EP3-11 これ、なに?
寝れない。部屋に戻ってもイライラしてしまい、なかなか寝つけなかった。
遥のヤツ、どうしてあんな憎まれ口を……。喧嘩なんかしたことなかったのに。
寝なきゃ……。そう思うと余計に眠れなくて、朝になってしまった。
「兄さん、起きて、朝だよ」
二湖が声をかけてくるが、学校に行く気分じゃなかった。
「ダルいから先に行っといてくれ」
「体調悪いの?」
「ただの寝不足」
「……わかった」
遥が起こしに来るのではないかと心配したが、そんなこともなく。みんなが生活している音を聞いていると、安心できたのか、いつの間にか眠っており、目が覚めたのは正午を回ってからだった。
俺が部屋から出ると、ダイニングテーブルに「おみそ汁あるよ」と書き置きがあった。
コンロに置かれた小鍋の蓋を開けると、ナスと油揚げのみそ汁だった。温め直して、ご飯をよそって、遅い朝ご飯を食べた。
このみそ汁は誰が作ったものなんだろう。書き置きは二湖の字だったけど。遥が作ったから美味い、三葉が作ったら不味いなんて、言わなきゃダメなんだろうか。美味いもんは美味い……。
今更、学校に行くのも面倒で、俺はソファーに座ってテレビをつけた。遥、まだ怒ってるんだろうか。
でも、普段あんなこと言うヤツじゃないんだ。陸上のことでストレスが溜まってるんだろうか。
そうだ……本を買ったんだった。ちょうど暇だし、読んでみるか。
俺は部屋から『選手のためのこころの教科書』を取ってくると、ソファーに寝転んで表紙を開いた。
全部読むのもなぁ。すぐに遥のためになることはないか。パラパラとページをめくってみる。
小さな成長を見つける。記録や順位だけが成長ではない……か。
口で言うだけなら簡単なんだけどな。そんなのは監督やコーチの仕事だろう。俺にしか出来ないことはないか……。本を閉じて、お腹の上に投げ出した。
「一海くん」
「ん……」
「……起きて」
「遥……?」
学校を終えて、遥が帰ってきたようだった。手にはさっきの本を持っていた。
「これ、なに?」
「え?」
「なんなのこれは?」
怒ってるのか? 語尾が強い。俺は身体を起こしてから答えた。
「いや、何かしてやれることはないかなって……」
バサッと、遥の手から本が落ちた。遥が飛びついてきて、ソファーに押し倒された。今までにないぐらいの強い力で、思い切り抱きしめられ、苦しかった。
「おい、ちょっと……」
「私……不安で……」
「なに泣いてんだよ」
「一海くんに……捨てられると思った……」
「苦しいって」
上に乗られたままだと苦しかったので、遥を横に下ろして、腕枕のような体勢になった。泣きながら、胸に埋まってくる遥の頭を、そっと撫でてやった。
「どうして俺がお前を捨てるんだよ」
「料理もできなくて、速くも走れなくて……」
「遥……」
「あなたを傷つけて……怒らせて」
「大丈夫、怒ってないから」
「好きなの……好きで好きで」
「……俺もだ」
「……離れないで」
遥はずっと俯いたまま身体を震わせていた。
「なぁ、遥?」
遥が少し顔を上げて、目が合った。俺の気持ちが伝わるまで遥を見つめていた。
遥が目を閉じて……俺の服を握った。俺たちは息ができないほど激しく唇を押し付け合った。何度も確かめるように唇を重ねた。離れるたびに、遥が近くにいることを確かめて、また触れた。
どれだけ愛情をぶつけても、一つにはなれなくて、遥の不安が消えたとは思えなかった。俺の気持ちがどれだけ伝わってるのかもわからなかった。ただ、今は離したくなかった。
「離れるわけないだろ」
「……」
「俺はもう、速く走れないけど。遥は好きでいてくれるじゃないか」
「……」
「たとえ脚がちぎれても、ずっと一緒だ」
「……うん」
遥はずっと腕の中で泣いていた。思えば……遥はいつもはお姉さんだのと言って、気丈に振舞っているけど、こうして泣いているのを見ると、心は強くないのかもしれない。
俺は遥を支えてやれるだろうか……。




