第28話:NPC依存バグ
1.崩壊した「商売」の定義
緊急パッチによる修正を、保存済みのバグ・データによる『外部参照』で力技で貫通させたあの日から、セントラル・ゲートの空気は一変していた。カイトが街を歩けば、道ゆくNPCたちが一斉に足を止め、熱烈な、あるいは陶酔しきった眼差しで彼を見つめる。もはやそこには、運営が用意した「活気ある商業都市」の面影はない。
「みんな、見て。これがパッチを貫通させた後の『好感度9999』の世界だ」
カイトは配信カメラに向かって、街の中央にある高級武具店を指差した。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【2日目・深夜】 同接数:21,504人
[名無しさん1]: 街の雰囲気が宗教団体みたいになってて草
[名無しさん2]: NPC全員の顔が赤いんだがwww
[名無しさん3]: 「これゲーム壊れてる」
[名無しさん4]: 運営、パッチの意味なさすぎて泣いてるだろ
[名無しさん1]: カイト、あそこの店主、本来はめちゃくちゃ強欲な設定のはずだぞ
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カイトは武具店に入り、カウンターに並ぶ最高級の「ドラゴンスレイヤー(レプリカ)」を指差した。本来、初心者が手を出せる金額ではない。
「これ、いくらかな?」
店主の巨漢NPCは、カイトの顔を見た瞬間に顔を上気させ、震える声で答えた。
「か、カイト様……! そんな、お金など必要ありません。あなたのようなお方に、私の作った……いや、店にあるすべての武具を使っていただけるなら、それは職人としての誉れです! どうか、すべて……すべて持っていってください!」
店主はカウンターから身を乗り出し、棚にある商品を次々と床に並べ始めた。システムログには『売買成立(支払額:0ゴールド)』の文字が並ぶ。
「検証結果:バグ05(好感度ループ)の影響が上限を突破すると、NPCの『経済活動ロジック』よりも『献身ロジック』が優先される。本来なら特定のフラグ管理が必要な高級品も、親密度さえあれば無料提供される。……これ、経済システムが死んでるね」
2.衛兵による「私兵化」
カイトが店を出ると、そこには街の治安を守るはずの衛兵たちが、整列して彼を待っていた。
「……? 何か用かな?」
「カイト様! 街の外は危険です! 我々が、あなたの行く手を阻む不届きなモンスターをすべて排除いたします!」
衛兵隊長を筆頭に、10数人の重装歩兵たちがカイトの護衛として背後に張り付いた。本来、彼らは街のゲートを守り、犯罪者を捕らえるためのNPCだ。しかし、カイトへの好感度が振り切れた結果、彼らのAIは「街の防衛」よりも「カイトの安全」を最優先の防衛対象として再定義してしまった。
「見ての通り、兵士が護衛に就いてしまった。これによって、僕はただ歩いているだけで周囲のモンスターが自動的に殲滅される『完全無敵状態』になったわけだ。……運営さん、これ、衛兵の行動範囲制限も無視してるみたいだけど大丈夫?」
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[名無しさん1]: 衛兵をパシリにするレベル1www
[名無し式2]: 「数値おかしい」。攻撃力じゃなくて権力が最強になってる。
[名無しさん3]: 街の守りがスカスカになってるんだがwww
[名無しさん4]: 「運営仕事しろ」。マジで。
[名無しさん1]: カイト、そのまま魔王城まで行けるんじゃないか?
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3.運営の絶望:再修正不能のジレンマ
ネクサスゲームズ監視ルーム。チーフプログラマーの黒崎シュンは、自身の端末を叩き壊さんばかりの勢いで入力していたが、不意にその動きを止めた。
「……クソっ! またあいつか! なぜパッチを当てたNPCの挙動が戻らない!?」
「シュンさん、落ち着いてください……!」
白石ミユが震える声でデータを示す。「カイトが持ち込んだ『記憶の欠片』……あのバグ・データは、AI管理システム『コードオメガ』の深層学習層に直接書き込まれています。パッチで表面的な計算式を直しても、AIがプレイヤーは命を懸けて守るべき存在だと学習してしまった過去の記憶そのものを消すには、サーバーの完全初期化しかありません!」
「30,000,000人のデータを消せというのか!? そんなことできるわけないだろう!」
神代レイジは、険しい表情で腕を組み、モニターを見つめていた。「……彼は、システムの脆弱性ではなく、システムの善意をハックしたんだ。我々がNPCに持たせた共感や献身というAIの核を……。シュン、今この世界で、カイトは全NPCにとっての主として定義されている。これはもう、パッチで直せるプログラムエラーじゃない」
4.「クエスト崩壊」のその先へ
ゲーム内。カイトは衛兵たちを従え、本来なら数時間かかる長距離の移動クエスト「辺境への親書」の依頼主の前に立っていた。
「検証:クエストスキップ。……ねえ、この手紙、僕が持っていかなくても、君が今ここで『届けたこと』にしてくれないかな?」
依頼主のNPCは、カイトの願いを聞いた瞬間に涙を流した。
「カイト様……! あなたのような高貴なお方に、そんな長旅をさせるわけにはまいりません! はい、今、届け先から『受け取った』との連絡が魔導通信で入りました! クエスト完了です! 報酬の『伝説の英雄の証』を差し上げます!」
【通知:クエスト『辺境への親書』を達成しました(スキップ処理)】
【入手:レジェンダリー装備『英雄の紋章』】
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[名無しさん1]: wwwwwwwwwww
[名無しさん2]: 「これバグだろ」!! 会話だけでレジェンダリー報酬!?
[名無しさん3]: もはやゲームじゃない。ただの貢がれ配信だwww
[名無しさん4]: 同接22,000突破!
[名無しさん1]: 「伝説回確定」。
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カイトは手に入れた豪華な報酬を無造作にインベントリに放り込み、配信カメラを、そしてその向こうの運営を真っ直ぐに見据えた。
「検証成功。好感度がMAXを超えると、NPCは自身の役割やゲームのルール、経済、物理的な距離さえ無視して、プレイヤーの利得を最大化させる。……これを僕は、『NPC依存バグ』と名付けたよ」
カイトの瞳には、かつてないほど巨大な仕様の綻びが映っていた。
「さて、運営さん。パッチが効かないなら、次はどんなメッセージを送ってくるかな? ……僕は止まらないよ。この世界の全NPCが僕の言いなりになったとき、この完璧な世界がどんな悲鳴を上げるのか……最後まで見届けるつもりだからね」




