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 ついに宝塚音楽学校の試験が始まった。

 一次試験は書類選考と面接のみ。

 一組十人ずつに別れ、順番に決められた事項(受験番号・年齢・身長・体重・出身地・出身校・バレエ歴・声楽歴など)を面接官に伝える集団面接となる。一人の持ち時間は三十秒ほど。三十秒の中で、いかに面接官の目にとまるか。そこに注目した試験と言われる。一次試験は宝塚お膝元の関西だけでなく、東京会場でも行われる。

 ちなみにこの一次試験で、千人から四百人までふるい落とされる。

結果であるが、円、隆二名とも、一次試験を無事通過した。

 その隆にとっては奇跡と思える結果は、受験要綱をひっくり返した結果は、隆の情緒がおかしくなるくらいの喜びを与えた。

 隆の常識外れの、向こう見ずな行動は、百年の歴史を誇る宝塚の募集要項をひっくり返したのだ。

「先生! 俺、この結果だけでもいいくらいだよ。だってさ、リアル学校であんだけ変態扱い、『娘役(笑)』みたいなあだ名つけられて、さんざんコケににされてさ! でも俺は選考を通った! あいつら全員の額にこの結果を叩きつけたいよ!」

 隆は書類選考だけで落とされると思っていたが、面接までしてくれて、しかも二次試験まで進めたのだ。

 隆は人が変わったかのように、トランポリンにいるみたいに飛び跳ねながら喜び、浮かれていた。

「隆、よくやったわね」

 円も隆が一次試験を通過したことを、我がことのように喜んでくれた。

「あぁ、ありがとう。ここまで長かった。俺としては夢を語っているつもりだったが、話せば話すほどネタ認定されて、病院で拘束してもらった方がいいんじゃないか? みたいな扱い。そんな状況で卒業式を済ませたの意外としんどかった。誰も理解してくれない。村上先生と円しか俺の悩みは話せなかった。本当にお前らのおかげだ」

 隆は円の腕をつかんで、上下にブンブンと振り回していた。

 隆の涙ながらの感謝に、円はされるがままだった。

 普段だったこれくらいのスキンシップをすると、調子乗んなと、円にぶん殴られていると隆は思う。

「馬鹿言ってんじゃない。これはアタシの口添えがあっての話だ」

「へ?」

 円の手を掴みながら、隆は口を半開きに開けたまま、村上先生を見た。

「普通だったら、男からの願書なんて、頭のおかしいヤツから応募が来た、で終わりだよ」

 村上先生はため息もつきそうな感じで、隆に説明をする。

「でもアタシがこれまでの宝塚とのパイプを総動員して、なんとか事前に話を通しておいたから、とりあえず見てやろうかってなったってこと」

「あ、そういうことなんだ」

 これまではしゃいでいた自分の姿を思い出して、隆は少し死にたくなる。

「前にも言ったかもしれないけど、あの伝統の塊の、悪く言えば保守的な宝塚に変化を受け入れさせるのって、本当にしんどいんだからな? 校舎とかも男性学生に配慮されたものにもしなければならないし、金もかかることだ。根回しが必要なんだ。だから、もし宝塚受験を諦める場合は、早めに教えろって、あんだけ言ってたんだ。もう動き始めてたから、途中で辞めるにもそれなりに責任ってもんが発生するんだよ」

 ここまでうまくいって、よかったよ……。

 と先生は心底安心したように、呟いた。

 本当に村上先生の教室が無くなるリスクがあったことに、隆は今更ながら背筋が凍った。他の受験生を巻き込んだ騒動になる恐れがあったのだから。

「まぁ、それが全てとは言わない。色々な障害を乗り越えて、受験して、面接を突破できたのは、アンタの実力のおかげだろうけどね」

 村上先生は隆を見て、ゆったりと笑う。

「一次試験通過、おめでとう」

「ありがとうございます。いやいや先生のおかげですよ本当に。俺この教室入って、よかったですよ」

 普段あまり褒めない村上先生の認める言葉に、隆の目が少し潤む。

 この結果も、何人もトップスターを育てている先生の口添えがなければ、話にならなかったことは、隆も何となく理解出来た。

(この教室を選んで本当によかった)

 先生は先生で、隆の為に、孤独な戦いをしてくれていた。

 世の中、生徒のために、そこまでやってくれる指導者ばかりではないと隆は思う。

 そう思えたら、なおさらこの教室で学んでよかったと、心の底から感謝をしていた。

 あの時に逃げないで本当によかったと、隆は再確認した。

「さて今日が三月二三日。三月二六日には前乗りして、試験に備えるよ」

 二次試験は三月二七日、翌日の三月二八日に結果が出た後、三次試験は三月二九日、そして最終結果発表は三月三十日。それは兵庫県宝塚市にある、宝塚音楽学校で行われる。

 つまり二次試験以降は、試験会場の関係上、兵庫県まで出向かなければならない。

 関東に住んでいる隆たちは三月二六日、宝塚音楽学校近くのホテルに、隆と円、また他の一次試験合格者で前日入りをする。

 そしてついにに三月二七日。隆たちは二次試験を迎える。

 だが幸先が悪かった。

「なぁ、悪かったって。機嫌を直してくれよ」

 二次試験の日。隆は円と喧嘩をしていた。

 隆は必死に円に話しかけて、関係の改善を図るが、円は隆を完全に無視した。聞く耳をまったくもたない。

 隆は他の受験生に目で助けてくれと訴えるが、アハハと笑って誤魔化される。

 こうなった円を説得することを、諦めているようだ。

(諦めないでくれよ)

 喧嘩の発端は昨日、円がせっかくムラ(宝塚大劇場周辺)まで近いから、トップスターの人を出待ちをしたいと言い出した。その日は推しが出ている組の講演があったらしい。

 ちなみにムラとは、宝塚大劇場周辺の愛称のこと。

 冗談だったのだろうが、隆が明日受験日だし止めておけよと真面目なトーンで言ったことにより、そんなのわかっているわよ。馬鹿だと思っている? あんたのスマホカバー、使い込み過ぎて黄色でドン引きなのよ。耳掃除したあとの色みたいね! そんな落ち込む指摘を受験前にするなよ! と、やり取りをし、隆と円は険悪な感じになってしまった。

 隆は自分のうっかりな失言の失態に気がつき、完全に白旗を上げていたが、円は隆とは距離を取っている。

 こんな状態で、二次試験に望みたくないと隆は思う。


 試験会場に入ると、最早当たり前のこととして受け入れているが、二次試験会場に入ると、隆は自分に視線が集まることに強制的に気づかされた。

 明らかにざわついている。だって隆が男だから。

(一次試験の時も同じだったしな)

 男ということで、奇異な目で見られることに、今更隆に抵抗はなかった。

 高校でも、『娘役変態隆』として、後ろ指さされていた。

 受験生たちを見た隆の印象としては、さすがにレベルが高い。仮にも一次試験を突破してきたタカラジェンヌの卵たちばかりなので、スタイルが良く容姿端麗な女性ばかり。

 確実に一次試験会場の志望者よりも、出来る雰囲気を醸し出している。

(まぁ、円で見慣れている)

 あんな才能が有って、自己主張が強いヤツが近くにいてよかったなと、隆は人知れずに笑った。

 異端も異端なので、注目されるのは仕方がないが、あまり目立たないように、隆は壁際に立って、なるべく存在感を消す。

 しばらく壁にボケーっと立っている。

 すると背の高い女がつかつかつかと、近寄ってきた。

 なんだろうと、隆はその女の子に視線をむけると、

「オカマ。界隈に帰れ」

 と、ボソリと吐き捨てられた。

 背の高い女は、言いたいことを言えて満足したのか、そのまま受験生たちの人ごみに紛れていった。

(やっぱり歓迎されないなぁ)

 そう思いながら、嫌味を吐き捨てた相手の後ろ姿を見る。

 と言っても、隆はこの手の嫌がらせに慣れている。西川にねちっこい粘着さ加減に比べれば、軽いものだ。正面堂々と文句を言ってくることが、むしろ清々しい。

 すぐに忘れて、全力で二次試験内容。舞踏、声楽、面接に力を入れるだけだけだと気持ちを入れ替える。

「なんなのよ……! あの女!」

 自分にだけ聞こえたかと隆は思っていたが、円にも聞こえていたらしい。円は隆のそばにいつの間にか来てくれていたようだ。

 円は今度はさっきの背の高い女に対して、怒っていた。

「お前、いつも怒ってんな」

「全てアンタのせいでしょうが!」

 円はさすがに試験会場なので、大声で怒鳴りつけるような真似をしなかったが、小さい声ながらドスを利かせて、隆を軽く小突いてくる。地味に痛い。

「いてぇ。でもありがとう。そう言ってくれるお前が居てくれてよかったよ。でも気持ちを落ち着かせてだな。って、痛い。お前殴りすぎだよ」

「うるさいわね。――暴言を吐いたのは、恐らくあの女ね」

 円が見た方向を隆も見てみると、複数の友達に囲まれた長身の女がいた。リーゼントの髪型をしている。

「男役志望ね……。だから男役の隆にちょっかいをかけたんだわ」

「なるほどね。まぁ、なんだ。俺は気にしないからさ」

「演舞の際に、目にもの見せてくれる」

 隆の言葉をまったく聞いていなかった。

 明確な敵な存在は、円のやる気をかなり上げていた。

(円は戦いを嗜むな)

 円の人となりを隆は把握しているつもりだったが、まだまだ知られざる一面がありそうだと思う。

「隆も負けるんじゃないわよ」

 そう言って、円は隆から離れていった。





 最初は目障りでしょうがなかった。

 男なのに宝塚を受けるなんて、こいつどうかしていると思った。

 だからアタシは面と向かって、思いっきり文句を言ってやった。

 この教室から追い出してやろうとまで、言ったと思う。

 実際授業の中でも、勝手がわからないのか、何度も授業を中断させて、アタシたちに迷惑をかけてきた。

 冗談じゃない。

 アタシ達は真摯に宝塚歌劇団に入りたい。その一心で高校の貴重な時間を、その為に使っている。

 JKの一大イベントである恋愛もしない。

 告白を断りまくって、彼氏も作らない。

 実は告白してくれた人の中には、ちょっといいなと思っている人もいた。この人と彼氏彼女の関係になれたら、毎日とっても楽しいんだろうなって、思わせてくれるような人だった。

 極めつけは学費を何とかするために、清く、正しく、美しいとは正反対な、宝塚音楽学校の受験生にはあるまじき、バイトにも手を付けた。

 そこまでして、私は宝塚音楽学校への受験にかけた。

 それだけ真剣な思い出やっているのに、男なのになんで来てんのよ! と私が思うのも無理ないだろう。

 けど隆は真剣だった。

 頭おかしいと思うけど、男なんだけど宝塚を本当に真剣に目指していた。

 授業が終わった後も自主練を続けて、バレエも声楽も、宝塚にかかわることは何もかも、真剣に取り組んでいた。

 私と同じ高校三年生。誰にとっても重要な大学受験や就職活動をすっぽかしてなお、宝塚受験をするというのだ。

 話してみると、根は良いヤツということもわかった。

 勉強も教えてくれた。

 あいつは県内でもかなり有数な進学校に通っていた。

 もう落ちこぼれだけどなと言いながら、教えてくれた勉強は本当にわかりやすくて、助かった。

 そして宝塚音楽学校の受験生にはあるまじき、すみれコード違反なバイトを辞めるきっかけをアタシにくれた。

 誰も頼んでないのに、勝手に私を救ってくれた。

 だから、いつの間にか隆と一緒に宝塚に通えればいいなと思っていた。

 そして隆は、本当に一次選考を通過してしまった。

 凄い。

 本当に男なのに結果を出したのだ。あの男は。

 長い宝塚の歴史でも、快挙ではないだろうか。

 そしてこの時、二次選考の舞踊試験。

 舞踊試験は在校生に振付を教えてもらい、その通り、それぞれが踊る試験だ。

 アタシは必死だった。

 いっぱいいっぱいながらも、なんとか振付を頭に叩き込んで、必死に踊って食らいついていたのだが。


 隆の舞う姿にアタシは目を奪われた。


 隆は、それはそれは楽しそうに踊っていたのだ。

 俺を見てくれという思いと、ここで試験に臨めるのが楽しくて仕方がないといった風に踊るその様は、見る者全てを引き付けているだろう。

 これまでの宝塚受験に費やした時間は、ここで踊るためにと、言わんばかりの舞踏だった。

 嫌味を言った女が必死に、隆の近くで踊っているが、可哀想そうなくらいモノの違いが分かってしまえた。

 アタシの一生を左右するかもしれない試験。その嬉しさの溢れる隆の舞いに、

『私も一緒に踊りたい』

と、緊張で硬くなっていたアタシの体がほぐれた気がした。

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