EP2-9 お礼
二日後、病院に入院した。その日に手術が行われ、経過を見て、一週間ほどで退院できるとのことだ。
「一海」
運動会が終わってから、初めて三葉と顔を合わした。放課後、病院までお見舞いにきたのだ。
「仕事はいいのか?」
「うん」
「なんだよ辛気臭せぇな」
「私が走らせたから……」
「遥にも、二湖にも言われたよ。自分が走らせたからって」
「でも……」
「歩けなくなったわけでもないだろ」
「……うん」
俺はベッドを下りて、ベッドの下から洗濯物を引っ張りだしだ。
「お前がいるうちにこれやっとこ」
「持って帰る?」
「いや、ランドリーがあるんだよ。頼むわ」
「うん」
三葉に洗濯物を持たせてランドリーにきた。パンツまで洗ってくれる幼なじみってのは貴重だ。
「一旦、病室戻るか」
「ここにいなきゃいけない?」
「大丈夫大丈夫」
俺たちは自販機で飲み物を買って病室に戻った。
「それ」
「ん?」
「コーラ」
「あぁ、もういいだろ」
「やっぱり、やめちゃうんだね」
「走ってほしいか?」
三葉は俯いて左右に首を振った。俺は両手を枕にして、ベッドに横になった。
「もう疲れた……」
「一海」
「ん?」
ボーッとしてて、今回は止められなかった。三葉が身を乗り出して唇を重ねてきた。
「三葉……」
「……走ってくれたお礼」
頭が真っ白になった。
「私、帰るね」
三葉は呟くように言うと、病室を出ていった。俺は口に手を当てて、さっきの出来事を思い出していた。唇ってみんな違うんだな……。
「ねぇ」
「え?」
慌ててそちらを見ると、遥が病室の入り口に立っていた。
「三葉ちゃん泣いてたけど?」
「は?」
「あなた、何か言ったの?」
「いや……」
「また、キスされそうになって止めたのかな?」
「……」
こいつ、まさか見てたんじゃねぇだろうな……。
「どうして黙ってるの?」
「なんでもない」
遥は横まできて、ベッドに腰掛けると、睨むような目で俺を見た。
「こっち向いて」
俺が応じないでいると、両手で無理矢理、顔を遥の方に向けられた。じっと見つめられ、俺は視線を外してしまった。
「キス、したのね」
「……」
「どうして?」
「されたんだよ……いきなり」
「……そう」
「なぁ遥……」
「……なに?」
「俺はお前がいなくなるのが怖い」
「なら、不安にさせないで?」
俺は遥を抱き寄せた。
「俺は何もしてない」
「わかってる……」
「お前、三葉のことになると、急に怒り出すよな」
「だって、三葉ちゃんがその気になったら、あなたを取られちゃう」
「何言ってんだよ……」
「あなたが知らないだけよ」
あなたが知らないだけ。前に二湖にも言われた気がする。ちゃんと教えてくれないと、わからないよ。
「教えてくれよ。俺、ほんとにわからないんだ」
遥も俺の身体に腕を回して、ぎゅっと抱きしめてきた。
「三葉ちゃんはあなたのことが好きなの」
「それがほんとだとして、俺たちになんの関係があるんだ。お前のことを好きなヤツこそ、山ほどいるだろ」
「あなたも三葉ちゃんのことが……」
遥は何かを言いかけて、口を閉じた。
「……いや、ほんとにわからないのね」
「なんだよ」
遥が俺の身体に回した腕に、ぎゅっと力がこもった。
「リレーの時、あなたの目には、三葉ちゃんしかいなかった」
「え?」
「私には……目もくれなかった」
「……」
「どうして?」
「……三葉のために走ったからに決まってるだろ」
遥は目を大きく見開いた。それから、ふっと笑うと、俺の胸に顔を埋めた。
「遥?」
「……好き」
「え?」
「なんでもない」
遥は俺をベッドに押し倒して、抱きついてきた。
「……おい」
「……今日は帰らない」
「ここ、病院だぞ?」
それから……。
看護師さんにめちゃくちゃ怒られた。




