11.早速森で迷子になったので
はじめから、無謀だと分かっていたのだ。
私はこっそりでもいいからクロちゃんに地図をもらっておけばよかったと早くも後悔していた。
この犬世界は、あまりに広大な土地を有するため、街や村など人…いや、犬の集まるような場所まで、どういう訳かかなりの距離がある。
さすがに犬たちは四足歩行で不自由なく長距離を走り続けられるのだろうが、私はそこまで体力馬鹿ではない。
城は森と草原に囲まれていたため、まずは森を抜けるところからスタートしたのだが、いくら歩いても森を抜ける気配はない。
整備された道も、あえて篠崎くんが避けてしまうので、私はごつごつとした石や太い木の根がむき出しになっている足場の悪い道をひぃひぃ言いながら歩いているのである。
「……ねぇ、篠崎くん。やっぱり地図もらいに戻ろうよ」
何度目かの同じ問いを、前を歩く篠崎くんの背中にぶつける。
さっきから、篠崎くんは一言も言葉を発しない。
意外と広い背中は頼りになりそうなのに、この状況では篠崎くんを頼りにすることはできそうにない。
「地図はいらねぇ」
ぼそっと、篠崎くんが呟いた。森に入ってからはじめての反応である。
「どうして?」
「地図なんか無意味だ。俺の勘で行く」
「え、と……もしかして篠崎くん、元の道も分からなくなった?」
何気なくそうなんだろうなぁと思いながら、冗談っぽく言ってみると、篠崎くんが急に立ち止まった。
そして、振り返り、目つきの悪い目で私を睨み、一言。
「あぁ、迷った!」
力強く迷子の宣言をしてくれた。
私も、森に入ったばかりの時は木に目印とかを付けていたんだけど、さすがに体力の限界に達してくるとそんな余裕もなくなって、私は篠崎くんを追いかけるだけで精一杯だった。
つまり、私も元来た道が分からない。
戻ることもできず、進むべき道が見えてこない。絶望的だ。
広い森で遭難してしまう、なんてこと私の人生にはないと思っていたのに。
「ちょっと、休憩しない?」
一度落ち着いて考えれば、突破口が開けるかもしれない。
私はそう思って篠崎くんに提案する。
「……そうだな」
そう言って、篠崎くんはその場に座り込んだ。
そして、自棄になったように水をがぶがぶと飲む。
その様子を見て焦った私は慌てて篠崎くんから水筒を奪った。
「ちょっと! そんなに一気に水を飲んだら、後々困るよ」
「心配いらねぇよ。俺が救世主なら、この世界が俺を殺すことはねぇ」
(いやいや、それは確かにそうかもしれないけど! 脱水で倒れる救世主なんて嫌でしょ!)
私は内心で突っ込みながら唖然とする。
もう、水筒の中身はほとんどなかった。
「……水分補給は控えめに、だよ」
「飲みたい時に飲みたいだけ飲む。それが俺流だ!」
「もしワンちゃんが水のない場所で限られた水をがぶ飲みしようとしたら、どうする?」
もう、私が何を言っても無駄かもしれない。
そう悟った私は、犬を引き合いに出して言ってみる。
「もちろん止める!」
「同じだよ!」
おもいきり叫んで、私は脱力感にへたり込んだ。
何でこんな旅に出てしまったんだろう。
もしかしたら、私はこのまま犬世界で死ぬのかもしれない。
猫にさらわれたお姫様のために旅に出て、犬馬鹿の篠崎くんの無謀な旅計画のせいで野垂れ死に……そんな未来が想像できて、私は身震いした。
(嫌だ。絶対こんなところで死にたくない!)
篠崎くんに背中を向けて、私は現実逃避のために地面に犬の絵を描き始める。
すると、篠崎くんの気配が近づき、私の描いた絵を覗き込む。
じっと黙っているので、なんだか気まずい。
そういえば、篠崎くんの屋敷には篠崎くんが描いたプロ顔負けの絵があったなぁと思い出す。
「なかなか可愛いな」
背後からそんなことを言うので、私は反射的に身体を震わせた。
私の描いたマスコットのようなブサ可愛い犬の絵でも、篠崎くんに可愛いと認められたらしい。
篠崎くんが私に対して同級生という認識以上のものを持っていないことは百パーセント分かり切っていたのに、耳元で可愛いなどと言われると、私の意思とは関係なくどきどきする。
「姫、どんな可愛い子ちゃんなんだろうな」
にやにやと楽しげにお姫様のことを口にした篠崎くんを見て、私のときめきは一瞬で冷めた。
(危ない、こんな馬鹿に初恋を捧げてはいけないわ!)
内心で拳を握り、私は気持ちを切り替える。
隣では篠崎くんも地面に絵を描き始めた……かと思えば、よく分からない曲線を描いている。
(なんだか、魔法陣みたい……まさか、ね)
私が苦笑をもらした時、隣の篠崎くんが描いていた絵が光はじめた。
「な、何……!?」
私が驚いて篠崎くんを見ていると、篠崎くんもよく分からないと言った顔で光る地面を見つめていた。
だんだんと光が薄くなっていくと、そこには今までなかった何かがいた。
小さくて、黒っぽい物体がもそもそと動いている。
『ご主人様! おいらは何をすればいいですか』
聞こえた声は甲高く、可愛らしい。
その声を発したのは、光と共に現れた黒い物体だった。
篠崎くんをご主人様というその黒い物体は、よく見ると毛糸玉のようにもふもふの黒い毛を持つ子犬だった。
(ついに、篠崎君が自分で犬を生み出せるようになった……!)
肉体的疲労のためか、私はそのあり得ない状況を何故か受け入れてしまっていた。




