EP2-2 鐘の音
夏休みに入って、俺は北海道にきていた。
もちろん遥の全国大会を見るためだ。
「ほんとに来てくれるなんて」
同じホテルが取れたので、遥とロビーで待ち合わせた。
「行けたら行くって言ったろ」
「それは普通、断る人のセリフなのよ」
「俺は断るときはちゃんと断る」
「ふふっ、ねぇ、ここのホテルね、プールが付いてるの」
「遊びに来たのかよ」
「女心のわからない人ね」
「それで勝てる確率が1パーセントでも上がるなら、付き合ってやるよ」
「もういいですー」
「風呂でも入ってゆっくりしてろよ」
「わかったわよ」
「遥、水着はまた今度な」
「……っ」
遥は顔を赤くして、俯いた。
「どうした?」
「知らない!」
遥は顔を赤くしたまま行ってしまった。
同じホテルとはいえ、遥は顧問が引率していて、それほど自由な時間はないだろう。
一人でラーメンでも食いに行くか。
一日目が予選と準決勝。決勝だけ翌日というスケジュールだった。
大会当日。予選での遥は完璧な走りを見せた。
スタートも理想の形。そこからぐんぐん伸びて一位でゴールした。
準決勝。緊張していたのかスタートでまた悪い形になった。しかし、そこから立て直して三着。それでもタイムで拾われ、ぎりぎり決勝に進めた。
「やったな遥」
スタンドの柵にもたれてフィールドにいる遥に声をかけた。
「またスタートで失敗しちゃった」
「下手くそ!」
「着替えたらそっち行くから待ってて」
「了解」
遥が来るまで他の競技を見ていた。陸上をやりたいかと聞かれたらノーと答える。今、あの頃の速さに戻れるとしたら……。考えても仕方ない。
こんなところまで来て、何をやってるんだろう。俺が応援したからと言って遥が速く走れるわけでもない。
「一海くん、お待たせ」
遥が戻ってきた。
「先生はなんて?」
「夕飯までには帰れよって」
「そっか。じゃあ観光するか」
「うん」
リラックスできるようにしてやるのがいいと思った。
「私、行きたいところがあるの」
「俺はどこでもいいよ」
遥が行きたいと言った場所は恋人の聖地だった。展望台から札幌の街並みが一望できる。
「一海くん、あれ鳴らしてみようよ」
展望台の一角に大きな鐘が設置されていた。周囲のフェンスには、いくつもの南京錠が取り付けられている。
「そんなジャージ姿で」
「私だって着替えてから来たかったわよ」
「……いいよ。鳴らそう」
二人で鐘を鳴らすと、澄んだ音が響き、札幌の街に溶けていった。
「一海くん」
「なに?」
「明日の決勝戦。優勝したら私と付き合ってくれる?」
「そんな約束はできない」
「そっか」
「今から付き合おう」
「え?」
「俺は遥が好きだ」
「……どうしたの? 一海くん、無理してる」
「俺は……」
「三葉ちゃん?」
思わず拳を握った。
「何かあったのね」
うるせぇ。いつもならそう言っていた。向き合うのが怖かった。
「遥が俺にキスしたとき、三葉に見られてた」
「あ……」
「あいつ、何も言わなかった」
「……うん」
「それから、ずっと話してなくて」
「気になる? 三葉ちゃんが」
遥は俺の目を真っ直ぐに見ていた。
「二湖に頼まれて、ひまわりの手伝いに行ったんだ」
「うん」
「三葉が風邪で休んでるからって」
「……」
「そのとき、おばさんが三葉の食事を持っていけって、俺に」
「話したの? 三葉ちゃんと」
「あぁ。ほんとに真っ赤な顔して、しんどそうだった」
「それで?」
「三葉が、こっちに来いって言うから隣に座ったんだ。ベッドの横に」
「……キス」
「え?」
「三葉ちゃんとキスしたの?」
「…………三葉が俺を引き寄せて」
「キスしたんだ」
「出来なかった」
「……」
「三葉の顔が近づいてきたとき……俺は腕で三葉を押し退けた」
「どうして?」
「そんなこと……わからない」
「三葉ちゃんはなんて?」
「私とはできないんだって。出て行けって言われて」
「三葉ちゃん。一海くんのこと好きだもんね」
「嫌われたんだ。もう」
「それで私?」
「違う。それだけは信じてくれ」
「……うん」
「三葉に出て行けって言われて、ひまわりを出たとき、なんだか心が軽くなって……」
「……」
「……俺は遥のところに行けるって」
「それでこんなところまで来たの?」
「……あぁ」
「……馬鹿な人」
遥は少し俯いた。
「フラれたから、私を選んだんだって聞こえる」
「……」
「でも、私は……そうやって全部、素直に話してしまうあなたが好き」
遥は一歩、近付いた。
「フラフラしない?」
じっと俺を見つめる遥。
「……しない」
ゆっくりと遥の顔が近づいてくる。遥が目を閉じたから、俺も目を閉じた。
唇が重なった。
離れた瞬間、遥を失ってしまうような気がして、俺は思いきり抱き寄せた。
「好きだ」
「……うん」




