6.勘違いだったようで
「この状況については、私からご説明しましょう」
先ほどまで篠崎くんに尻尾を振っていた黒い犬が、毛並みを整えて口を開いた。
素知らぬ顔で、完全に先ほどの出来事をなかったことにしようとしている!
しかし、そこを突っ込んだところで私には何の利益もないので、黙って状況説明を受けることにする。
篠崎くんも、ようやくこの状況に不満そうな顔を見せている。
また犬の魅力に取りつかれないうちに、今、何が起こっているのかを知りたい。
「まず、あなた方を捕らえてしまったのは、部下のミスですので、先に謝ります。申し訳ありません」
そう言って、黒い犬は丁寧に頭を下げた。
器用なものである。
そしてその言葉に私は希望の光を見た。
「えっと、ミスってことは家に帰してくれるの?」
訳のわからない場所から、ようやく帰ることができる! と私は目を輝かせて言ったのだが。
「いいえ、すぐにお帰しすることはできません。あなた方は犬世界への扉を開けてしまったのですから……」
紳士的な黒い犬が少し意地悪く笑ったように見えたのは、私の勘違いだろうか。
というか、犬世界ってなんだろう。
私は夢でも見ているのだろうか。
隣の篠崎くんが震えているのは感激してではなく、怒りのせいだと思いたい。
「それは本当か?」
ドスのきいた篠崎くんの声。
怒ってる怒ってる、と一瞬嬉しく思う私だが、さすがにもう分かっていた。
篠崎くんが私の期待通りの行動を起こさないことは。
「本当にここは犬の世界なのか?」
「はい」
黒い犬がはっきりと頷いた。
「ここには人間ではなく、我々犬が暮らしています」
その言葉を聞いた途端、篠崎くんは立ち上がり、にっこりと笑った。
「この世界を案内してくれ!!」
普通なら犬の世界に来てしまったこと自体信じられないし、もし実際にそうだとしても、誰しも早く元の世界に帰りたいと思うものだ。
少なくとも、私は帰りたい。
今ここで有り難いと思うのは、自分が犬猫アレルギーでなかったことだけだ。
犬は嫌いではない。むしろ好きだ。
しかし、犬の世界に来て喜べるほどの犬好きではない。
興奮気味の篠崎くんを見て、私は何度めかの溜め息を吐く。
ここが犬世界だというのなら、人間は私と篠崎くんだけだろう。
そんな状況で私は一人になりたくない。
というか、一人で犬世界で生きる自信はない。
つまり、篠崎くんについて行くしかないのだ。
そして、密かに人間界へ帰る手段を見つけなければならない。
そう考えて、1つの疑問が沸いた。
人間がこの世界にいないのならば、異質な存在として牢屋に入れられてもおかしくないはずだ。
それなのに、捕らえたのは間違いだったと黒い犬は言ったのだ。
「あの、本当に出てもいいんですか?」
牢屋から出て、また犬たちに怖い思いをさせられるぐらいならば、私はここにいたい。篠崎くんには悪いが。
「大丈夫ですよ。私の部下は気性が激しい者ばかりでして、私の『丁重におもてなししろ』という言葉を曲解して捉えてしまっただけなのです。本来なら、お二人を城でもてなしをする予定だったのですが、こんな牢屋に入れてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
どうしておもてなしされるのかはわからないが、部下の犬たちの勘違いで私たちは牢屋に入れられたことは分かった。
「城……? つまりここには城があるのか……可愛いワンちゃんたちが築いた城……是非見たい!」
と、違うところに反応する篠崎くんのことは無視だ。
「あの、どうしてこの世界で私たちがもてなされることになるんです?」
「それは……」
と、言葉を切り、黒い犬は篠崎くんの前に跪いて言った。
「篠崎様が救世主だからです」
ますます訳が分からなくなってきた。
私は大きな口を開け、不良の篠崎くんと跪く犬を見つめていた。




