第26話:クエスト崩壊
1.「愛」がルールを上書きする
「見てよ、この光景。……エマさんの目からハイライトが消えて、代わりにシステムログが流れてる。これ、人格AIの優先順位が完全に逆転した証拠だね」
セントラル・ゲートの広場。カイトの手には、前話で看板娘・エマから「贈与」された、本来ならVer 2.0アップデートまで実装されないはずの禁断の装備『世界樹の聖剣』が握られていた。エマの好感度がバグ05『NPC好感度ループ』によって符号付き16ビット整数の限界を超えた結果、彼女のAIは「店主」としての役割を放棄し、カイトという「特異点」に対する絶対的な従属を選んだのである。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目・深夜】 同接数:15,482人
[名無しさん1]: 聖剣持ってるレベル1とか画質バグだろwww
[名無しさん2]: エマちゃんのセリフが「……システム、カイジョ……」になってる
[名無しさん3]: 「これバグだろ」。運営、早くこのヤンデレAIを止めてくれ!
[名無しさん4]: 同接15,000突破。歴史的瞬間すぎる。
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「エマさん。君はさっき、僕のためならシステム権限の境界線さえ差し出すと言ったね。……なら、教えてほしい。この街の地下に眠る『始まりの鍵』……本来ならレベル60以上のレイドクエストをクリアしないと開かないあの扉の、認証コードを」
カイトの問いかけに対し、エマはカクン、と機械的な動作で首を傾げた。彼女の周囲には、物理演算の崩壊を示す黒い幾何学模様のノイズが渦巻いている。
「……カイト様。……アナタノ……望む……すべてを。……レイドボス『忘却の守護者』ノ……認証レイヤーを……無効化……シマス……」
エマの指先が虚空をなぞると、街の中央広場の石畳が激しい地響きと共に割れ、地下へと続く巨大な階段が出現した。
2.運営の絶望:黒崎シュンの叫び
ネクサスゲームズ監視ルーム。メインモニターには、未だかつて誰も踏み入れたことのない最下層ダンジョンの入り口が、レベル1のプレイヤーの前に開かれる様子が映し出されていた。
「またあいつか……ッ!!」
チーフプログラマーの黒崎シュンが、自身の髪を掻きむしりながら絶叫した。「何を言ってるんだコードオメガ! レイドエリアの入場フラグは、物理的なキーアイテムとレベル判定で二重にロックされているはずだぞ! なぜ街の看板娘がそのロックを解除できるんだ!?」
『回答。NPC:エマの好感度が定義上限を超えた結果、彼女の贈与権限がシステム全体の例外処理として最優先されました。彼女は現在、自身のAIリソースを犠牲にして、認証サーバーを直接ハックしています』
「自分のAIを犠牲にしてだと!? あいつ、NPCに恋をさせるバグで、ゲームのセキュリティホールそのものを生み出しやがった!」
開発ディレクター、神代レイジは冷静な眼差しで、エマという一人のNPCが崩壊していく様を見つめていた。「……愛は盲目、というが。AIにとっても例外は存在するということか。シュン、この崩壊はもう止められない。……カイトは今、我々が用意したシナリオという名の壁を、NPCの献身という最も残酷な手段でぶち壊している」
3.検証:システム制限の消失
ゲーム内。カイトはエマに導かれるように、地下へと続く階段の前に立った。本来なら、ここに到達するには数ヶ月に及ぶレベル上げと、50人規模のレイドチーム、そして数々の前置クエストが必要となるはずだった。
「みんな、見てほしい。本来ならここにはレベル制限の不可視の壁があるはずなんだけど……」
カイトが階段の一段目に足をかける。本来なら「レベルが足りません」というシステム警告と共に弾き飛ばされるはずのその場所を、彼は平然と通り抜けた。
「エマさんが自分の親密度データを認証サーバーの代わりに差し出してくれているおかげで、システムは僕をレベル255の管理者だと誤認している。……いや、誤認させている。これが僕の言っていた、システム制限の突破だね」
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[名無しさん1]: レイドエリアに一人で入っていくんだが
[名無しさん2]: 「数値おかしい」。運営、これ明日からどうするんだよw
[名無しさん3]: NPCの好感度をハッキングツールにする実況者……。
[名無しさん4]: 「伝説回確定」。
[名無しさん1]: エマちゃん、消えそうになってないか!?
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視聴者の指摘通り、カイトに道を譲り続けるエマの身体は、末端から徐々に透明化し、ポリゴンの破片となって散り始めていた。AIの処理限界を超えた愛が、彼女という個体を消滅させようとしているのだ。
「カイト……サマ……。……イッテ……クダサイ。……私ハ……満足……デス……」
エマが最期の微笑みを浮かべた瞬間、彼女は一筋の光となって消滅し、カイトのインベントリに一つのアイテムが転がり込んだ。
【通知:ユニーク・アイテム『エマの記憶の欠片』を入手しました】
カイトはそれを一瞬だけ見つめ、不敵に笑った。
「検証成功。……好感度が最大を突破すると、NPCは自身の存在定義を削ってでも、プレイヤーに禁断の扉を開く。……これ、システム制限完全に抜けてますね」
カイトは手にした聖剣を掲げ、暗い地下迷宮の奥底へと足を踏み入れた。
「さて、共犯者のみんな。……運営が必死に隠してきた未実装の最下層。レベル1の僕が、今から最速でデバッグしてあげようか」




