EP3-5 理性
俺がひまわりに戻ると、二湖の姿はなく、店の慌ただしさも落ち着いていた。
「あれ、二湖は?」
俺はおじさんに聞いた。
「一度、家に戻ってるよ。田中さんは夜に来てくれるらしい」
「おじさん。俺たち……迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「いいんだよ。迷惑だなんて思ってない」
「でも……」
「いいから。一海くんもご飯を食べて、一度家に戻りなさい」
「……ありがとう」
おじさんはオムライスを作ってくれた。いつもの席で食べるオムライス。涙が溢れて……。
「何、泣いてんのよ一海」
いつからそこにいたのかわからないが、三葉が茶化してきた。
「……」
「ねぇ」
「うるせぇよ」
「私の胸、貸してあげようか?」
魔が差した。
俺は三葉の腕を引き寄せ、そのまま抱きしめた。
最初は離れようと抵抗していた三葉から、ふっと力が抜けた。俺は自分がしてはいけないことをしたのだと気づいた。
俺は腕の力を緩めた。三葉が顔を上げる。目には涙が浮かんでいた。
何も言えずにいると、三葉はもう一度、俺の胸に顔を埋めて泣き出した。
抱きしめてやることもできずに、三葉が離れるのを待つしかなかった。
一瞬の永遠が過ぎ去って、三葉を呼ぶおばさんの声が聞こえた。三葉は涙をぬぐいながら離れると、何も言わずにキッチンの方へ行ってしまった。
俺は残ったオムライスをかき込んで、カウンターに食器を置いて「ごちそうさま」と告げた。そのまま、ひまわりを後にした。
二湖の家に入ると、ソファーで二湖が寝ていた。こいつも疲れてるだろうしな。
俺は起こさないように静かに部屋に戻ると、着替えを持って風呂場に移動した。
二日ぶりのシャワーだ。汚れと一緒に、嫌なことも全部洗い流してくれないかな。
三葉……自分から茶化したくせに、どうして泣くんだよ。
シャワーを終えて、俺は部屋に移動した。
ベッドも二日ぶりだ……父さんは夜に来るって言ってたな。六時ぐらいにひまわりに行けばいいだろ。俺は目覚ましをセットして眠りについた。
目覚ましが鳴ってる、もう少し……そう思った時に目覚まし時計が勝手に止まって、俺は目を開けた。
そして、こちらを見ている二湖と目が合った。
「何してるんだよ。びっくりするだろ」
「兄さんの寝顔を見ようと思って」
「お前なぁ」
「ダメなの?」
「ダメに決まってんだろ。そのうち襲われそうだ」
「……そんなことしていいの?」
「言っとくが、俺にそんな趣味はないからな?」
俺は二湖を残して部屋から出ると、キッチンで水を汲んでから、ソファーに腰掛けた。色々ありすぎて、頭が重い。
遥に会いたくなった。帰さなきゃよかったかな……。抱きしめられたい。
そういや二湖が部屋から出てこないな。
「おい、二湖。何やってんだよ」
俺が自分の部屋に戻ると、二湖は頭をベッドに乗せて座っていた。
「寝てるのか?」
「思い出してた」
「……ひまわり行くぞ。準備しろ」
「……うん」
ひまわりに着くと、少し混雑していたので、二湖はエプロンを付けて手伝いにいった。三葉も働いていたが、俺とは目を合わせようとはしなかった。俺はいつもの席に座って父さんを待った。
目をつぶって背もたれに寄りかかっていると、ゴンッとコーラが置かれた。顔を上げると、三葉が俺を見つめていた。
しばらく見つめ合っていたが、三葉は何も言わず、背中を向けて仕事に戻っていった。
私は傷ついてますよって顔してたな。わかってるよそんなの。
今日はオムライスを作ってもらえなかったようで、二湖はミートソースのスパゲティを持ってきて、そのまま席に着いた。
「晩ご飯だって」
「あぁ、お礼言ってくる」
俺はおじさんにお礼を言ってから、コーラを注いで席に戻った。
「お前ほんとえらいよなぁ」
「何が?」
「こんな時でもちゃんと仕事してさ」
「動いてる方が楽な時もあるよ」
「……ふーん」
俺たちが食事を終えた頃に父さんはひまわりにきた。慌てて片付けると俺と二湖は並んで座り、父さんが反対側に座った。
「二日も帰らなかったそうだな?」
「うん」
「お前が付いていて何をやってる」
「兄さんは悪くないよ」
「一海に言ってるんだ」
「……」
「なんだその目は?」
こんな時だけ父親面するなと言いたかった。でも、柄じゃない。
「悪かったよ。つい楽しくなっちゃってさ」
「真面目に答えろ」
父さんに睨みつけられて、頭にきた。
「あの時間は二湖にとって大事だったんだよ」
「次からは気を付けろ」
「わかってるよ」
「それで、この先はどうするか話し合ったのか?」
「俺はあの家で二湖と住むよ。もちろんひまわりの仕事も続けさせる」
「……わかった」
「父さん」
「なんだ?」
「ごめんね。できの悪い子どもで」
「お前のことをできが悪いなどと思ったことはない」
父さんはそう言いながら立ち上がると、おじさんとおばさんに頭を下げてひまわりを出て行った。
「はぁ……」
「兄さん、ありがと」
「あぁ」
もう少し甘えさせてくれてもいいのにな。弱音さえも許されない。もっとしっかりしろ。いつもそうだ。
「ねぇ兄さん、三葉と何かあった?」
そういえば、それもあった。
「あぁ……」
「また泣かせたの?」
「勝手に泣いたんだよ」
「どうせ兄さんが悪いんだろ?」
「……だろうな」
「謝っといでよ。待っといてあげるからさ」
「いいよ。先に帰ってろ」
「……わかった」
二湖が席を立って、しばらくしてから俺は三葉の部屋に向かった。
「三葉」
ドアをノックしてから声をかけた。
「なによ」
ドアの向こう側から三葉が答えた。
「開けろよ」
「どうして?」
「ちゃんと謝りたい」
「……いい」
泣いてる。ほんとに泣き虫だなこいつ。泣かせてるのはいつも俺だけど。
「泣き止むまで待っててやるよ」
俺はドアにもたれて座った。
「いつもいつも泣かせてばっかでごめんな」
三葉は何も言わない。聞いてないのかな。まぁいいか……。
「お前が相手だと、いつも後先考えずに……後悔ばっかしてる」
「さっきのも、後悔してる?」
「……してる」
いきなりドアが開いて、俺は後ろ向きに倒れそうになった。振り返ると三葉が俺を見下ろしていた。
「私もいっぱい後悔してる」
俺は立ち上がって部屋に入るとドアを閉めた。
「もっと早く好きだって言っておけばよかった」
「なに言ってんだよ」
「一海が遥さんと出会う前に言っとけばなぁ」
三葉は俺に背中を向けた。
「その頃の俺は、きっとお前の気持ちに応えられなかっただろうな」
「今は?」
「……今は遥が好きだから応えられない」
「私にチャンスないじゃん……」
振り返った三葉は笑っていた。こうして笑ってると可愛いんだと思う。チャンスがなかったのか……知らないそんなこと。
「私が教えてあげたら良かったのかなぁ」
三葉が少しずつ近づいてくる。俺は後ずさりするが、背中が壁についてしまった。
妹のような……好きだの嫌いだの思うのはいけないことだと思っていた。ここで拒絶したら、また傷つけるかもしれない……。
三葉は俺の首に、腕を回した。ゆっくりと顔を近づけてくる。
でも、受け入れたからってこいつの想いまで受け入れられるわけでもない……。
唇が重なっても、三葉はすぐには離れない。舌を絡められて、身体がびくっと反応してしまう。
唇を離した三葉が見つめてくる。お互いの浅い呼吸が混ざりあって、頭が痺れた。
俺はもう何も考えられず、三葉を抱き上げると、ベッドまで運び、押し倒した。
三葉に覆い被さったとき、三葉が泣いているのに気づいた。
「泣くほど嫌なら抵抗しろよ」
「……嫌なんじゃないもん」
俺は三葉の頭を撫でると、ベッドサイドに腰掛けた。やばかった……。理性もなにもあったもんじゃない。
「悪い……また泣かせて……」
「好きなの……」
三葉は振り絞るような声で言った。
「一海が好き……」
「俺も……好きだよ」
「…………ばか」
「ごめんな……馬鹿で」
「……うん」
俺は立ち上がると、振り返ることもせずに部屋を出た。三葉にはもう嫌われただろうな。でも仕方ない。俺はほんとに馬鹿だ……。




