14.慣れないとやっていけないので
「人間様だっ!」
「伝説は本当だったのか!」
木造建ての建物が密集する町――というよりも、村といった方がいい集落――に入った直後、あっという間に大勢の犬に囲まれた。
そのため、私を横抱きしている篠崎くんの興奮は最高潮だ。
「う、わ……なんだ、これ……夢のようじゃないか!!! かわいい瞳で、みんなが、俺をみてる!」
体が密着しているために、彼の心臓の音がよく分かる。
仮にも異性である私を抱いた時には何の反応もなかったくせに、犬に囲まれて興奮するとか……本当に犬馬鹿な男である。
『皆様、ご主人様はお疲れで、少しお休みになりたいのです!』
集まってきた様々な犬種の面々に、きらるたんが代表して声をかける。
彼らの様子からして、犬世界がピンチになった時に現れる人間の救世主のことは皆が知っているようだ。
「それなら、わしの屋敷で休むといい」
ヨボヨボと杖をつきながら現れたのは、かなりお歳を召した老犬だった。
足が短く、小麦色の毛は長い。
「……ケアン・テリア」
目をキラキラさせながら、篠崎くんがぼそり、と呟いた。
それが老犬の犬種だろうか。
「村長さま! 起きてきて大丈夫なのですか?」
集まっている犬たちが老犬を心配そうにみている。
どうやら、彼がこの村の長らしい。
「わしはこのジャーキー村の村長……ケリアム。どうか救世主さま、わしらを救ってください」
ふるふると長い毛を震わせながら、ケリアムと名乗った村長犬は頭を下げた。
その瞬間、近くにいた犬よりも早く、篠崎くんが動いた。
さっきまで優しく抱いてくれていたのに、急に私の体を投げ出してケリアムに駆け寄った。
「あぁ、頭を上げてくれ! 俺にできることならなんでもする!」
投げ出された私はといえば、咄嗟のことに反応できず、地面におもいきり体をぶつけた。
(いったぁっ……!!)
わかっていた。
彼にとって何が一番大切なのか。
しかしながら女の子をぶん投げて老犬の背、いや、毛並みを優しく撫でるなど……。
そして犬も犬だ。
投げ出された人間の女のことなど気にはせず、村長に優しく接する篠崎くんの姿に目を潤ませて感動している。
『どんまいですっ!』
お尻をさすり、ガンガンする頭を抑えていた私に、きらるたんがきらきらした瞳で言った。
犬に同情された。しかも、篠崎くんが生み出した犬に。
(……か、悲しすぎる。なんだってこんなことに!)
投げ出された痛みとともに、きれいさっぱり篠崎くんへのときめきも恋心も冷めてしまった私はデレデレしながら老犬を触りまくる篠崎くんをおもいきり睨んだ。
犬に囲まれて幸せそうだ。
頬擦りまでしている。
さらに、犬の喜ぶ触り方を知っているために犬まで幸せそうに鳴いている。
泣きたいのはこっちだ。
そんなことを考えながら、私は自分だけはしっかりしていなければいけないと改めて思った。
(こんな、微熱に負けてらんないわ!)
すべては気力だ。
疲れと慣れない環境のせいで調子を崩したなら、慣れればいい。
この、犬だらけの世界で、救世主(篠崎くん)に女扱いされないことに、そして犬が最優先されることに!
私は悲しい決意とともに立ち上がり、犬にまみれる篠崎くんを引っ張り出した。
「篠崎くん! こんなとこで遊んでる場合じゃないでしょう?」
そうして残念がる篠崎くんを連れ、私たちは村長の屋敷へと向かった。




