EP3-7 家族
次の土曜日は引っ越しの作業に追われて忙しかった。二湖の家は元々、家族で住んでいたから広さは問題ない。しかし、3LDKの間取りなので四人だと部屋が足りない。
そこで、俺と二湖が母さんの部屋を二人で使って、遥と三葉に一部屋ずつという部屋割りになった。
俺と二湖は、放ったらかしにしていた、母さんの遺品を整理することになった。
朝から遥も来てくれて、二湖と三人で母さんの部屋を掃除していた。
「ねぇ、この女の子の服はなぁに?」
遥が手に持っていたのは未開封の子ども服。未開封と言っても十年も前のもので埃を被っている。
「あー、それな」
「どうして女の子の服が?」
「母さんが買ったんだよ。ずっと捨てられなかったんだな」
「どういうこと?」
「ほら、俺たちの名前、変だろ?」
「数字が入ってる」
「そっちじゃなくて」
「あ、女の子っぽい」
「正解。あの女は、女の子が欲しくて欲しくて仕方なかったんだよ。俺は男だったから虐待されてたんだ」
「え?」
「赤ちゃんの頃はよかったんだ。女の子っぽい服を着せられて、名前も女の子で」
「……うん」
「小学生になって、俺はそれが嫌でさ」
「そっか……」
遥は子ども服を袋に詰め込んでいった。二湖にとっては大切な思い出かもしれない。二湖の方を見ると目が合ったが、二湖は小さく横に首を振った。止めなくていい……そういうことか?
「こんなの嫌な思い出でしょ……全部捨てよう」
「……頼もしいな」
遥が大胆に捨ててくれたおかげで、部屋はかなり片付いた。
「ベッドが置けたら、まぁいいだろ」
「だいぶ綺麗になったね」
二湖はもっと複雑な顔をするかと思ったけど、そうでもなさそうだ。俺たちだけならできなかっただろうな。
夕方になって、俺たちはひまわりに移動した。二湖と三葉は店を手伝いに行ってしまい、俺と遥は二人でいつもの席に座っていた。
「明日から四人暮らしだね」
遥はテーブルに頬杖をついて、こちらを見ながら言った。
「あぁ、どうなることやら」
「家事の分担とか」
「俺だけ暇なんだよなぁ」
「じゃあ、掃除と洗濯は一海くんの仕事だね」
「別にいいけどさ、下着はどうすんだよ」
「……三葉ちゃんと相談して別に洗います」
「ブラジャーとか干し方わかんねぇもんな」
「声が大きい」
遥は顔を赤くして怒っている。
「そっちの実家はどうする? 月曜日はひまわりが休みだからさ、晩ご飯ねだりに行く?」
「そうね」
「でも、四人揃ってるから、たこ焼きとか鍋とか」
「あー、そっちの方がいいかも」
「じゃあ日曜日にするか? お父さんは日曜日休み?」
「うん。なんだか……結婚したみたいね」
今度は頬だけ赤くして、遥は少し俯いた。
「まぁ同棲だもんなぁ。おまけが付いてるけど」
「おまけって私たちのことかしら?」
オムライスを運んできた三葉が俺を睨みつける。
「しょうがないよ三葉」
二湖はオムライスを置きながらそう言った。
「二人は付き合ってるんだから。ねぇ兄さん」
「まぁ……おまけは多い方が嬉しいだろ」
「一海!」
「いいから早く座れよ。腹減ってんだよ」
「良くない!」
「いただきまーす。遥も食えよ」
「う、うん。いただきます」
今日は巨大でもよかったのにな。普通のサイズだ。
「遥さんサラダ食べる?」
「俺はいらねーぞ」
「一海には聞いてないでしょ」
「いただこうかしら」
「じゃあ持ってくるね」
三葉は席を立ってサラダを作りに行った。
「ねぇ、一海くん」
「ん?」
「私さ、初めて来たときしかお金払ってないんだけど……お代ってどうなってるの?」
「遥の分は俺が払ってるよ」
「え?」
「俺たちの分は父さんが払ってるけどね」
「お金払ってないんだと思ってた……ごめんなさい。そんなわけないよね」
「気にすんなよ。大した金額じゃない」
「でも、このオムライスだって千円ぐらいするんでしょ?」
遥はメニューをめくって値段を確認していた。
「いや、俺たちは一食ごとに二百五十円だよ」
「え?」
「原価がそんなもんらしいよ?」
「でも……」
「納得できない?」
「うん……」
「んー、俺はおじさんに遥の分をどうするって聞いたら、同じでいいよって言われただけだし……、気になるならおじさんと直接話してこいよ」
「聞いてくる」
ほんとに行くとは思わなかった。真面目だな遥は。俺ならラッキーで済ませてしまいそうだ。
「一海に変なこと言われたんでしょ」
三葉の声がした。心外なことを言ってる。
「違うの、私が悪かったの」
「ちゃんと説明してない一海が悪い」
それはごもっとも……。
「最初からちゃんと説明しときなさいよね」
三葉は俺の前にサラダを置きながら言った。
「俺はいらないって言ってんだろ」
「野菜もちゃんと食べなさい」
「……それで、おじさんはなんて?」
「気にしなくていいって」
遥は俺の隣に座りながら続けた。
「一海くんの彼女は家族と一緒だからって」
「そういうことだよ。ほら食おうぜ」
俺はカトラリーケースからお箸を取って遥に渡した。
「でも、迷惑なんじゃ……」
「迷惑なんかじゃないよ!」
三葉はテーブルに身を乗り出してきた。
「遥は、俺と二湖がひまわりにずっと迷惑かけてるって言ってるのか?」
俺がそう言うと遥は俯いてしまった。冗談のつもりだったが……。
「兄さん、遥さんをあんまりいじめちゃかわいそうだよ」
「そうよ。二湖と違って一海は何も手伝わないくせに」
「たまにやってるだろ」
「遥ちゃん。みんながすくすくと育ってくれるのが、私たちにとって幸せなことなのよ」
おばさんが山盛りのポテトフライを持ってきて、遥の肩に触れた。すると、遥は肩を震わせ始めた。
「なんだ? 泣いてるのか?」
「だって……私、こんなの初めてで……」
「兄さんのせいだね」
「一海のせいだ」
「はぁ?」
「じゃあ、お皿洗いは一海ちゃんに頼もうかしらね」
「……わかった、やるよ。おい遥、さっさと食わないと冷めるぞ」
俺がそう言うと遥は泣きながら小さく頷いていた。




