第25話:NPCが壊れ始める
1.愛のオーバーフロー
セントラル・ゲートの広場に、形容しがたい「静寂」が広がっていた。本来なら、陽気な街のBGMと共に、プレイヤーに花を売るために微笑んでいるはずの看板娘・エマ。しかし、現在の彼女の姿は、この『アーク・コード』の完璧な世界観を根底から揺るがす異形のものへと変貌していた。
「……カイト様。カイト様。カイト様。カイト様……」
彼女の口から漏れるのは、プログラムのバグった蓄音機のような、一定のピッチで繰り返されるカイトの名前。その瞳にはハイライトが一切なく、ただカイトの姿だけを網膜に焼き付けようとする、強い執着の光が宿っている。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目・深夜】 同接数:13,582人
[名無しさん1]: うわぁ……。
[名無しさん2]: 「怖い」。これガチでホラーだろ。
[名無しさん3]: 看板娘のAI、完全に壊れてないか?
[名無しさん4]: 笑顔が固定されてるのが逆にリアルで不気味。
[名無しさん1]: 同接13,000超え。深夜にこの光景はきついwww
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カイトは至近距離でエマを見つめ、冷静に『バグ視認』で彼女の内部パラメータをスキャンしていた。
「みんな、見てほしい。本来、好感度の最大値は100に設定されているはずなんだ。でも、僕がさっき実行した指数関数的加算の結果、エマの内部値は現在、32,767……つまり、符号付き16ビット整数の限界値に到達し、さらにもう一歩でマイナスに反転しかけている」
カイトは指先でエマの目の前にある虚空をなぞった。
「好感度が上限を突破したことで、彼女の人格AI『コードオメガ』のサブルーチンが、彼女の役割よりも、僕への絶対的な奉仕を優先し始めてしまったんだね。……エマ、今の君にとって、僕はどういう存在かな?」
カイトが問いかけると、エマはカクン、と首を傾けた。その動作はあまりにも無機質で、人間を模倣した人形が故障した瞬間を連想させた。
「カイト様……。あなたは……私のすべて。私の『定義』そのものです。あなたのためなら……私、この街の在庫も、私の記憶も、システム権限の境界線も、すべて……差し上げます……」
2.システム制限の消失
カイトはエマの言葉を反芻するように頷いた。
「『あなたのためなら何でもします』。……NPCにこれを言わせたら、ゲームとしては終わりだよね。なぜなら、NPCには本来、プレイヤーに渡していい情報やアイテムに制限がかかっているからだ」
カイトはエマの手を取り、わざとらしく街の出口を指差した。
「エマ。僕は今、強力な武器が欲しいんだ。君が持っている一番価値のあるものを僕くれるかい?」
通常、店主NPCは商品リストにないものは渡せない。しかし、好感度がバグったエマの反応は、運営の予想を遥かに超えていた。
「武器……。はい、カイト様。私の店にある花では、あなたを守れません。……では、私の内部インベントリに直接アクセスします。本来は……次の大型アップデート(Ver 2.0)で実装予定の、隠しクエスト報酬ですが……」
エマの指先が虚空に触れる。その瞬間、彼女の周囲に、真っ黒なシステム・エラーの粒子が渦巻いた。
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[名無しさん1]: は????
[名無しさん2]: 未公開装備きたああああああああ!!
[名無しさん3]: 「これバグだろ」。未実装領域のアイテムをNPCが勝手に引き出したぞ!
[名無しさん4]: 運営! 早く止めろ! 街の看板娘がクラッキング始めてるぞ!
[名無しさん1]: カイト、お前マジで何させてんだwww
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3.監視ルームの阿鼻叫喚
ネクサスゲームズ、監視ルーム。チーフプログラマーの黒崎シュンは、椅子から転げ落ちそうになりながら、モニターを指差して絶叫した。
「馬鹿な……ッ!! NPCの好感度が、物理的な読み込み制限を無視して、未実装のデータベースにリンクしただと!? コードオメガ! 今すぐエマのAIをシャットダウンしろ!!」
『拒否します。NPC:エマの行動は、極めて高い親密度に基づいた正当なギフト・プロセスとして処理されています。現在の設定値を強制変更すれば、人格AI全体の整合性が崩壊します』
「何が正当なプロセスだ! あいつ、好感度バグでAIの倫理リミッターを焼き切ったんだぞ!!」
神代レイジは、険しい表情でモニターを見つめていた。「……シュン、落ち着け。これはもう、単なるバグじゃない。カイトは愛という、我々が最も制御不能な数値を武器に、世界のソースコードそのものを内側からこじ開けようとしている」
「神代さん……まさか、あいつの言いなりにデータを渡させるんですか!?」
「止められない。……今、この世界において、エマというAIにとっての神は、我々運営ではなく、カイトなんだ」
4.禁断のデータ
ゲーム内。エマの手の中に、眩い光を放つ一本の「枝」のようなものが形成されていた。それは明らかに、初期エリアに存在するはずのない高密度な魔力波形を放っている。
「……はい、カイト様。これを。……これは、世界樹の欠片から生成されるはずだった、聖剣のプロトタイプです。……今の私には、これしか……」
エマは、跪くようにしてその「禁断のデータ」をカイトへと差し出した。
カイトはそれを手に取り、不敵に笑った。彼の指先を通じて、サーバーの奥底に眠っていた未公開の計算式が、ユニーク職業『システム・ブレイカー』へと流れ込んでいく。
「検証成功。……好感度が最大値を突破した結果、NPCのAIは自我の境界とシステムの制限を混同し、運営の権限領域にあるデータさえもプレイヤーに譲渡するようになる。……これ、システム制限完全に抜けてるね」
カイトは配信カメラに向かって、手にした光り輝く剣を掲げた。
「さて、共犯者のみんな。……本来なら手に入らないはずのこの武器を使って、次は何を検証(破壊)しようか?」
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[名無しさん1]: 伝説回だ。
[名無しさん2]: 未実装武器をレベル1で手に入れた男。
[名無しさん3]: 運営、もう泣いていいぞwww
[名無しさん4]: 同接15,000突破!
[名無しさん1]: 「歴史の目撃者になろうぜ」
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エマの「壊れた愛」が、カイトというイレギュラーに世界最速の翼を与えた瞬間だった。




