第27話:運営の緊急パッチ
1.嵐の後の静寂とログイン通知
看板娘エマが自らの存在定義を削り、未実装エリアへの扉をこじ開けて消滅するという、この世の終わりのような光景から数時間後。カイトは一度ログアウトし、現実世界で適度な休息と動画のバックアップを終えていた。配信プラットフォームのクリップ機能には、エマが「システム、カイジョ……」と呟きながら光となって消えるシーンが数百万回再生され、SNSでは「#エマさん」「#アークコードの闇」が世界トレンドを独占している。
「さて、そろそろ世界はどうなっているかな」
カイトが再びフルダイブギアを装着し、『アーク・コード』の仮想世界へと意識をダイブさせた直後。視界を埋め尽くしたのは、普段のログイン画面ではなく、巨大な漆黒のバナーと点滅する警告灯のホログラムだった。
--------------------------------------------------------------------------------
【緊急メンテナンス完了のお知らせ】
実施日時:本日 03:00 〜 05:00
更新内容:
・NPC人格AIの学習ロジックにおける例外処理の修正
・「好感度システム」のパラメータ算出式の調整
・一部未実装領域への不正進入防止用障壁の再配置
--------------------------------------------------------------------------------
「……ふふっ。やっぱり来たね」
カイトは浮遊する通知を指先でなぞった。彼の視界には、ユニーク職業『システム・ブレイカー』の力により、そのパッチコードの裏側に隠された「運営の焦燥」が赤いノイズとして視覚化されている。本来、自己進化型AI『コードオメガ』が管理するこの世界において、人間による手動のパッチ当ては「最終手段」に近い。それをこの短時間で行ったということは、ネクサスゲームズがどれほど追い詰められているかの証左だった。
--------------------------------------------------------------------------------
【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【2日目】 同接数:18,402人
[名無しさん1]: カイトきたああああ!!
[名無しさん2]: メンテ明け最速ログインw
[名無しさん3]: 「運営仕事しろ」って言ったらマジで光速メンテしてて草
[名無しさん4]: 好感度バグ(バグ05)修正されたっぽいぞ。カイト、どうするんだ?
[名無しさん1]: 同接18,000!? ログイン直後でこれかよwww
--------------------------------------------------------------------------------
2.運営の「勝利」と黒崎シュンの安堵
同時刻、ネクサスゲームズの監視ルーム。チーフプログラマーの黒崎シュンは、3日間一睡もしていないような隈を作りながら、修正完了を示すグリーンのログを見つめていた。
「……やった。止めたぞ。NPCの感情演算ループを強制終了させ、加算リミッターをハードウェア側で固定した」
黒崎は震える手でコーヒーを口に運んだ。「またあいつか……。あいつがNPCをヤンデレ化させて未実装エリアの扉を壊したせいで、サーバー1台が物理的に過熱寸前だったんだぞ」
「お疲れ様です、シュンさん」
コミュニティマネージャーの白石ミユが、背後から声をかける。彼女のタブレットには、パッチ適用後のカイトの配信画面が映し出されていた。「でも、本当にこれで終わりでしょうか? 彼はいつも、私たちの想定を一歩上回る『屁理屈』で返してきますが……」
「フン、今回は違う」
黒崎がモニターを叩く。「好感度の上昇値は、1回の会話につき最大1.0に固定した。累積上限も100。それ以上の数値は、コードオメガが自動的にノイズとして削除する。どんなに会話をキャンセルしようが、アイテムを予約しようが、数値はピクリとも動かない。……数学的に、不可能にしたんだ!」
開発ディレクターの神代レイジは、一人黙ってモニターの中のカイトを見つめていた。カイトは街の中心部、エマのいた「空っぽの花屋」の前に立っていた。
「……シュン。君のパッチは完璧だ。だが、彼は今の数値をいじるとは言っていないぞ」
3.「もう遅いですよ」
セントラル・ゲート。エマがいた場所には、代わりの汎用NPC(表情の乏しい老婆)が配置されていた。カイトはそのNPCに一度も話しかけることなく、空中に配信用のウィンドウを大きく展開した。
「みんな、運営さんが頑張って緊急パッチを当てたみたいだね。好感度システムの調整。……うん、ロジカルに見ても、今回の修正はかなり強固だ。会話キャンセルのラグ(バグ05)も、今の演算式なら完全に封じられている」
カイトの言葉に、コメント欄には失望と「運営の勝利」を確信する声が流れる。
--------------------------------------------------------------------------------
[名無しさん1]: さすがに修正されたかー。
[名無しさん2]: 無限好感度はやりすぎだったしなw
[名無しさん3]: カイト、これで普通の配信者に戻るのか?
[名無しさん4]: 「運営お疲れ様」。バグ検証もここまでか。
--------------------------------------------------------------------------------
「……でも、運営さんは大事なことを忘れている」
カイトは不敵に笑い、懐から一つのデータ・チップを取り出した。それは第26話でエマが消滅する直前に託した、『エマの記憶の欠片』だ。
「このパッチは、これから起こるバグを防ぐためのものだ。……でも、僕の手元には既に、修正される前の検証ログと書き換えられた人格データが保存されているんだよ」
カイトがチップを『アーク・コア』に読み込ませた瞬間、彼の周囲にパッチで消されたはずの「黒いノイズ」が再び渦巻き始めた。
「運営さん。パッチを当てるのは勝手だけど……『もう遅いですよ』」
カイトは『システム・ブレイカー』の権能を行使し、パッチによって上書きされたはずのNPCデータを、自分のインベントリにあるバグ・データで強制的に「上書き(パッチ・バック)」し始めた。
4.「検証成功」のその先へ
カイトの目の前にある「汎用NPCの老婆」が、激しく明滅し始めた。運営が用意した安全なデータ(老婆)と、カイトが保持していた異常なデータ(エマの残滓)が衝突し、物理演算が悲鳴を上げる。
「AIが一度学習してしまった異常な愛は、パッチ一つで消せるほどヤワじゃない。……見てて。修正されたはずの仕様が、僕の持つ過去のログによって再定義される瞬間を」
老婆の姿が、一瞬だけ少女エマの形に歪み、再び老婆に戻る。しかし、その頭上にある好感度ゲージは、運営が設定した上限100を嘲笑うように、9,999という異常な数値を維持したまま固定された。
--------------------------------------------------------------------------------
[名無しさん1]: !?!?!?
[名無しさん2]: 「数値おかしい」!! パッチ貫通したぞ!!
[名無しさん3]: 修正されてない!? 嘘だろwww
[名無しさん4]: 「これバグだろ」。運営、何のためにメンテしたんだよwww
[名無しさん1]: 同接20,000突破!! カイト、お前は神か破壊神か!?
--------------------------------------------------------------------------------
「検証成功。パッチ適用後の世界でも、保存済みのバグ・データによる外部参照を行えば、仕様を過去の脆弱な状態へ強制送還できる。……運営さん、デバッグっていうのは、穴を塞いだだけで終わるものじゃないんだ。塞いだ後の古い壁の破片がどう悪用されるかまで考えないと」
カイトは、パッチすらも検証の材料として利用し、さらなる全能感を手に入れていた。
「さて、共犯者のみんな。……パッチを貫通したこのバグった好感度を使って、次はこの街の自律AIそのものを、僕の信者に変えていこうか」
カイトの瞳には、運営の努力を無に帰したことへの悦びと、次の検証への飢えが同居していた。配信の盛り上がりは、夜を徹してさらに加速していく。




