3.お犬様が記念すべき100匹に到達したようで
言うまでもなく、篠崎くんは私が拾った犬に夢中になっていた。
「ん~よちよち、もう大丈夫だからな。きれいきれいしような」
ペット用のタオルシートで汚れのついていた毛を優しく整えてやり、ブラッシングをして……。
私など存在しないかのように、それはもう撫でくりまわしている。
私は犬の種類などは詳しく分からないのだが、どうやら日本犬のようで、忠犬ハチ公で知られるかのお犬様によく似ている。
しばらくジュリアンではなく、ハチ公(仮名)を可愛がっていた篠崎くんはようやくデレデレの顔から真顔に戻り、私に視線を向けた。
しかしいくら鋭い視線を向けられても、犬に擦り寄って毛だらけで先程まであられもない姿を見せられていては、恐怖心などわいてこない。
「あんた、なんで俺の家にいる?」
その声は犬に向けたような甘いものではなく、警戒心剥き出しの低い脅すような声だった。
篠崎くんを目撃することは多々あっても、まともに会話するのは今日が初めてなのである。
私も、真正面に篠崎くんがいることにかなり緊張していた。
「篠崎くん、いぬ……いやあの、お犬様? のことよく拾ってるから、この子も保護してくれるかもって……思って、ですね」
しどろもどろになりながら、私は篠崎くんが犬を拾うところをよく目撃していたことと、偶然篠崎くんの家の近くで捨て犬を発見したことを告げた。
私の顔を怪訝そうに見つめながら、篠崎くんは警戒心を解くことなく黙って聞いていた。
「つまりお前はこのきゃわゆいわんちゃんを俺に保護しろと言うんだな」
その目付きと声はドスがきいているのに、その口から「きゃわゆいわんちゃん」という言葉が聞こえてくると、そのギャップに笑えてくる。
「なにニヤけてんだよ! 不法侵入で訴えるぞ」
「え、いや、ごめんなさい!」
一応、篠崎家の執事 高野に招き入れてもらったが、篠崎くんは何も知らなかったのだ。
不法侵入だと言われても言い返せない。
犬に対する篠崎くんを見慣れ過ぎて忘れていたが、彼は正真正銘の不良なのだ。
そのことに今はじめて気がついた。
我ながら、危険なことに首を突っ込んでしまったものである。
「で、どうなんだ?」
「え、何が……?」
「このわんちゃんを俺ん家の子にしていいのか?!」
だから何故、せっかく不良だワルなんだと再確認して犬好きの残念なイケメンという印象を薄れさせようとしているのにこういうことを言うのだろう。
なんだか犬よりもきらきらした瞳でハチ公(仮)を見つめる篠崎くんを見て、私は内心ため息を吐く。
「あ、はい。どうぞ。元々そのつもりだったし……」
「よし。高野、動物病院へ行く準備を」
「はい。かしこまりました」
迅速な対応に、さすがだなと感じる。
さて、これで篠崎くんの屋敷にもう用はない。
思いの外篠崎くんのことを知ることができたし、彼と初めて会話もできた。
次に会うときは、犬将軍の篠崎くんではなく、一匹狼の不良である篠崎くんだ。
平凡な私とは違う世界で生きる男の子だ。
また偶然、犬を拾う彼を見かけたり、授業をサボって無防備に中庭で眠る彼を微笑ましく思ったり、弱いものいじめを見逃せない正義感ある行動に出くわしたり、またまた犬を助ける場面に居合わせたりするのだろう。
こうして同じ空間で直接関わりあうことはきっともうない。
そう思うとなんだか寂しい気もしたが、私はにっこりと笑みを浮かべ、もう帰ることを告げようと口を開く。
「あ、私そろそろ……」
「おい、きゃわゆいマロンに出会わせてくれたお前には特別に俺の可愛い家族を見せてやろう」
「へ?」
ついてこい、と言われ問答無用で私は篠崎くんに手を引かれる。
やっぱり喧嘩馴れした篠崎くんの手は固くて、力強い。
それでも、いつも犬を相手にしているせいか、その手はとても優しく感じられた。
しかし、私はどこに連れられるのだろう。
(ってか、マロンって……もう名前つけたの? 篠崎くんの頭のなかってけっこうファンシーなのね)
篠崎くんはジュリアンを抱いて、私はマロンを抱いて、広い屋敷内を手を引かれて歩く。
一歩一歩進むにつれ、犬の鳴き声が近くなっていく。嫌な予感がする。なんだかとても見てはいけないものがある気がする。
「実はな、マロンが俺の家族の記念すべき100人目なんだ!」
篠崎くんが犬ではなく私に向かって嬉しそうな笑顔を見せた。
それだけ興奮しているのだろう。
しかし100匹? 多い多いとは思っていたが、まさかそんな数だったとは……。
つまり私は今から99匹の犬がいるいわば犬部屋に連れて行かれる訳だ。
「ふっ、可愛すぎて失神するなよ」
きゃんきゃんぎゃんぎゃんわんわん鳴いているその声が一番大きく聞こえた扉の前で、篠崎くんが立ち止まる。
そして、私は99匹の犬が過ごす犬部屋に足を踏み入れた…………はずだった。




