第96話 魔族と子爵の戦い
ふわっと、上空から少女が降ってくる。
「ごきげんよう。そして、さようなら」
少女が姿を見せたかと思うと、特大の魔法をいきなり浴びせようとしてくる。
突然の恐怖に、コークロッチヌス子爵の私兵たちはかなり取り乱している。
「ななな、なんだ、あのでたらめな魔法は!」
「逃げろ、このままじゃ殺される!」
「お前たち、陣形を乱すな!」
ばらばらと逃げ出そうとする兵士たちを、必死に呼び止めようとしている。だが、恐怖に怯えた兵士たちが、そう簡単に止まるわけがなかった。
「あはははっ! 逃げ惑え、そして……焼け死ねぇっ!」
目の前の少女は、逃げる兵士たちに向けて魔法を放つ。
子爵は慌てて魔法を潰そうとするものの、かなり魔法が強力だったために、子爵の攻撃でも潰せそうになかった。
「くそぅっ!」
子爵が叫んだその時だった。
ぶわっ!
兵士たちに着弾するかと思われた魔法だったが、それよりも前に何かに当たり、変な位置で燃え上がっている。
「な、なんだ、これは……」
「ちっ、邪魔が入ったか……」
兵士たちを焼けなかったことを悔しがるような言葉を発しているが、少女は心の中では驚いている。自分の魔法を防げる相手がいるとは思わなかったからだ。
しばらくすると、燃え盛っていた炎がさぁっと晴れていく。
そこから姿を現したのは、子爵からすると憎くてたまらない相手だった。
「娘に化けていた魔族が、なぜここにいる!」
そう、そこから姿を見せたのは、クロナとその侍女であるブラナだった。
クロナは父親に会うことをかなり嫌がっていたはずなのだが、どうしてこんなところにやって来たのだろうか。
「コークロッチヌス子爵、私に構っている暇はありません。他にも魔族はたくさんいます。兵士たちを率いて、早く救援に向かって下さい。この魔族は、私が相手をします!」
「何をいうか! 魔族など信用できるわけがない。お前も、まとめて殺してやるだけだ!」
クロナの言葉にまったく耳を貸そうとしない。それどころか、クロナに向かって斬りかかろうとしている。
ところが、その背後では、少女がにやりと笑って行動を起こしていた。
「あはははっ! コークロッチヌスが潰し合いか! これはなんとも愚かしいわね。まとめて焼け死ねぇっ!」
コークロッチヌス子爵とクロナたちが戦う様を見て、少女はまとめて葬り去ろうと、再び魔法を放つ。
「そうはいきませんよ。私を忘れてもらっては困ります」
「なっ!?」
次の瞬間、少女が放とうとした魔法は、なぜか発動せずにそのまま消滅してしまっていた。思わぬ事態に、少女は驚きを隠しきれないようである。一体何が起きたというのだ。
「魔力でごり押しをしようというようですけれど、実戦経験がまるで足りていませんね。ですから、こうも簡単に後ろを取られるというのです」
少女の首筋に短剣を当てながら、ブラナは言い聞かせるように少女に声をかけている。
だが、少女はそんなお説教に耳を貸すようなことはなかった。
「このくそ虫がぁっ!」
「おっと!」
少女の背中から火の魔法が発動し、一瞬で燃え上がる。すんでで気が付いたブラナは火に巻かれる前に離れて無事だった。
「まったく、人間のくせに、ずいぶんと自分の身を顧みませんね。まるで魔族に身を落としたかのような振る舞いです。ですが、その声の感じ、なんだか聞き覚えがありますね」
「うるさい、私が何者であろうとあんたには関係ないでしょうに。魔王様のために、あんたたちなんて皆殺しにしてあげるんだから!」
「それはそれは、また大きな目標ですね。ですが、関係あるかどうかを決めるのは、私たちの方です」
ブラナは短剣を手に取って、しっかりと少女を見据えていた。
少女はなにやら隠しているような感じがする。ブラナは元暗殺者の勘で、そんな雰囲気をバチバチに感じ取っていた。だが、相手が殺意をしっかりと向けてくる以上は、手を抜くわけにはいかない。ブラナはやむを得ないと、短剣を握る手に力を込めている。
一方のクロナの方は、父親であるコークロッチヌス子爵とその部下たちに挟まれるような形で攻撃を受けている。
だが、一時的に精神が壊れてすっかりと荒んでしまった影響はかなり大きく、父親たちに対してまったく遠慮なく、魔法を使って応戦している。
「まったく、相変わらず恐ろしいほどの殺意ですね。よくも実の娘である私にそのようなものを向けられるものです。これが、邪神による介入の結果ですか。……哀れですね」
以前ならまったくもって戦えるような状況にはならなかっただろうが、吹っ切れたクロナは父親相手でもまったく引けを取らない感じである。聖女としての力をかなり扱えるようになったことも、大きな要因だろう。
しかし、近くにはまだ多くの魔族が控えている。この状況で、コークロッチヌス子爵の勢力を削ぐわけにはいかない。
それに、クロナには気になるものが他にもあるからだ。
ブラナと対峙する少女もそうだが、さらに奥には隠しきれない強大な魔力が控えているのを感じ取っているからである。
このまま父親たちとの戦いで消耗するわけにはいかない。一体どうしたらいいのか。攻撃を躱しながら、クロナは必死に考えている。
魔族対コークロッチヌス子爵という構図に、クロナたちが割り込んだことで、場はますます混迷を極めている。
この三つ巴の戦いの行方は、果たしてどうなるというのだろうか。




