EP9 映画館
「一海くん」
昼休み、グラウンドで幸太郎たちとバスケをしていた時だ。
「おい、一海、藤原さんが呼んでるぜ」
「え?」
バスケコートの脇を見ると遥さんが立っていた。
「ちょっといい?」
「なんですか? いい所なのに」
「ごめんね。ちょっと付き合って」
遥さんに連れられて、グラウンドの端まで来た。
「一海くん。陸上部入らない?」
「またそれですか」
「冗談よ。明日、映画見に行かない?」
「どうして俺が」
「一目惚れ」
「……」
「だったらどう?」
美人の誘いを断るヤツはいない……よな。
「いいですけど。多分、俺と行っても楽しくないですよ?」
「どうして?」
「デートしたことないんで」
「映画を観るだけよ。後で連絡するわ」
遥さんはそれで行ってしまった。俺は幸太郎たちの所に戻るが、全員がこちらを睨んでいる。
「なんだよ」
「何の用だったんだ?」
「部活の勧誘」
「お、陸上やるのか?」
「やらん」
何の用だったか。俺にもわからない。ただ、俺は美人と映画に行くことになったようだ。
当日。授業が終わったら、校門を出た所で待ってろと言われた。
「一海くん。待った?」
「待ちました」
「じゃあ、行きましょ」
遥さんを待っている間に、三葉と二湖は帰って働いてるはずだ。今なら鉢合わせることもないだろう。
「どんな映画なんですか?」
「……恋愛映画かな」
やっぱそうだよな。寝ないようにしないと……。
「好きじゃない?」
「え?」
「恋愛映画」
「初恋もまだなんで、そういうのよく分からないんですよね」
「……そうなんだ」
話してるうちに駅前の商業施設に着いた。ここに映画館が入っている。
俺たちはポップコーンと飲み物を買って、席に座った。
「映画館って久しぶりだな」
ポップコーンを口に放り込みながら言った。
「好きじゃなかった?」
「一緒に来るヤツもいないしね」
「里崎くんとか」
「里崎?」
「陸上部の」
「あぁ、幸太郎か。あいつは陸上しか興味ないですよ」
「そうなのね。あの子、なかなかいい走りしてる」
「ずっと俺の次だったんで、今は一番でしょうね」
「あなたは陸上以外にも興味があったの?」
「俺も陸上にしか興味ありませんでしたよ。でもあいつと俺とは違う」
「どう違うの?」
その時、開始のブザーが鳴って、場内が暗くなった。CMがいくつか流れて本編が始まった。
高校生の恋愛モノ。出会って、恋をして、彼女が病気になって……。
鼻を啜る小さな音が聞こえて、遥さんの方を見ると、スクリーンの光に照らされた横顔に涙が浮かんでいた。
俺はポケットからハンカチを出すと、遥さんの手を取って、握らせた。
遥さんは驚いたようにこちらを見たが、俺と目が合うと、渡したハンカチで目元を押さえた。
握った手は、そのままだった。俺も、離さなかった。
やがて映画は終わり、場内は明るくなった。
「悲しかったですね」
「……うん」
気の強い美人かと思ってた。けど、違った。
ロビーに出ると、適当なところに座って、彼女が落ち着くのを待った。
「ごめんね。もう大丈夫」
大丈夫には見えなかった。
大人びてると思えば、映画で泣き崩れたり、かと思えば、今度は強がったり。よく分からないな。
「何か買ってきます」
「え?」
「待ってて」
「うん」
俺は彼女を残したまま、自動販売機を探した。
俺がコーラと水を買って戻ると、遥さんは立ち上がって待っていた。
「これ」
「ありがと」
彼女に水を手渡すと、俺はコーラを飲んだ。
「ふぅ……」
「それ、美味しい?」
「美味いよ」
「ふーん」
彼女も少しだけ水を飲んだ。
「あー、ねぇ、敬語面倒だからやめていい?」
「……いいわよ」
「じゃあ、行こう」
映画館を出ると行くあてもなく、街を歩いていた。こういうのも久しぶりだ。
「ねぇ、さっきの続き」
「え?」
「あなたと幸太郎くんの違いって?」
「あぁ、そんなん言ってたな」
「教えて」
「あいつは走るのが好きなんだ」
「あなたは好きじゃないの?」
「俺は走るのが好きなんじゃなくて、速いのが好きだった」
「……」
「だから今は好きじゃない」
「そう……」
彼女は悲しそうな顔をした。
「遥は走るの好き?」
「え?」
「走るの」
「……好きよ」
「そっか」
彼女はそれから黙り込んでしまった。何かまずいこと言ったかな。聞かれたから答えただけなんだけど。
「ね、ねぇお腹空かない?」
「そういえばもうそんな時間ね」
「ご飯食べて帰る? 門限とか」
「大丈夫。地元の方に有名なお店があるの」
「じゃあ、そこに行こうか」
「えぇ」
俺たちは駅前から、遥の言う店に向かって歩き始めた。




