EP2-3 罪悪感
「勝ってこいよー」
昨日と同じ場所。スタンドの柵にもたれかかって遥に声をかけた。
「任せて」
良い顔してる。スタートさえ決まれば遥にもチャンスはあるはず。
決勝が始まる。遥は一番端のレーンにいた。よーい、ドン。
スタートは完璧だった。リズムよくスピードにも乗って、綺麗なフォームだった。
それでも遥より速いヤツは三人もいた。
四着。さぞかし落ち込んで帰ってくるんだろう。そう思っていた。でも違った。
「自己ベスト!」
遥はキラキラとした笑顔で俺の元に帰ってきた。
その笑顔から目が離せなかった。
「一海くん? どうしたの?」
「……」
「惚れ直した?」
「……ばーか」
「ふふっ、表彰式が終わったらそっちに行くね」
「あぁ」
遥は顧問の先生と一緒に戻ってきた。
「お疲れ様です」
「田中、お前こんなとこまで応援に来てくれてありがとうな」
「いえいえ」
「ねぇ、一海くんは今日帰るの?」
「ホテルは取ってないけど、飛行機も取ってない」
「じゃあ一緒にお昼ご飯食べよ? 先生が奢ってくれるから」
「ご馳走様です」
「おい」
「先生が、今日は観光して明日帰るって言うの」
「飛行機代が高かったからな」
「確かに。じゃあ俺もホテル戻って聞いてみるよ」
俺はホテルに戻って、部屋を取り直したり、遥の着替えを待った。それから近くのファミレスで昼食を済ませた。
「お前ら、あんまり遠くには行くなよ」
「はいはい」
「夕飯にはちゃんと帰ってきてくれ。じゃあな」
先生はそう言い残すとタクシーに乗り込んでいった。
「どうしようか?」
「腹はいっぱいだし」
「近くに水族館があるの」
「水族館か……」
また人間観察になるなぁ。
「行こ」
遥は俺の手を取って歩き始めた。
水族館には魚だけじゃなく、ペンギンやアザラシもいて、遥は嬉しそうだった。ショップでお揃いのキーホルダーを買って、夕方にはホテルに戻った。
夕食付きのプランにしたので、遥と先生と一緒に、ホテルのバイキングを食べた。
「明日、チェックアウトしたらその足で空港行くからな」
「はーい」
ホテルの売店に寄ってから、遥と一緒に俺の部屋に戻った。
「楽しかったね」
遥はベッドに腰かけて、買ってきたキーホルダーを眺めていた。俺がその横に寝転がって伸びをしていると、急に遥が抱きついてきた。
「うわ」
「やっとひっつけるね」
「なんだよ」
「んーん」
何も言わず、抱き合っていた。遥の髪からふわっといい匂いがする。俺は思わず、遥の頭を撫でてしまった。
「頭、撫でられるの……気持ちいいね」
遥はそう言うと俺をぎゅっと抱きしめて、頭を撫で返された。
なんだか胸が苦しくなって、遥の胸に顔を埋めていた。
「泣いてるの?」
「……泣いてる」
「お姉さんに話してみなさい」
俺は撫でられていた腕を掴んで、遥に覆い被さった。
「……っ」
遥が顔をしかめた。
「……ごめん」
ハッとして、掴んだ腕を離した。遥の方は向けなくて、反対向きに寝転がった。
「こっち向いて」
「ダメだ……」
「どうして?」
「……遥のことを傷つけようとした」
「ねぇ、こっちに向いて」
俺がゆっくりと遥の方を向くと、遥は唇を重ねてきた。
「いいよ?」
「え?」
「一海くんがそうしたいなら」
遥はそう言って、もう一度、唇を重ねてきた。
もう自分を止めることはできなかった──
遥の寝息で目が覚めた。俺は……。
ベッドから出ると、机に置きっぱなしだったペットボトルを手に取った。喉が乾いていた。一気に半分ほど飲んで、遥の眠るベッドに腰かけた。
「一海くん?」
遥を起こしてしまったようだ。
「ごめん……俺、乱暴で」
「……そんなことないよ」
「水、飲むか?」
俺は飲みかけのペットボトルを遥に手渡した。
「ありがと」
もっと幸せな気持ちになるものだと思っていた。どうしてこんな……。
「私は嬉しかったよ?」
遥は微笑んでいる。
どうしてこんな涙が出るんだろう。俺だって嬉しいはずなのに。
「こっちきて」
「……ごめん」
抱きしめられると、涙が止まらなくなった。頭を撫でられると気持ちよかった。俺はただ、遥を抱きしめていた。




