EP13 スタート
季節の変わり目なんてものはなく。突然、夏になった。
「暑い。遥、まだやるのか?」
「もう、ちゃんとコーチしてよ」
遥にスタートを見てくれと呼び出されたが、俺より速いヤツになにを教えるんだ。
「んー、もっと前に倒して」
「これ以上?」
「そう。最初の三歩は、前に走るんじゃなくて、前に倒れる感じ」
「うーん」
「上体、起こすのが早い」
「そう?」
「うん。もっと我慢して」
「どうやるの?」
「……はぁ、一回だけだぞ」
こんなくそ暑い中、スタブロ調整してなにやってんだか。
「よく見てろよ」
なんかんだ言いつつ、スタート姿勢を取ると集中するもんだ。
「こうして身体を起こそうとするとケツが浮くんだよ」
悪い見本を見せてから。
「なるほど」
「だから……こう、ケツを斜め下に押し込む」
正しい見本を見せる。
「おぉ」
「ほら並べよ。そっち。よーいドンしようぜ」
「うん」
「遥のタイミングでいいよ」
「よーい、ドン」
ほんの十メートルだけ、俺は遥の前にいた。
「本当に速い」
「最初だけだよ。お前は後半伸びるタイプだろ」
「そうなの?」
「ストライド長いし。三葉も言ってただろ。二百の方が向いてるって」
「あぁ、そういえば」
「俺とは逆だ」
「一海くんは?」
「俺は後半どれだけ我慢できるかみたいな……。まぁ、でも技術ってのは意外と残ってるもんだな」
「ねぇ、楽しいね」
「馬鹿言えよ。はー、暑い暑い」
俺はさっさと日陰に退散した。遥は熱心にスタートを練習している。本人的には課題らしいが、俺とはタイプが違うから、いいのか悪いのか。
「なぁ、アイスでも食いに行こうぜ」
「うん」
コンビニでアイスを買って、食べながら学校に戻る途中、遥が口を開いた。
「ねぇ、一海くん」
「んー?」
「また映画行かない?」
「いいけど、俺と行ってもつまんないでしょ?」
「私は楽しかったけど?」
「なぁ、遥」
「何?」
「あの映画で泣けるヤツってのは、どんなヤツなんだろ」
「……泣いて悪かったわね」
「二湖も三葉も泣いたらしい。でも俺は泣けなかった」
「大切な人がいなくなった人とか?」
「遥は誰かいなくなったの?」
「……すぐ近くにはいるんだけどね。手の届かない所に行ってしまったの」
「ふーん。恋してるかどうかじゃないのか」
「あなたは恋してない?」
「それがよくわからんのだよ」
「……一海くん」
「ん?」
「来週の県大会。優勝したら私と付き合ってくれる?」
「……」
「どう?」
「くだらねぇこと言ってないで集中しろよ」
「……ごめん」
「それに、負けたら諦めんのか?」
「……」
「勝てよ」
「……うん」




