↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/39

EP2-12 置いていかれた

挿絵(By みてみん)

雪代二湖


 それから、父さんが帰宅したのは二十三時を回ってからだった。


「父さん、警察から連絡があった」

「なんだって?」

「ご遺体の身元確認をして欲しいから総合病院に来てくれって」

「…………わかった。お前も来い」

「え?」

「早く着替えろ」


 俺は父さんに言われるまま着替えて、タクシーで病院へと向かった。


「父さん?」

「多分……美冬だろう」


 俺は父さんの顔を見た。父さんは窓の外を見ている。美冬……それは俺を捨てた女の名前だった。


「私にそんな連絡が来るのは、美冬以外は考えられない」

「でも……」


 何を言おうとしたのか、自分でもわからなかった。


 あの女が死んだ。


 そう言われたわけじゃない。それなのに、頭の中では何度も同じ言葉が繰り返されていた。

 多分……美冬?

 じゃあ、他に誰の可能性があるんだ……。


「二湖……」


 そう口にすると、父さんはこちらを向いた。


「二湖だとしたら……美冬に連絡が行くはずだ」

「じゃあ、どうして多分なんて言ったんだ」

「全くの別人かもしれん。行ってみないことには……」

「……あぁ」


 俺は手を握りしめた。


 病院に着くと、警察の人が待っていた。俺と父さんはエレベーターに乗せられた。地下に行くみたいだ。


「息子さんにも確認してもらったんですが」


 警察の人がそう言った。


「未成年だったので、あなたにも連絡させてもらいました」

「二湖はどこに?」


 父さんが聞いた。


「下でお待ちです」

「ねぇ、二湖は無事なの?」

「ご無事ですよ。お母さんはお一人の時に事故に遭われたみたいです」

「そう……ですか」


 エレベーターが止まって、ドアが開いた。警察の人は迷うことなく歩き出し、俺たちは後に続いた。

 誰もいない。何の音もしない。靴音だけが廊下に響いていた。

 遺体安置所。ドアの上部にそう書かれたプレートがあった。


「失礼します」


 警察の人はノックをしてからドアを開けた。

 パーテーションで中の様子はわからなかったが、父さんの後に続いて中に入ると、ベッドの隣に二湖が座っていた。その視線の先に、白い布で顔を覆われた人が寝ていた。


「二湖」

「兄さん……」

「大丈夫か?」

「……うん」

「田中さん、こちらへ」


 警察の人と父さんが並んで手を合わせていた。俺も立ち上がって、ベッドに向かって手を合わせた。


「失礼します」


 白い布が捲られると、母親の顔が現れた。眠っているだけのように見えた。


「間違いないですね。美冬です」

「わかりました」


 白い布が戻されると、二人がまた手を合わせたので俺も同じようにした。


「明日以降で構いません。警察署に来ていただいて、交通事故の手続きがございます」

「わかりました」


 警察の人はそれで部屋から出て行った。父さんも椅子に腰掛けると、しばらくベッドの方を見つめていた。俺たちは黙って座っていることしかできなかった。


「一海、二湖を頼むぞ」

「え?」

「私は色々とやらなければならない」

「……わかった」

「ここか、家にいなさい」


 父さんも出て行ってしまい、俺と二湖だけが残された。

 二人で並んで座っていると、二湖が俺の肩に頭を乗せてきた。


「酔っ払って道路を渡ってたらしい」

「どうしようもねぇなこの女……」

「兄さん……」


 口ではそう言ったが、怒りは振り絞っても出てこなかった。死んでしまったら憎むこともできない。


「いや、悪い……」

「んーん、馬鹿だよ……ほんとに」

「……二湖を一人にしやがって」

「兄さん……」

「ん?」

「ずっと、母さんに捨てられないように生きてきたんだ」


 二湖が静かに言った。


「……あぁ」

「置いていかれちゃった……」


 涙が、溢れてきた。

 俺は肩に寄せられた二湖の頭に、自分の頭をこつんとぶつけた。

 


 翌朝から、慌ただしい時間が過ぎていった。

 警察署で事故の説明を受けたり

、葬儀屋さんがきたり、親戚へ連絡したり。

 気がつけば、母さんの葬式も終わっていた。

 

 母さんの写真や遺骨を持って、二湖の住む家に来た。

 ひまわりにはいつも来ていたが、斜め向かいのこの家に入るのは、小学生五年生以来だった。

 玄関も、廊下も、何も変わっていなかった。

 見覚えのある景色が目に入るたび、身体がきゅっと縮こまった。

 もう何年も前のことなのに、身体は覚えているらしい。


「二湖、学校は休んでもいいからな」


 用事を終えた父さんは、帰り際にそう言った。


「……うん」

「これからどうするかは、もう少ししてから話そう」

「ありがとう。父さん」

「じゃあ、今日は帰る」

「あ、あのさ」


 俺は二湖を一人にしたくなかった。


「俺は残ってもいいかな?」

「……あぁ」


 父さんはそれだけ言って帰っていった。


「兄さん。ありがとう」

「じっとしてられないから、母さんの荷物、処分しようぜ」

「少しは置いといてよ?」

「わかってるよ」


 俺は大きなゴミ袋を持ってくると、リビングから片付けることにした。


「これは母さんのか?」

「僕のものなんて、ほとんどないよ」


 手が止まった。なんだか胸が苦しくなった。

 置いていかれた。二湖はそう言った。

 でも、二湖は母さんを失ったことで、ようやく解放されたのかもしれない。


「そうか」

「たぶん……全部捨ててしまっても僕は困らない」

「じゃあ、全部捨てちまうか……」

「……いいよ」


 二湖がそんな風に言うから、結局捨てられなくて、ゴミをまとめただけになった。


「捨てないの?」

「お前がやった方がいい」


 俺がソファーに腰掛けると、二湖も隣に座った。


「できないよ。兄さんがやってくれないと」

「いつでも付き合ってやるから」

「……ありがと」

「しかし、物が多いな」


 俺はテーブルにごちゃごちゃ置かれた物の中から、すでに封の切られたチョコレートの箱を手に取った。賞味期限が切れている。


「母さんは買い物が好きだったから」

「お前を働かせて買ってたんだろ……」

「そうだ……。父さんと話したんだ」

「なにを?」


 俺は二湖の顔を見た。


「兄さんがいつもくれてたお金」

「……あぁ」

「父さんはそんなもの渡してないって。あれ、兄さんのお金だったんだろ?」

「父さんからもらったお金だ。俺のじゃない」

「でも……」

「俺だけそんなもんもらえるのおかしいだろ」

「……ごめんね。兄さん。迷惑ばかりかけて」


 二湖は母さんによく似ている。そんな顔で謝られると苦しくなる。


「やめろよ。俺たちは兄弟だろ」

「……うん」

「お前、これからどうするんだ? うちに来るのか?」

「できればここにいたい。ひまわりもあるし」

「じゃあ、俺と父さんがこっちに帰ってくるか」

「今まで通りではいられないのかな……」

「俺たちに、選ぶ権利があるのかどうかすらわからん」

「兄さんは……」

「ん?」

「兄さんは置いて行かない?」


 二湖の目には涙が浮かんでいた。俺たちはいつか離れ離れになる。そんなこと、俺にでもわかる。


「……今はな」


 精一杯の答えだった。


 

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。