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エピローグ

「あんた面接、真面目にやりなさいよ」

 さっきまで無言だった円が唐突に口を開いた。

「何が?」

 隆としては会心の出来だった三次試験の面接をふざけていたみたいに言われて、少し眉をひそめた。

 試験結果発表を見に行くために、宿泊先のホテルから、宝塚音楽学校まで、歩いている道中。

 あの後、二人とも二次試験を突破して、三次試験まで進むことができた。

 そして三次試験も無事終わり、これから結果発表である。

「終始ふざけてばかりだったわね」

「そうか?」

「何故当校を志望したのですか?」

 円はその時を再現するように、面接官のように問いかけてきた。

「はい。月並みですが、宝塚音楽学校の舞台を見て、感動したからです。男の自分が髭を剃って、舞台に立ちたいと思うくらい」

 なので隆もその時を思い出して、言葉を返す。

「当校は女性を募集していますが、何故応募してきたのですか?」

「はい。先ほどの内容と重複しますが、その案内文を、見て見ぬふりをして応募したいくらい、宝塚の舞台に立ちたいと思ったからです。また入学させていただいた際は、期待に応えられるよう努力していきます。結果も出します。今まで散々周りに御校への受験を辞めろと言われてきましたが、諦めきれず邁進してきました。これは並大抵なことではなく、自分にとっていい経験となりました。その経験を宝塚音楽学校でも活かして、わき目もふらずに努力します。努力をもって報いたいと思います」

「なるほど。最後の質問ですが、あなたが入学した際、どういったことがわが校ひいては歌劇団にとってプラスになると思いますか」

「はい。様々意味で男性にも開かれた舞台となると思います」

「男性にもですか?」

「私が入団すれば、少なからず男性も宝塚に注目するでしょう。そうすると劇にも男性の観客が増えると思います。そうと言っても最初は少数でしょうから、女性を蔑ろにはしないはずです。そうなると今までは違ったお客様も呼べると思います。また宝塚受験を諦めていたLGBTの人にも希望を与えることが出来ると思います。もしかしたら、自分も入れるかもって……。そんな変化、変化と言うより希望を、私は与えることが出来ると思います」

「そうですか」

「と言っても、入ったら、なんとかチンチンを隠すテクニックを身につけないといけないですけど」

 神聖なる宝塚で下ネタをぶち込んだのは、隆が初めてかもしれない。

「それよそれ」

 円は口調を荒げて、隆を問い詰める。

「せっかくいい雰囲気で終わっていたのに、最後に下ネタを入れ込むなよ」

 ただ円の口角は上に上がっていた。

「面接官の人達も楽しそうに笑っていたぞ。……一人だけは冷たい目をしてたけど」

「あの面接聞いていたら、肩の力が抜けたわ」

 そこで会話が終わり、しばらく歩いていると。

「ねぇ隆。もし、もしもだけどさ」

「え? 何?」

「……ダメだったら、どうする?」

 円がぼそりと呟いた。

「ん?」

 隆は衝動的に、横を歩く円を見た。

 円が弱音を吐くなんて、珍しい。というかパパ活の時以来だなと隆は思う。

 これから結果発表。泣いても笑っても、これが一つの区切りとなる。

 視線を合わせにきた隆に、円は目線を合わせない。横を向いたまま返事をする。

「だってさ。これで終わりなんだよ? 泣いても笑っても喚いても、アタシと隆は結果を受け入れるしかない」

 心なしか、普段より早口になっている気がした。

(迂闊なことは言えないなぁ)

 確かにこれから試験結果は、否が応でもその結果を受け入れなければならない。

 たとえどれだけの思いがあったとしても、どれだけの時間や情熱を費やしたとしても受け入れなければならない。非常に残酷なことだと隆も思う。

 隆はすぐに返事をせずに、円に言われたことをもう一度考える。

「そうだな。その気持ち、わかるわ」

 難しい問題だとは思うが、ただこの問題は隆自身よく考えていたことであった。だから、つっかえつっかえではありながら言葉が自然と出てくる。

「俺もこの一年、その悩みでのたうち回っていたよ。学校で変人扱いされて。それまで上のカーストグループに入っていたからな、周りの連中からは弱り目を狙われて叩かれた。ソイツらの大学受験のいいストレスのはけ口になったと思うよ」

 自分が選んだことだけど、本当に辛かった。

「叩かれたうえに、目標としていた宝塚までダメだったら、今までやっていたことが無駄になる。そして、また最初から目標に向かって頑張らなければならない。それはとっても恐ろしいことだと思う」

 一生懸命、労力と思いを費やしたが、それが何の成果にもつながらず、無駄になった挙句、残ったのは、逆張りが無駄になり、周りに取り残された自分。

 当たり前だが、ハイリスクハイリターンの賭けに負けた時は、それなりの損失を受け入れなければならない。

 円が落ちた時に何をするか知らないが、隆がもし落ちた場合は大学入学のための勉強を始めるつもりだった。

 しかもそれは、周りの同級生はとっくの昔、具体的には一年前に始めていること。

 一年間の期間と言う、最初から大きすぎる差がついていて、マイナスな戦いを挑まなければならない。

 それどころか、もし円がこれからの目標が決まっていない状態だったら、目標を探すところから始めなければならない。

「だからさ、がむしゃらに宝塚対策をしているうちにふと思ったよ。これからでも遅くないから、大学受験もしようかなって。もしかしてだけど、実際そうしてたら精神の安定につながって、宝塚受験でももっといい結果につながってたかもしれない」

 円のそんな姿を想像しただけで、隆は嫌な気持ちになる。勝手な希望だが気高い少女はいつもカッコよく居て欲しい。

「でもな。結果的には大学の備えはしなかった。というか、そんな余裕はなかったし。何が言いたいかと言うと、月並みだけど、俺思うんだ。クソほど考えたが、宝塚受験をするためにこれまで頑張った経験、なにくそと立ち向かったことは、例え受験に失敗したとしても、トータルで考えれば、俺の人生では無駄にならない」

「本当に月並みね」

 そんな結論、アタシが考えないでもないはずないだろと、何一つ突き刺さらないと、円は隆を切って捨てる。

(ぶれないな。円は)

 アドバイスを求めている立場なのに、容赦なく自分をこき下ろしてきたことを、隆はむしろ円らしいと微笑ましく思いながら、次の言葉を発した。

「まぁ聞けよ。この瞬間はさ、俺らは宝塚のことしか考えられないけど、でも受かったからと言ってさ、せっかく入った音楽学校を途中で絶対に辞めないとは限らないだろう? 実際毎年、何人かいるらしいぞ。卒業出来たって、トップスターにだってなれるかわからない。だからこの受験に受かったからって、長い人生で見れば、必ずしも自分にとっていいこととは限らない。普通に大学行って、就職して、会社に勤めたほうがよかったかもしれない」

 とりあえず聞いてやると、円はこちらを見ていた。

「それに世の中には宝塚以外にも他にも、とんでもなく楽しそうな世界ってあるだろ? もし宝塚が自分に合っていなかったとしても、バレエを極められるかもしれないし、ダンサーになってもいいし、歌手になってもいい。もしかしたら宝塚より稼げるようになるよな」

 隆は一旦呼吸を置いた。そして笑いながら考えてきた思いを伝える。

「最終的にはまた月並みだけど、たとえ落ちたとしても、この経験。宝塚音楽学校に全身全霊で立ち向い、頑張ったこの経験は、いつか円の人生、俺の人生にも、絶対役に立つよ。例え宝塚に受からなかったとしても、ここで磨いた経験は他の目標では輝くかもしれない。いや絶対輝く。俺の人生では絶対プラスだよ。宝塚に受からなくても、最後、幸せだったらそれでいいじゃん」

 若干自分に言い聞かせているのかな、と隆自身思わなくもないが、でも間違ってもいないとも隆は思っている。

「俺らはまだ若い。チャンスは山ほどある。みんなで頑張れたし、俺、ここまでやったら高三の時間の分、得るもん得てるし。落ちてもいいや。だってさ。男だけど、宝塚目指してました! とか絶対みんな食いつく話題じゃん。滑らないじゃん。このエピソード持って、俺すぐ予備校に通えるよ」

 円はじっと、笑顔を浮かべて、語る隆を見つめていた。

「タイパなんて知ったことか」

 その視線に、もしかしたら、自分は恥ずかしいことを言っているかもと、隆は思えてきた。

「まぁ、先生の受け売り九割の言葉だけど」

 隆は照れてしまった自分を誤魔化すように笑う。

 すると円はフッと笑った後に、

「せい!」

 ボスっと音が出る蹴りを、隆の尻に入れた。

「いってェ!」

 隆にとって、怒るか、怒らないかギリギリのところを攻めた感じの蹴りだった。

「バーカ! アタシが落ちるわけないだろ!」

 円はそう言い捨てて、隆の文句を聞く前に、逃げるように前を歩いていた別の友達のところまで走っていった。

「勝手だなぁ」

 尻に手をやり、笑みを浮かべながら、隆は後ろ姿でもわかる仲良しな様子を見ながら、ゆっくりと歩く。

 泣いても笑ってもこれで最後。目の前に、小さいころからの憧れの場所かつ、これまでの楽しかった経験をくれたきっかけの場所が近づいてきた。

 








「ただいまより宝塚音楽学校、今年度の合格者を発表いたします!」

 鍛え上げられたよく通る声と共に、複数の在校生達が大きい木の板を運んできた。

 その木の板は二つ折りで、折られた内側には、合格者の受験番号が書かれた紙が貼られていると話に聞いている。

真紅のリボンによって、しっかりと木の板は閉じられていた。

あそこにここ一年の、ここにいる受験生たちの努力と才能の結果が集約されている。

 皆が注目する中、しゅるりと、リボンがほどかれる。


(結果はどうあれ、俺は全力で打ち込んだ。楽しかったし、落ちても悔いはないよ。母さん)


 女性達と一人の男の、まるで悲鳴のような歓声が、宝塚市の空に響き渡った。




                                 終わり



【参考文献】

・草葉たつや 『宝塚の法則』 青弓社

・川路真瑳  『宝塚受験世界にひとつしかない夢』 左右社

・早霧せいな 『夢のつかみ方、挑戦し続ける力: 元宝塚トップスターが伝える (14歳の世渡り術)』 河出書房新社

・山内 由紀美 『タカラジェンヌになろう! 』  青弓社

・中村淳彦  『パパ活女子』  幻冬舎新書

・真矢 みき  『I LOVE 宝塚』  小学館

・宝塚受験応援サイト grantsienne  https://grantsienne.com/



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