なしだ。


 だが、問題は「メンタル」だ。

 前回の配信では、無意識の独り言が漏れて大惨事になった。今度は意識的に、それも鉄平の目の前で、全力のドヤ顔でこれを放たなければならない。


「……いや、やるんだ。中途半端な羞恥心が一番『ダサい』ってことは、おっさんの長い人生で学んできたはずだろ」


 これは『MJ』になりきることが発動条件のようなもんだ。恥じらいを捨てろ、奏。お前は今、十九歳の皮を被った世界で一番『Bad』なおっさんなんだ。膝もしなりも括約筋も、すべては「演出」の一部として飲み込んでやれ。


  自分に言い聞かせ、俺は最後の一行を書き加えた。


 ――トドメは『ザ・ワード・イズ・アウト』。

「Bad!」の一喝で、すべてを終わらせる。


 ふと、モニターの端で明滅するブラウザに目が止まる。

 そこには、攻略サイトで「現在の新宿ダンジョンの要注目人物」として、俺のMJ姿と、それを見張るようにフォローを外さない氷室冴香ひむろさやかの名前が並んでいた。


(……ライブでの失態まで見られてる可能性が高いんだ。今更、格好つけたって始まらねえ)


「待ってろよ、鉄平。そして氷室冴香。お前たちが知っている『MJ』は、まだイントロに過ぎない。……今度は、一言も余計な独り言を漏らさずに完遂してやる」


 俺はガチガチに固まった首を回し、椅子から立ち上がった。

 明日は鉄平と合流し、一気に下層の深部を狙う。槍を持ったモヤシ男は、明日、黒銀のバックルを鳴らして「真の王者」へと変貌する。

 

「……Shamone!」


 深夜の自室。小声で練習したそのシャウトは、意外なほど鋭く、静寂を切り裂いた。


▲△▲▲△▲



「……よし、気合入れるか」


 翌朝、俺は母さんが用意してくれた「大盛りご飯と、スタミナ抜群の豚汁」を胃袋に流し込んでいた。

 十九歳の身体だが、正直朝から脂の浮いた豚汁は重い。だが、今日は新曲『Bad』の解禁日だ。MP消費の激しさを考えれば、これくらいの熱量はガソリンとして必要だろう。


かなで、あんまり無理しちゃダメよ? その……王様ごっこもほどほどにね」


 母さんの「王様ごっこ」という言葉に、俺は味噌汁を吹き出しそうになった。世間が震え上がっている伝説の変身も、母さんにかかればごっこ遊びの範疇らしい。


「わかってるよ、母さん。……行ってくる」


 玄関で靴を履き替えていると、二階から結菜がドタドタと階段を鳴らして駆け下りてきた。


「ちょっとお兄ちゃん! 今日の動画も、絶対、完璧に、最高なやつを撮ってきてよね!」

「……朝からうるせえな」

「いい? 今、学校の女子の間で『黒いジャケットの王様』のファンクラブができそうなのよ。お兄ちゃんが中身だってバレたら一瞬で解散しそうだけど……だから、せめて映像だけは『カッコいいお兄ちゃん』でいてよ」


 結菜はそうまくし立てると、俺の手のひらにクシャクシャになった千円札を一枚、押し付けてきた。


「……これ。一応、ポーション代の足しにしなさいよ」


 お小遣いを削ったのだろう。中学生にとっての千円は、俺にとっての一万円より重い。生意気な妹なりの、不器用な「先行投資」だ。


「……おう。十倍にして返してやるよ」


 俺は千円札をポケットに突っ込み、照れ隠しに軽く手を振って家を出た。

 春の陽光が眩しいが、俺の心はすでに、黒いアスファルトが広がる深夜の路地裏――『Bad』のステージへと切り替わっていた。


 駅までの道すがら、俺はスマホで「氷室冴香」のフォロー欄を再度確認する。

 まだ消えていない。夢じゃなかったらしい。


「ファンクラブに、トップ探索者の視線、それに妹の千円か……。背負うものが多すぎて、余計な独り言を言ってる余裕なんてなさそうだな」


 俺は小さく「Hee-Hee!」と喉を鳴らし、ステップを刻むようにして待ち合わせの場所へと向かった。


 ――さあ、開演の時間だ。


▲△▲


 新宿駅東口、アルタ前。

 かつての待ち合わせの聖地は、今や「ダンジョン渋滞」の温床だ。重装備の探索者たちがひしめく中、一際目立つ図体で仁王立ちしている男がいた。


「よお、かなで! 遅かったじゃねえか!」


 鉄平だ。肩に担いだ巨大な大盾は、以前よりさらに傷が増えている。戦場をくぐり抜けてきた男の顔だ。


「悪い。気合入れすぎて、シャウトの練習に時間がかかった」

「シャウト? お前、ボイトレでも始めたのか? まあいい、行こうぜ! 今日は魔石を山ほど稼いでお前のポーション代をたんまりと捻出してやる。夜は高い肉だ!」


 俺たちは人混みを縫うようにして、新宿ダンジョンの入り口へと向かった。

 入り口付近には、予想通り「カメラを持った野次馬」や「新顔を物色するスカウト」がたむろしている。俺は、中古ドローンのコントローラーを握る手に力を込めた。


(……昨日のライブ事故のことは忘れろ。あれは『Billie Jean』の神秘性による副作用だ。今日の『Bad』は……もっと攻撃的で、もっと傲慢でいい)


「鉄平、まずは第04エリアの路地裏区画を狙う。あそこはゴブリンの数が多い。……俺の新しいスキルの実験には、最高の『ステージ』だ」

「新しいスキル? まだ隠し持ってんのかよ! お前、本当になんだよ……伝説の武器屋の孫か何かか?」

「……まあ、そんなもんだ。伝説の『レコード屋』の常連だったのは確かだけどな」


 ダンジョンの入り口をくぐると、独特の湿った冷気が肌を刺す。

 通路が細くなり壁に煤汚れが目立ち始める。ゴブリンの汚物と血の匂いが混ざり合う殺伐とした「路地裏」の空気。

 前方から、耳障りな笑い声とともに、十数匹のゴブリンが棍棒を叩き鳴らしながら現れた。


「奏! 来たぞ! 俺が止める、後ろはお前に――」


 鉄平が盾を構えようとした瞬間、俺はその前に一歩踏み出した。


「いや、鉄平。今日は俺が『リズム』を作る。お前は、そのビートに乗るだけでいい」


 俺は地面を力強く踏みしめた。

 昨夜、自室で小声で練習した、あの鋭い音を脳裏に響かせる。

 右拳で胸を叩き、迫りくる群れに指を突きつける。


「――Shamone!(シャモン!)」


ドッ、ドッ、チャ! ドッ、ドッ、チャ!


 重厚なキックとスネアの音が、石造りの通路に爆発した。

『Billie Jean』の静かなベースラインとは違う。腹の底を突き上げるような、暴力的で、それでいて完璧に統制されたビート。


【固有スキル:変身レジェンド・アーカイブ発動】

【楽曲:Bad ―― 演奏開始】


 刹那、俺の身体を闇が走り、漆黒のライダーススーツへと書き換えられていく。

 無数の銀色のバックルが魔力を帯びてジャラリと鳴った。


「う、うおっ!? なんだこれ、俺の盾が……真っ黒に!?」


 背後で鉄平が叫ぶ。

 スキルの効果『バックル・アーマー』。

 鉄平の武骨な大盾と鎧もまた、漆黒のライダース風へと変貌し、無数のベルトが巻き付いていた。バックルから放たれる黒い火花が、周囲の闇を威圧的に照らし出す。


「……行くぞ、鉄平。誰が『Bad(真の王者)』か、こいつらに教えてやる」


 俺は不敵に笑い、ハットの縁(の幻影)を深く引き下げた。

 

 咆哮するゴブリンたち。

 だが、その瞳にはすでに、かつてない「恐怖」の色が浮かんでいた。


(よし、独り言は漏れてないな。完璧だ……!)


 伝説の二曲目。路地裏の蹂躙が、今、始まった。

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