EP2-1 ミルク粥
何も出来ないまま何日かすぎた。学校には来ている。遥の練習にも付き合っていた。何も考えていないのに、何かを考えているような……。
「スタート良くなった?」
「見てなかった」
「もぅ。ねぇ、大丈夫?」
遥は練習を中断して、俺の横に置いてあった水のボトルを手に取った。
「大丈夫に見えるか?」
「見えないわね」
「頭がボヤっとする」
「三葉ちゃんのこと?」
「それもある」
「彼女の前で、他の女の子のことを考えてるの?」
「誰が彼女だって?」
「元気じゃない」
遥は元気だ。練習にも励んでいる。
「もう月末から全国大会なんだろ?」
「そう、三十日には向こうに着いてるわ」
「そっか」
「一緒に来てくれないの?」
「どこだっけ?」
「北海道」
「ははっ」
「ダメ?」
「行けたら行くよ」
「ふふっ」
「俺の事なんて気にしないでいいから、はよ練習しろ」
「ちゃんと見ててね」
「はいはい」
遥は練習に戻っていった。
俺と並んでも小さく見えない身長と、スラッとした長い手足。鍛え上げられたケツと太もも。美人。
「ねぇ! ちゃんと見てた?」
「見てたよ」
「嘘つき」
性格も良い。
それに比べて、俺はどうか。体育以外は運動らしい運動もせず、たるんでいる。おまけに性格もこんなだ。
性格はどうにもならないが、身体ぐらいは鍛えるか。コーラもやめたしな。
次の日。目覚まし時計が鳴っている。五時……そうだ。今日から走るんだった。
「んー」
俺は大きく伸びをした。リビングから食器の音がしている。
「おはよう、父さん」
リビングでは父さんがコーヒーを飲みながら、新聞を広げていた。
「なんだ、珍しいな」
「今日から走ろうと思って」
「もう陸上はやめたんじゃなかったのか?」
「やめたよ。ただ、ちょっとね」
「女でもできたか?」
「……そんなとこ」
学校まで行って、外周回って帰ってくるか。よーい、ドン。
「眠い」
衰えた身体には酷だった。まぁ、授業は寝るためにある。俺は机に突っ伏した。
「ねぇ、兄さん」
放課後、二湖が話しかけてきた。
「どうして最近、来ないの?」
「いや、どうしてって言われても」
「三葉と喧嘩した?」
「してない」
二湖は小さくため息をついた。
「明日の土曜日、町内会のお食事会が入ってるんだ」
「それで?」
「昨日から、三葉が風邪引いて、仕事に出れない」
そういえば今日いなかったな。
「俺になんの関係があるんだ?」
「手伝ってよ」
「……三葉はほんとにダメなのか?」
「明日にならないとわからない。でも、おじさんが兄さんにって」
「わかったよ。今日も行くからおじさんに言っといて。俺は遥と話してから行く」
「ありがとう。頼んだよ」
俺は、何日か練習に付き合えないことを遥に伝えてから、ひまわりに向かった。
「こんにちは、おじさん」
「ありがとう、一海くん」
俺は二湖に教えられながら仕事をこなしていた。いきなり団体もなと思って、一日余分に手伝いにきたが正解だった。
「一海ちゃん、お願いがあるの」
「なんですか?」
「これ、三葉の部屋に運んでくれない?」
おばさんはカウンターにミルク粥を置きながら言った。三葉はおばさんのミルク粥が好きだった。
「あの……二湖に」
「お願い」
おばさんたち、なんか察してるな。俺が何日もひまわりに来なかったら、三葉となんかあったことぐらいわかるか……。
「三葉?」
「……」
三葉の部屋まできたが返事がない。風邪って言ってたし寝てるのか。
「入るぞ」
俺は勝手にドアを開けて中に入った。部屋は暗く、三葉はベッドで寝ているようだった。
「ミルク粥だって、机に置いとくからな」
「一海」
「なんだよ。起きてるなら返事しろよ」
「こっちにきて」
「どうした?」
ベッド横に座って、三葉の体調を確認しようと思った。
三葉は壁の方を向いていたが、こちらを向くように寝返りを打った。
「何か必要か?」
「どうしてキスしてたの?」
「は?」
「遥さんと」
「こんな時になに言ってんだよ」
「わざわざ……ここに来てすることないじゃない……」
「いや……急にされたから」
三葉は俺の頬に手を当てるとグイッと引き寄せた。
「ちょっと」
俺は思わず、身体の前に腕を出して止めてしまった。
「私とは出来ないんだ……」
「三葉……」
暗くてよく見えなかったけど。三葉、泣いてる。
「出てって……」
「……」
「お願い……」
「……あぁ」
俺は立ち上がって部屋から出ると、そっとドアを閉めた。
階段を下りて、キッチンに戻るとおばさんが心配そうにこちらを見ていた。
「三葉と話せた?」
「ありがと。おばさん」
おばさんはニコッと笑うと仕事に戻っていった。
「一海くん、洗い物してくれるか?」
「うん」
洗い物を終えて、賄いを食べろと言われたが断った。
店の外に出ると夜風が気持ちよかった。
もういいんだ。三葉には二湖がいる。
なんだか、ずっと背負っていた荷物を下ろしたような気分だった。




