EP3-6 カルテット
俺が家に戻ると、二湖が待っていた。
「おかえり」
「あぁ」
「三葉に謝った?」
「まぁ……」
「三葉はなんて?」
「俺のことが好きなんだって」
「へぇ、それで? 兄さんはなんて答えたの?」
「俺も好きだって」
「ふふっ」
「なんだよ?」
「遥さんに言ってやろ」
「……もう知ってるって言うと思う」
「へぇ、鋭いね、遥さん」
「今日は風呂入れるか……」
「もう入れてあるよ」
「……お前、先に入ってこいよ」
俺はソファーに腰掛けるとテレビをつけた。
「ねぇ、兄さん。一緒に入ろうよ」
「……」
「ねぇ」
「早く入ってこい」
「……はーい」
なんなんだよ……二湖も三葉も急に積極的になりやがって。いや、先に変わったのは俺の方なのか……。
遥に出会ってから色んなことがあった。怪我をしてから止まっていた時間が、急に動き出したような気がする。
次の日になって、二湖と学校の準備をしていたときだ。玄関が開いて、三葉が入ってきた。
「一海! 二湖! 行くよ」
ケロッとしてやがる。
「一海!」
「あ?」
「早く!」
いや、ちょっと元気すぎるか……。
俺は玄関にカバンを置くと、姿見を見ながらネクタイを結んだ。
「おぉ、かっこいいね」
「はぁ?」
「ネクタイ、一回で結べるんだ」
「毎日やってりゃ誰でもできる」
俺はカバンを持つと先に外に出た。心地良い朝だった。薄曇りで和らいだ陽射しが街に降り注いでいる。
ドアが開いて、三葉が出てきた。
「二湖は?」
「今そこでネクタイしてる」
「お前が巻いてやれよ」
「やったことないもん」
三葉と一瞬だけ見つめ合った。また泣こうとするから、俺は三葉の頬に手を当てて、零れそうな涙を指で拭った。
「お待たせ」
二湖がドアを開けて出てきても、三葉は俺を見つめていた。
「あれ、また泣かせたの?」
二湖は微笑みながら言った。
「ねぇ一海、私は諦めなきゃダメ?」
「もう二湖出てきたぞ」
「ねぇ?」
俺は二湖を見た。この泣き虫をなんとかしてくれ。
「三葉、前に兄さんに言われたんだ」
二湖は三葉の頭を撫でるようにしながら、三葉の顔を覗き込んだ。
「恋敵がいるぐらいで諦められるなら、そんなのやめちまえって……」
三葉は目を見開いた。けれど、すぐに顔をほころばせ、くしゃっとした笑顔で俺を見た。
俺は微笑み返すと、先に歩き出した。後ろを二湖と三葉が何か話しながら付いてくる。
俺たちは、少しは前に進めたんだろうか。それとも、何も変わっていないんだろうか。
「ねぇ、私も一緒に住もうかな」
一瞬、背筋が伸びた。冗談だろ……。
「兄さんどう思う?」
「ダメに決まってんだろ。高校生が異性と同居なんて」
「帰ったらお父さんに聞いてみよ」
「うちも父さんに聞いてみるよ」
こいつらの中でどんな話し合いが行われたらそんな事になるのか……。そして、俺が怒られるんだろうな。
放課後、俺は遥の練習を見るために、グラウンドに行った。
「よぅ」
「一海くん」
「昨日、両親に怒られたのか?」
「んーん。一海くんいい男だねって」
「娘を無断外泊させる男が、親から見ていい男なわけないだろ」
「そんなことないよ。私が悪いのに、言い訳もせずに謝りに来てって」
ずいぶんと理解のある両親だ。
「……いい親だな」
「え?」
「なんでもない。それよりさ、今日は部活?」
「うん。部活とクラブと両方出るよ」
「そっか……」
「どうしたの?」
「……くっつきたい」
俺は遥から目を逸らしながら呟いた。
「ふふっ、じゃあ、部活はサボっちゃおうかな」
「え?」
遥の足を引っ張ってるような気持ちはあったが、嬉しさに負けてどこかに消えていった。今日は二湖の家に行くのは嫌な予感がしたので、父さんの家に行くことにした。
「今日はこっちなのね」
「あぁ、あっちは誰かいそうな気がする」
「ふーん」
玄関を開けて入ると、そのまま遥に抱きついた。
「……急にどうしたの?」
どうしたんだろう。答えられなかった。
「何かあった?」
「……色々」
俺は遥を壁に押しつけてキスをした。ずっと離れたくなくて、いつもより長いキス。
俺が唇を離すと、遥は少し困った顔をしていた。
「これは……愛情?」
「……欲望」
「我慢は?」
「……できない」
それから遥は何も言わず、俺を受け入れてくれた。
終わってからも俺は遥から離れずに抱きしめたままだった。
「私、この後トレーニングなんだけどなぁ」
「……ごめん」
遥は頭を撫でてくれた。やっぱりそれが好きだった。
「大人びてるかと思ったら急に子どもみたいになるんだから」
「……遥の前だけだよ」
「ふふっ」
「練習……何時から?」
「六時半スタート」
俺が時計を見るともう五時を回っていた。遥を抱く腕に力が入る。
「ねぇ、二湖くんの家には誰がいるの?」
「今朝、三葉が私も一緒に住むとか言い出して……」
「え?」
遥は俺から身体を離した。
「おじさんたちがどう言うかわからないけど、バタバタしてるような気がした」
「二湖くんの家で三人で住むの?」
「信じられないだろ?」
「あなたがそれを、なんとも思っていないことが信じられない」
「俺は止めたよ? そんなのダメだって」
「……ねぇ今日、練習見に来て」
「いいけど?」
「その後。うちまで来てよ」
「どうして?」
「いいから」
遥の考えがわからなかったが、とりあえずウイングスの練習を見学して、遥の家まで行くことになった。
練習は二時間ほどで終わって、遥と帰路についた。
遥の家に着くと、俺は見送って帰ろうとした。
「じゃあな」
「一海くんも入るのよ」
「はぁ?」
「いいから」
俺は遥に引っ張られるようにリビングに座らされ、両親と二日続けて顔を合わせることになった。
「話があるって?」
昨日と違って、お父さんに怒られているわけではない。それでも彼女のお父さんは怖い。
「あのね、一海くんは今、弟の二湖くんと二人で暮らしてるの」
「ほぅ、それは大変だな」
「今度、そこに幼なじみの三葉ちゃんも一緒に住むんだって」
何の話をするかと思えば、うちのおかしな事情を……。
「一海くん。三葉ちゃんというのは女の子?」
「そ、そうです」
「どうしてそんなことに?」
「僕は全然わからないんです。両親が許可を出したのかも、まだわからなくて」
「そうか。それでなんだ?」
「私も……」
俺は慌てて遥の顔を見た。遥は真剣な顔でお父さんを見ていた。
「私も一緒に住みたい」
心臓が跳ね上がった。お父さんはびっくりした顔で俺を見ていた。たぶん俺はもっと驚いた顔をしてるだろう。急になんてことを言うんだ。
「遥、ちょっと待ってくれよ。俺も聞いてない」
「三葉ちゃんも勝手に決めたんでしょ?」
「それとこれとは違うだろ」
「一海くん」
お父さんが俺を睨みつけている。当然だ。
「君はどう思ってるんだ?」
遥の顔色を伺ってみるが、遥も俺を睨みつけていた。
「一緒にいれたら嬉しいですし、毎日楽しいと思います。でもそんな子どもの夢みたいなこと叶うわけなくて……」
「あなたと二湖くんは二人で暮らしてるじゃない」
「俺たちは兄弟だろ」
「三葉ちゃんはどうなのよ?」
「三葉も家族みたいなもんで……」
「私は違うの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「遥」
俺たちの言い合いをお父さんが止めた。
「私は一海くんと話してるんだ」
遥はまた少し頬を膨らませていた。
「昨日のことは君たちに必要な時間だったと言っていたね」
「……はい」
「今回もそうなのか?」
「違いますね」
「ちょっと一海くん!」
「なんだよ」
「協力してよ!」
「節度を守ってって言われたところだろ。お前こそ何言ってんだよ」
「だって……」
俺はお父さんに視線を送って助けを求めるが、お父さんは何かを考えているようだった。
「一海くん。君も含めて九時以降は全員が家にいること。学校には毎日行くこと。週に一度は遥とこの家に来ること。守れるか?」
「いや……あの……」
娘さんを止めてください。お父さん。
「ちゃんと守る。約束するから」
遥が先に答えた。しかし、お父さんは遥の返事には答えずに、俺に視線を戻した。
「一海くん」
「は、はい?」
「私は君になら遥を任せられると思っている」
「は、はぁ」
「君たち四人で暮らす場合、生活費はどうする?」
「……家賃は何人で住んでも変わりませんし、父親が払っているので必要ないです」
「ふむ、それで?」
「食費や光熱費も本当はいらないんですけど、納得してもらえないと思うので、まとめて四等分します。一人一万円程度だと思います」
「安すぎないか?」
「食事をほとんどひまわりで済ましますし、昼間は誰もいないので光熱費も知れてると思います。大きくズレるようならその時にまた調整すれば……」
「さっきの条件を守って、高校生四人で問題を起こさず生活できるか?」
やってみないことにはわからない。……いや、なんでもう一緒に暮らすことが決まってるんだ。聞かれたから、ついスラスラと答えてしまった。
「どうなんだ?」
「一海くん? 自信がないの?」
遥に煽られてカッとなった。
「できます。任せてください」
このすぐ頭に血が上る性格、治さないとそのうち痛い目に遭うな。
「よし。では一度やってみなさい」
四人暮らし決定……。




