第94話 再戦ののろし
フォリッジを伴った魔王は、早速、攻撃に打って出る。
狙うは魔族との領域や他国と接するコークロッチヌス子爵領だ。
「ふっ、聖女のいないイクセンなど、恐るるに足らぬ。国防の要である子爵領を潰せば、あとは丸裸も同然。この俺の力で滅ぼしてくれよう」
「魔王様に助けられた身。必ずや魔王様のためにこの身を捧げて差し上げましょう」
「ふっ、お前はまだ子どもなのだ。無理だと思えば、すぐに俺を呼べ」
「承知致しました。もしもの時には、よろしくお願い致します」
魔王に同行するフォリッジは、淡々とした表情と声ながらも、魔王に対して深い忠誠を誓っている。
フォリッジの言葉には、魔王もかなり満足しているようだ。
「ああ、そうだ。フォリッジよ」
「なんでございましょうか、魔王様」
移動の真っただ中に、魔王はフォリッジに声をかける。
「お前は人間だ。もしかしたら、人間相手に怯むやもしれんが、そこは大丈夫か?」
「大丈夫でございます。私を捨てた人間どもに、なんの思い入れがありましょうか。今の私は魔族のフォリッジでございます。人間など、消し炭にしてくれましょう」
「そうか。それは頼もしいな」
もしかしてと思って聞いてみたのだが、フォリッジからはまったく戸惑いのかけらすら感じられない答えが返ってくる。よっぽど人間のところにいた時にひどい扱いを受けてきたのだろうと考えられる。
これほどの逸材が魔王城の中に眠っていたとは、魔王は今さらながらに驚いていた。
(くくくっ……。これは実に面白いことになりそうだな)
コークロッチヌス子爵領へと進みながら、魔王は楽しそうにほくそ笑んでいた。
いよいよ目的地に近付いてきた魔王は、手持ちの軍勢をじっと見つめている。
そこには最下級兵士とクラウンから借り受けたアンデッドの兵士たちがずらりと並んでいる。
「ここが、あのクラウンでも攻め落とせなかったコークロッチヌス子爵領か。くくくっ、久しぶりの戦で、血がたぎってくるというものだ」
高台から眼下へと視線を向ける魔王は、実に楽しそうに笑っている。
「魔王様。私はいかようにすればよろしいでしょうか」
フォリッジは魔王へと指示を仰いでいる。
見た目にはかなり妖麗な姿になってはいるものの、フォリッジはこう見えてもまだ十一歳だ。年相応の姿にはとてもじゃないが見えなくなっていた。そもそも、成長が遅れ気味ということもあって、さらに幼い印象を受けるというのに、言葉遣いなどを見てもずいぶんと大人びている。
最初は敵意を向けていたので砕けた言葉を使っていたようだが、これだけ言葉遣いが変わったということは、本気で魔王に仕えようとしている表れである。それゆえに、魔王のフォリッジへ向ける視線も、ずいぶんと信用しているような感じに見える。
「お前は俺と一緒に待機だ。向こうの出方を見て、迫ってくるようならば一発かましてやればいい」
「承知致しました。では、ひとまずは見とさせていただきます」
魔王の言葉に、フォリッジは短いながらもスカートの裾をつかんでカーテシーのような行動を取っている。
その姿を見た魔王は、ずいぶんと満足した様子を見せている。
そして、部下へと向き直ると、目標となるコークロッチヌス子爵領へと睨みを利かせる。
「さあ、我が軍勢よ。俺たち魔王軍の悲願を幾度となく妨げてきたイクセンの国をいよいよ滅ぼそうではないか。聖女のおらぬイクセンの国など、恐れるほどのものではない。さぁ、やつらを血祭りにあげるのだ!」
「おおーっ!」
魔王の呼び掛けに応えて、下級魔族とクラウンの配下となるアンデッド軍団が、コークロッチヌス子爵領へとなだれ込んでいく。
その様子を魔王とフォリッジはじっと見つめている。
「フォリッジよ」
「なんでございましょうか、魔王様」
「怖いか?」
「いいえ。今さら人間の国に、なんの感情を抱きましょうか。そこにあるのは、虐げてきたことへの恨みのみ。しょせん、私は双子の姉のスペアでしかなかったのですからね」
「ふむ……。人間にもそのようなことを考える者がいるとはな。耳によい言葉をほざいておるくせに、俺らと大差がないではないか。……実にくだらん」
魔王はフォリッジとのやり取りの中で、とても気を悪くしたようだ。
自分たち魔族のことを敵視しているくせに、自分たちと大差のない人間が世界でもっとも繁栄しているというのだから。そのような状況に反吐が出るというやつである。
まるで苦虫をかみ潰したかのような表情を浮かべる魔王。その姿を見たフォリッジは、そっと魔王に寄り添っている。
「魔王様、そのようなお顔はおやめください。私が必ず、魔王様の悲願を叶えて差し上げますとも」
「ふっ、頼もしい限りだな。だが、あまり無理をするなというものだぞ。お前は今回の作戦の要なのだからな」
「承知致しました。では、なんとしてでも生き延びて御覧に入れましょう」
魔王からのどことなく優しさを含んだ言葉に、フォリッジは思わず目を見開いてしまう。今まで、そのような言葉をかけてもらったことがないからだろう。
それゆえに、魔王の何気ない言葉は、フォリッジの心に強く響いたようなのである。
この魔王こそ、自分の仕えるべき相手。フォリッジは、強くそのように感じたのだった。
さぁ、いよいよコークロッチヌス子爵と魔族との再戦の幕が開ける。




