EP3-4 心
誰もいない館内を、三葉が二湖の手を引いて走って行く。遥はそんな二人を見て微笑んでいた。
吹き抜けにあるエスカレーターで二階に上る。天井まで続く一面のガラスから、温かな陽の光が館内に射し込んでいた。
三葉が俺たちを呼んでいる。俺は人差し指を口元に当てて、三葉に合図をするがお構いなしだ。
ようやく三葉たちに追いつくと目の前に双子の絵があった。
二湖はジッと絵を見つめている。
「これ、解説してくれよ」
二湖の隣に立って、俺もちゃんと絵を見ることにした。
「公式な解説は出てないんだ」
「お前がどう思ったか。だよ」
「うん。あのね、この絵が自分の心に見えた」
「心?」
「ねぇ、兄さんは自分の心が何個に見える?」
「一つ……いや、わからないな」
俺はそう答えた。
「僕の心はちょうどこの絵みたいになってるんだ」
「……双子なのか?」
「そう。兄さんたちみたいに変わっていきたい自分と……、ずっと今のまま、変わりたくない自分がいる」
「二湖……」
「……僕の子どもたちなんだ」
「……あぁ」
「父さんの話を聞いて、変われない僕には、生きていく居場所がないように思えた」
「父さんには、俺から言ってやるから」
「……なんて?」
「二湖はまだ変わる準備が出来てないって」
「……ごめんね」
「あぁ、それに二湖は二湖なんだから」
「……うん」
「他にはなかったのか? 心に残ってる作品」
「あるよ。こっち」
二湖が歩き出して、俺たちはその後ろに続いた。
展示を巡りながら、二湖の解説に耳を傾けた。好きな絵の前では少し足を止めて、二湖はいつもより楽しそうに話していた。
ショップで双子のポスターを見つけた。俺はそれを手に取り、二湖にプレゼントした。
「帰るか、二湖」
「うん」
そういえば、二湖を見つけたという連絡はしたが、今日は帰らないっていう連絡はしてない。
……帰ったら、こっぴどく怒られるだろうな。
俺たちがひまわりに戻ったのは正午を回ってからだった。
俺がドアを開けると、おじさんとおばさんは仕事の手を止めた。
常連さんたちも集まってきて、二湖の頭を撫でたり、肩を叩かれたりしていた。
「ごめんなさい」
二湖は何度も頭を下げていた。
二湖の方は大丈夫そうだ。とりあえず、遥を先に送っていこう。遥も無断で外泊させてしまったから。親に謝らないと。
「遥、帰ろう」
「私、帰りたくない」
遥はそう言って、俺の目を見つめた。
「ちゃんとしないと」
「う、うん」
「おじさん、ごめん。遥を家まで送ってくる」
「あぁ、ありがとう遥さん」
「失礼します」
遥はおじさんに頭を下げると、二湖の頭を撫でながら何か言っていた。
「おい、行くぞ」
「またね、二湖くん」
「うん。ごめんなさい、遥さん」
「じゃあ」
店を出るなり、遥は俺の腕にしがみついた。
「私だってみんなといたいのに」
「俺が怒られるんだぞ?」
「どうして? 悪いのは私なのに?」
「こういう時は、だいたい男の方が悪くなるんだよ」
案の定というか、当然というか……。お父さんはまだ顔を見たことがなかったが、怒っているのは一目でわかった。
「遥! どこに行ってたんだ!」
「……ごめんなさい」
「君が一海くんか?」
「はい、すみません」
「中で話そうか」
俺と遥は昨日の出来事を話した。
「それで弟さんに付き合うために一晩そこで待ったと?」
「そうです」
「一海くんは帰れって言ったの。でも私が無理矢理……」
「それは一海くんが帰らなかったせいだろ?」
「その通りです。でも、あの時間は僕たちに必要な時間でした」
遥のお父さんは俺の目を真っ直ぐ見ていた。
「必要な時間?」
「……上手く言えませんけど」
「連絡ぐらいできただろう」
「……すみません」
「それはわかった。だが、まわりのことももっとよく考えてほしい」
「……はい」
「遥もだ。一海くんに甘えてばかりいるな」
「ごめんなさい」
「一海くん」
「はい」
「遥と別れろとは言わない」
「……はい」
「ただもう少し節度を守ってだな」
「気を付けます」
「私も若い頃は色々無茶したもんだが、女の子を一晩連れ回すなんてなかったぞ」
俺はちゃんと帰れって言ったもん……。
「……はい」
「一海くんはいくつになるんだ? 遥と同い年か?」
「十六です」
「……十六?」
お父さんは驚いた顔をしていた。
「一海くんは一年生」
「高一?」
「はい」
「遥、それならお前がしっかりしてないとダメじゃないか」
「……はーい」
遥は頬を膨らませて、不貞腐れていた。どこの家もこんな感じなのだろうか。
「とにかく、今後こういうことのないように。一海くん、今日はもう帰りなさい」
「はい。すみませんでした」
「私もひまわりに行く」
「ダメだ。お前との話はまだ終わってない」
「遥、また明日な」
「……うん」
それで俺は解放された。殴られても仕方ないかと思っていたけど、そこまで怒られなかったな。
遥のお父さん、顔を合わせるの怖かったけど、娘には甘いんだな。
父さんならどうだろう……。いや、これから多分、父さんに怒られるだろうから考えないでおこう。
二湖のことも気になる。俺は足早にひまわりに向かった。




