18.篠崎くんのことを知ったので
クンクンと地面に鼻をくっつけながら、きらるたんが猫の匂いをたどる。
後ろから見ていると、ふわふわの毛玉が動いているようでなんとも癒される光景だ。
きらるたんは真剣に捜索しているというのに、思わず頬が緩んでしまう。
とてとてと歩く小さな動きひとつとっても、可愛くて仕方ない。
(……って、私までデレデレしていたらダメじゃない!)
言わずもがな、篠崎くんは一生懸命なきらるたんの後ろを「あぁ、かわいい」「頑張れ、きらるたん」「モフモフしたい」などと感情を溢れさせながらついていっている。
今ここにスマホがあれば写真をとりまくっていることだろう。
きらるたんのお尻に顔がつきそうな勢いで近づいている。
さすがにきらるたんも邪魔なのではないかと思ったが、尻尾をめちゃくちゃ振っているのを見るに問題なさそうだった。
『ご主人様! この先のようです』
きらるたんはきちんとおすわりをして、篠崎くんに報告する。
その姿に感激して、篠崎くんは泣きそうである。
「あぁ、きらるたん。よくやったな。えらいぞ!」
これでもかとばかりにきらるたんを抱きしめて、モフモフに顔を埋めている。
正直羨ましい。私もきらるたんを撫でてみたい。心の狭いご主人様が許してくれないだろうけど。
「そういえばここって、篠崎くんが怪しいって言ってた谷なんじゃ……」
きらるたんが示した先には、谷があった。
この近くに滝があるのか、激しい水音も聞こえてくる。
さすが救世主といったところだろうか。
旅の目的地と猫の気配を感じる場所は一致していた。
しかし、谷はみつけたものの、私たちがいる場所は谷の上。
ここで匂いが途切れているということは、猫は谷底に行ったのだろう。
「猫って、この高さから落ちても平気なの……?」
谷底を見下ろして、ゾッとした。
高所恐怖症というわけではないが、この高さは落ちたら死ぬ。
谷の岩肌はでこぼこしているから、猫にとっては足場に困らないのだろうが、人間は無理だ。
「ひとまず目的の谷には着いたんだ。ここで少し休憩しよう」
篠崎くんが珍しくまともなことを言った。
森を歩きどおしだったから休憩できるのはありがたい。
「きらるたん、あんよが痛んでいないか? マッサージでもしようか? ブラッシングも。それが終わったらおやつにしよう」
篠崎くんの荷物の中からは、肉球ケア用品やブラッシング用の櫛など、なんだか犬用グッズがたくさん出てくる。
やはり篠崎くんの世界の中心は犬なのだ。
でも、今回も一番頑張ったのはきらるたんである。
迷子になった私を見つけてくれて怪我も治して、さらには猫の気配をたどってくれて。
それなのに疲れたそぶりもみせずに健気に頑張ってくれて。
あぁ、ダメだ。私の涙腺も緩んできた。
「きらるたん、本当にありがとう。私にできることがあったら何でも言ってね!」
若干涙目でお礼を言うと、きらるたんのきゅるんとしたおめめにみつめかえされてキュン死するところだった。
『大丈夫なのです。おいらは、ご主人様の役に立てることが嬉しいんです!』
そう言って、尻尾をふりふりするきらるたん。
なんていい子なの。
篠崎くんはその言葉に号泣していた。
「きらるたん。気持ちは嬉しいが、無理はするなよ。こんなに肉球も痛んでいるじゃないか」
そっときらるたんを膝にのせて、篠崎くんは傷だらけの肉球を見る。
そして、篠崎くんはその傷口に優しく薬を塗っていく。
手慣れているところを見るに、保護した犬たちの傷の手当は篠崎くん自らしていたのだろう。
その後、きらるたんは篠崎くんのマッサージによりしばしの眠りについた。
篠崎くんはきらるたんのために学ランの上着を脱いで、簡易ベッドをこしらえていた。
「町のみんなから、旅のおともにって食料品をもらった」
ぶっきらぼうに、篠崎くんは私にパンとミルクを渡す。
「あ、ありがとう」
陽が落ちてきたので、二人で近くの小枝を拾い集めて焚火をつくった。
ここが犬世界でなければ、ただ森にキャンプに来ただけのように思える。
ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、私はずっと気になっていたことを口にする。
「篠崎くんは、どうして犬のために頑張れるの?」
聞いても答えてくれないだろうと思っていたのに、篠崎くんは焚火をつつきながらぽつりと話始めた。
「……俺にとって、わんちゃんは心を救ってくれた存在なんだ。俺からすれば、わんちゃんこそ救世主だ」
篠崎家は裕福な家庭だが、両親は多忙だった。
一年のほとんどを海外で過ごし、家に帰ってくるのは半年に一度程度。
広い屋敷に幼い篠崎くんは一人ぼっち。
両親に会いたいと連絡しても、後継者として勉学に励めと強要される。
寂しいと口にすることさえ、許されなかった。
使用人たちは傍にいてくれたが、彼らはそれが仕事だ。
自分は本当に両親に愛されているのか。
だんだん人を信じられなくなった。
そんな時、はじめて捨て犬に出会った。
クゥン、と甘えたように鳴くその存在は、自分と同じように傍にいる誰かを求めていた。
「小学生の時に初めて拾ったその子は、柴犬のメロディ。めーちゃんは俺の傍にずっと寄り添ってくれて、めーちゃんと一緒にいる時だけは自然と笑えるようになっていた……」
「その子が、篠崎くんの孤独を癒してくれたんだね……」
「あぁ。俺はめーちゃんに出会えなければ、今頃引きこもっていたかもしれねぇ」
今の篠崎くんを知る私からすれば、彼が引きこもりなんて想像もできないが、きっとそれだけの苦しみがあったのだろう。
けれど、犬のおかげで心が癒されたはずなのに、どうして篠崎くんは不良なんてやっているのか。
以前の私なら、篠崎くんにズバズバ聞くなんて無理だっただろうが、今は非日常。
信じられないことが自分の現実として起こっているのだから、別にもう怖くない。
それに、篠崎くんは優しい人だともう知っている。
「でも、それならなんで不良になったの?」
「だって、強くなけりゃ守れねぇだろ」
つまり、こういうことらしい。
中学時代、篠崎くんは捨て犬をいじめている高校生の不良どもに出会った。
自分よりも年上で、体の大きな高校生を相手に、篠崎くんは犬を助けるために奮闘した。
その時に悟ったらしい。
この子たちを守るためには強くならなければならない、と。
「だからって不良にならなくても……友達もできないじゃん」
「俺は今でも人を信用していない。不良になれば誰も寄ってこなくなるから好都合だった」
「……じゃあ、どうして私には話してくれたの?」
「お前は、マロンに会わせてくれたから……」
そういえば、私は捨てられていた子犬を篠崎くんに何とかしてもらおうと屋敷を訪ねたのだった。
「この世に人間の勝手で捨てられたわんちゃんがどれだけいると思う? 平気で命を捨てられる人間を俺は許せない。だが、お前のように見過ごさず、手を差し伸べられる人間もいる。俺にとって、わんちゃんを大事にできる人間は敵じゃない」
篠崎くんにとって、信用できる基準もやはり犬関連だった。
あの時、犬を拾わなければこんなことにはならなかったけれど、何度同じ場面に遭遇したとしても、私は犬を放置できなかっただろう。
それに、こうして篠崎くんのことを知る機会も得られなかったから。
「そっか……マロンちゃんもきっと、他のわんちゃんと同じように篠崎くんの帰りを待ってるね」
「そうだな……この犬世界は俺にとって最高の場所だけど、俺のきゃわゆい家族のもとに帰らないとな」
「そうだよ! そのために、猫世界からお姫様たちを連れ戻そうね!」
篠崎くんなら、このまま犬世界で暮らすと言いかねなかったので、帰る気があるようで正直ホッとした。




