17.せっかく見つけた猫を見失ったので
はじまりの場所に戻るため、私は来た道を戻ろうと森へ入る。
さっさと元の世界に帰りたい。
どうか帰らせてほしい。この世界が求めていたのは篠崎くんだ。私ではない。
モブキャラが一人帰ったところで支障はないだろう。
そんなことを考えながら歩いていて、ふと気づく。
(……そういえば私、気絶してたから道わかんない!)
犬世界の地図を見ていたから、なんとなく方角が分かれば行けると思っていたけれど、いざ森の中に入ると方向感覚が失われる。
自分が方向音痴であることも、すっかり頭から抜けていた。
これが篠崎くんのように主人公チートがあればこういう場面でも乗り切れるのだろうが、いかんせん私は巻き込まれただけの平凡な女子高生である。
「うわ~どうしよう。勝手に出てきた手前、戻るのも恥ずかし……」
独り言を口にしながら振り返ると、自分がどこから来たのかも分からないくらい進んでしまっていた。
やばい。あの村に戻る道すら分からなくなった。これは詰んだ。
(このままここでいるわけにもいかないし……)
こうなったら進むしかない!
どこに向かえばいいかもわからないけれど、私は覚悟を決めて進むことにした。
その時。
「みゃ~ん」
かすかにだが、猫の鳴き声が聞こえた。
「猫の鳴き声……? ということは、猫世界への入り口があるかも!」
私は鳴き声の聞こえた方へ小走りで向かう。
私が猫世界へ行ったところでできることは少ないだろう。
それでも、篠崎くんに伝えれば、元の世界に帰れるはず!
運動神経もさほどよくない私。
「ふぎゃっ!」
木の根に引っ掛かり、おもいきりずっこけた。
唯一の救いはこの無様な姿を誰にも見られていないこと――。
「にゃは」
茶色の毛並みを持つ猫ちゃんが二足歩行で、転んだ私の姿を見て笑っていた。
猫に笑われた。恥ずかしすぎる。
穴があったら入りたい。
「ちょ、笑うなんてひどくない!?」
顔が真っ赤になりながら、猫に叫ぶ。
って、今は私の羞恥芯どころではない。
猫がいたのだ!
「そうだ、本当に猫たちがお姫様や村の子たちをさらったの?」
地面に突っ伏しつつも、私は大事な質問をした。
けれど、猫は答えずに颯爽と消えた。
さすが猫、身軽だ。
「ちょ、待って!」
ようやく体を起こし、猫が去っていった方へ走るが、もうどこにも猫の姿はなかった。
「はぁ、はぁ。猫ちゃん、どこ行ったの……」
完全に見失った。
そもそも走るのが得意ではない私が猫の足に追いつけるわけがない。
篠崎くんだったら、猫に追いついて事情を聞けたかもしれない。
(どうして篠崎くんじゃなくて私の前に現れたのよ……)
このままではいっこうに物事が進まない。
私のようなモブがこの世界に影響を与えるなんて到底無理だ。
その上、猫を追いかけて森の中を走ったせいで、完全に迷子だ。
森の奥深くに入ってしまったようで、道のようなものすらない。
「あ~もう詰んだ。このまま犬世界で野垂れ死にとか、笑えないんだけど……」
ははは、と無理やり笑おうとするが、泣きそうだった。
その場でバタンと仰向きに地面に寝転がる。
空はどこまでも青くてきれいだった。
「お~い!」
なんだか、篠崎くんに似た声が聞こえた気がした。
いやいや、篠崎くんがいるわけがない。
きっと疲れているんだな、と目を閉じる。
「――萩村! いるのか!」
はじめは幻聴かと思った篠崎くんの声が、だんだん近づいてくる。
「おい、しっかりしろ!」
と、私の肩が乱暴に揺さぶられる。
この手つき、篠崎くんで間違いない。
「もう、もっと優しくしてよ!」
目を開くと、必死そうな篠崎くんの顔があった。
相変わらず、きれいな顔をしている。
「よかった、目が覚めたのか」
勝手に別行動していたことで罰が悪くて、篠崎くんの顔をまともに見られない。
上体を起こして、ふいと顔をそらす。
「別に、少し休もうと思ってただけだし……篠崎くんこそ、なんでここにいるの?」
「そんなのお前を探してたからに決まってるだろ。一人で行動するなんて危険すぎる」
「……」
犬たちへのファンサービスに忙しくしていたのに、私のことも覚えていてくれた。
胸が熱くなる。
犬よりも優先されることはないと分かっているからこそ、自分のことも気にかけてくれていたことに感動していた。
とはいえ、篠崎くんに注意されるのは腑に落ちない。
私の忠告は聞いてくれないのに。
「きらるたんのおかげで、お前を見つけられたんだ」
えっへんと言いたげに胸をはるきらるたんが可愛い。
「ありがとう、きらるたん。それと、勝手に動いてごめんなさい……」
今回は自分が馬鹿な行動をとった自覚はある。
だから、素直に謝った――のだが。
「すごいぞ~きらるたん。天才だな!」
デレ顔できらるたんをほめちぎる篠崎くんを見て、思わずジト目になる。
『おや、ご主人様、従者は怪我をしているようです』
きらるたんのきゅるんとした瞳が、私の膝小僧を見て行った。
転んだときにすりむいて血が出ている。
「本当だな。きらるたん、頼めるか」
『もちろんです!』
きらるたんは私の目の前にくると、膝をぺろりと舐めた。
生暖かくて、くすぐったい。
「え、傷が……」
なんと、きらるたんが舐めた箇所の傷がきれいに塞がっている。
治癒能力まであるのか。
すごすぎないか、きらるたん!
「きらるたん、ありがとう!」
感激して私がきらるたんを撫でようとすると、篠崎くんに阻まれた。
「すごいぞ~! きらるたん」
『これもご主人様のおかげです』
「ん? 俺の?」
『はい! おいらはご主人様のおかげで生まれたので』
「あぁ~、なんていい子なんだ。きらるたん、かわいすぎる」
すっかり私を置いてけぼりにして二人の世界になっている。
しかし篠崎くんが生み出したきらるたん、ご主人様と違って有能である。
道案内だけではなく、治癒能力も持っているなんて。
「そういえば、さっき猫を見かけたんだよね」
「それを先に言えー!」
まさか篠崎くんに突っ込みを入れられる日がこようとは。
私はついさっきの出来事を共有したのだった。




