8.姫がさらわれてしまったので
さらわれたお姫さまというのは、犬世界の秩序を保つためには必要な存在らしく、今犬たちは必死で猫たちを探したが見つからず、猫世界との扉の場所も分からず途方に暮れていたのだとか。
そこで、犬世界が危機的状況に陥った時に現れるという救世主の存在を待っていたという訳だ。
「……だいたいのことは分かりましたけど、篠崎くんに猫世界への入り口なんて見つけられるんでしょうか」
私は素朴な疑問を口にする。
篠崎くんは犬が好きなのだ。
犬の世界に来て喜んでいる彼が、猫世界へ行きたがるとは思えない……。
しかし。
「いいえ、篠崎様ならば猫世界へ行き、姫を救い出すことができるはずです!」
その根拠はどこにあるのだ。
私は黒い犬をじっと見つめる。その瞳には、確信に満ちた光があった。
さらに、篠崎くんも握りこぶしをつくり、感動のためか目を輝かせている。
「犬世界の姫をさらうとはけしからん! 俺が必ず姫を助けよう!」
篠崎くんは拳を天に振り上げて、大きな声で宣言した。
その言葉に、黒い犬は感激してひれ伏した。
この状況についていけないのは私だけである。
(篠崎くん順応早すぎるでしょ!!)
心の中で叫び、私は脱力する。
「え、でも……本当に猫世界へなんて行けるの? 私たち人間界への戻り方も分からないのに」
私のことなど全く視界に入れていなかった篠崎くんが、私の問いかけでこちらを向く。
「あぁ、なんか見つけられそうな気がするぜ」
その自信はどこからくるのか。私は呆れてものが言えなかった。
しかし、篠崎くんはベタにベタを重ねたような根っからの王道ヒーローだ……たぶん。
ならば、篠崎くんを信じて行くしかない。
「あ、言い忘れていましたが、姫が戻ってくれば犬世界の均衡が保たれるので人間界に帰れますよ?」
「それを早く言ってくださいよ!!」
淡々と重要なことを述べた黒い犬に、私は思わず叫んでいた。
(……だったら、意地でもお姫さまをこの世界に帰してあげないと! このまま元の世界に帰れないなんて絶対に嫌よ)
ずっと、この犬世界から出られなかったら、きっと夏休みが終わってしまう。
学校にはちゃんと通いたい。
毎年もらっている皆勤賞だけか平凡な私の自慢だったのに!
「さ、いつまでもこんな暗い場所ではなんですから、お城を案内させてください」
お前の部下のせいだろが! と思いながらも、冷たくて暗い牢屋からようやく出られることは嬉しかった。
篠崎くんは犬のお城というものに興味津々のようで、口元がかなり緩んでいる。
強面の彼がにやけると、少し怖い。
そうして、私は器用に歩く黒い犬の後ろについて、にやける篠崎くんと一緒に牢屋の外に出た。




