15.お姫様だけではなかったようで
村長の屋敷は、犬のお城ほど立派なものではなくても、この村一番のお屋敷であることは私にも分かる。
森を背景に立つ村長の屋敷は二階建てで、実用的なつくりになっていた。
杖をついた村長を歩かせておくのがいたたまれなくなった篠崎くんが、現在村長の身体を大切そうに抱いている。
むしろ私の時よりも優しい手つきに見えるのは気のせいだろうか。
いや、断じて気のせいではないだろう。
篠崎くん、絶対私の時はあんなにゆるゆるな顔をしていなかった!
とにもかくにも、村長が救いを求めてきた理由を明らかにしなければならない。
「どうぞ、こちらへ」
メイドさんらしき白いプードルに出迎えられ、私たちは応接室に案内された。
篠崎くんは、応接室の中心にあるソファへと真っ先に近づいた。
もちろん、村長を座らせるためである。
「……救世主様、ありがとうございます」
村長は目に涙を浮かべて感激している。
「困っているワンちゃんがいれば手を差し伸べるのが俺の流儀だ。気にすることはない。それで、一体何があったんだ?」
真面目な顔で、篠崎くんが村長に尋ねる。村長の言葉に、私も耳を傾ける。
「実は……姫様が誘拐された時期に、わしの村の若い娘たちも猫の襲撃を受け、さらわれたのです」
それを聞き、篠崎くんは眉間にしわを寄せ、納得したように呟いた。
「それでさっきも若い女の子がいなかったのか……」
どうやら、篠崎くんは先ほどの集団の中に女の子のワンちゃんがいないことに気が付いていたらしい。
犬に関しては恐ろしい観察眼だ。
「え、でもさっきのメイドさんは……?」
ここまで案内してくれた、白い毛並が美しいトイプードル。
フリルのついたエプロンをつけていたし、女の子であると認識しているのだが。
私の問いに、村長が少し表情を緩めた。
「あの者が聞いたら喜びますぞ。あれはもう13歳になりますかな……」
13歳、十分若いではないか。
私が不思議に思って首を傾げていると、篠崎くんが呆れたため息とともに教えてくれた。
「犬年齢で13歳っていったら、人間でいえば63歳くらいだぞ」
「えっ! そうなの!?」
それは確かに若くない。
人間と犬の年齢が違うことは知っていたが、こんなに大きな差があるとは思わなかった。
それに、犬の見た目だけで年齢なんてわからない。
しかし、驚かなかったということは、篠崎くんは気づいていたということだろう。
またしても、私は篠崎くんに驚かされた。
「ちょうど今、姫を救い出すために旅をはじめたばかりだったんだ。この村の女の子たちも、必ず俺が救ってみせる!」
そう言って、篠崎くんは村長の小さな手をぎゅっと握りしめた。
心なしか、肉球の感触に酔いしれているような……。
* * *
泊まるところが決まっていない、という話をすると、村長は快く屋敷に置いてくれた。
そして、姫と村娘たちを救うために熱く燃えている篠崎くんは、ようやく作戦を立て始めた。
「姫をさらったことといい、村の娘たちをさらった猫はかなりの数がいたことだろう。それに、犬世界のことをよく調べていたはずだ。つまりだ。それだけ頻繁に行き来できたということになる」
「もし犬世界と猫世界で行き来できる場所があるなら、城とこの村の近くっていうことだよね」
「ああ。だが、俺たちが通って来た道には何もなかった。猫の鳴き声さえも聞こえなかったしな……」
「うん。でも、私たちは森を抜けてきたから、森のどこかに入り口があるのかも」
応接室で私たちは顔を突き合わせ、村長の屋敷にあった犬世界の地図を見ながらあれこれ考えてみる。
元の世界に帰るため、私もなんとか猫世界への入り口を見つけたい。
篠崎くんは大好きな犬を猫にさらわれたからか、とても怒っている。
しかし私は、犬派という訳でもないからそこまで猫に対して敵対心は持てない。
ただ単純に、しゃべる猫に興味がある。それに、猫もけっこう可愛い。
(猫の自由気ままなところとか、甘えたような仕草とか、あのつぶらな瞳、たまらないよね~)
こんなこと、絶対に篠崎くんには言えないけど。
「……隣村の近くに谷がある。ここ、怪しいと思わないか」
猫に思いをはせていると、ふいに篠崎くんに声をかけられた。
篠崎くんが示す場所には、太い川と谷の表記がある。
地図の上からではこの谷がどんなものなのか分からないが、たしかに可能性はあるかもしれない。
「でも、谷が出入り口だったらかなり危険じゃない?」
断崖絶壁にもし入口があったら、犬を連れ去るのも一苦労だ。
「こういうところには洞窟があるはずだ!」
力強く篠崎くんが言葉を発する。その自信はどこからくるのか。
篠崎くんには聞いても無駄な気がする。
私は極力危ない橋は渡りたくない。
こんな世界に来てしまった時点で、今更安全など求めてもしょうがないのかもしれないが。
それでも、私は拒否を試みる。
「え~、そうかなぁ……もっと安全な場所だと思うけど」
「きらるたん! 明日の朝一番にここに行くぞ」
私の言葉とかぶって、篠崎くんは膝の上にちょこんと乗せていたきらるたんに満面の笑みを向けていた。
「ん? 萩村、今なんか言ったか?」
「いや、別になんでもないよ……」
と、私は力なく笑った。
(分かってた。分かってたよ。篠崎くんが私の意見なんて聞いてないことぐらい!)
きらるたんといちゃつく篠崎くんを視界に入れながら、私は明日のサバイバル体験への覚悟を決めた。




