第93話 魔王の企み
魔王は楽しみに少女が連れて来られるのを待っていた。
しばらくして、魔王がいる部屋の扉が叩かれる。
「魔王様、お連れしました」
「入れ」
「はっ」
入ってきた少女は、魔王を睨みつけるように見つめている。明らかな敵対的な態度だ。
ところが、魔王はまったくそれを気にしていない。むしろ、その瞳が気に入っているようである。
「いい目をしているな。名を何と申す」
少女は答えない。
「お前、魔王様が聞いていらっしゃるのだ。さっさと答えないか!」
捕虜を管理する魔族が怒鳴りつける。さすがに耳に響いたのか、少女は名前を答えることにした。
「フォリッジ」
「それだけか?」
渋々答えた少女に、魔王がさらに問いかける。
「フォリッジ・ホーネット。伯爵家の隠された娘よ」
魔王から向けられる強い魔力を感じ取ったのか、少女はフルネームと素性をしっかりと答えていた。
それにしても、名字の部分はなんとも聞き覚えのあるものである。
「フォリッジ・ホーネットよ。そなたに命令を下そう」
魔王は立ち上がり、フォリッジへと近づいていく。
近づいてみると、その体格の差は明らかだ。魔王の腰のあたりまでしか、フォリッジの身長はなかったのだ。近づかれたことで、魔王の大柄の姿に気が付いたフォリッジは、恐怖のあまりに震えてしまう。
震えるフォリッジに対して、魔王は優しく声をかける。
「心配するな。俺たちを裏切るようなことがなければ、お前の身の安全は保障しよう」
「ほ、本当に?」
「ああ、魔王ゆえに信用はできないのは分かるが、俺は嘘は言わない主義なのでな」
身を引きながら確認をしてくるフォリッジに対して、魔王ははっきりと伝えていた。その瞳はあまりにもきれいで、フォリッジも噓ではないと感じ取ったらしく、こくりと頷いていた。
「死にたくない。だから、私は従う」
「うむ、いい子だ」
フォリッジの返事を聞いた魔王は、とても満足そうに笑っている。
ところが、フォリッジの着ている服装について、魔王はちょっと首を傾げている。
「服はこれしかなかったのか?」
「え、ええ。お気に召しませんでしたでしょうか」
魔王に問いかけられた魔族は、ものすごく動揺をしている。
「いや、悪いとは思わんのだが、これでは人間の令嬢そのものであろう。もうちょっと魔族らしさが欲しいな」
どうやら、服装について魔王は不満があるようだった。
少し考えた魔王は、フォリッジを連れて自分の部屋へと戻っていった。
魔王からダメ出しを食らったにもかかわらず何もなかったことで、捕虜担当の魔族はその場にへなへなと力が抜けたように座り込んでしまっていた。
自室に戻るなり、魔王は城の衣装係である魔族を呼び寄せる。
「お呼びでございましょうか、魔王様」
部屋にやって来たのは、アラクネのようだ。
「スティングラよ。お前に命令を下そう」
「なんなりと、お申し付けくださいませ、魔王様」
スティングラと呼ばれた魔族は、魔王に頭下げて返事をしている。
「うむ。この子にふさわしい、魔族らしい服というのを作ってくれ。魔王軍に所属するものだということがはっきりと分かる方がよいな」
「か、かしこまりました」
魔王からの想像もしていなかった命令に、スティングラは驚きを隠せないようである。
だが、魔王から真剣な目を向けられ続けたことで、スティングラはやむなくその命令を受け入れることにした。
フォリッジはスティングラと一緒に部屋を後にする。
「魔王様ー? ずーいぶんとよーくわからなーい命令をー、しーましたねー」
魔王の代わりに仕事をしているクラウンから容赦のないツッコミが入ってくる。
この指摘をされた魔王は、実に楽しそうに微笑んでいる。
「そうであろう? 人間と最初から分かってしまうより、やつらが殺した後に相手が人間だと分かった方が、ショックも大きかろう? 人間は精神的なショックには特に弱い。人間と分からないようにしておいた方が、後々に効果を発揮するというのだよ」
「こーれはー、魔王様もおー人が悪ーい」
魔王の話を聞いたクラウンも、思わず黒い作戦に笑ってしまうほどだった。
なにせ、人間たちに精神的ダメージを与えるために、フォリッジを捨て駒にしようと考えているようなのだから。こういうあたりが、いかにも魔族らしいところである。
魔王とクラウンが話をしていると、フォリッジがスティングラの付き添いで部屋へと戻ってくる。
そこに姿を見せたフォリッジの姿に、魔王はとても満足しているようだった。
「うむ、これでこそ魔族らしい感じの服装だな。人間にとってしてみれば、これだけ痛々しい格好だからな」
「魔王様、いーくらなんでもー、本人を目の前にそーれはないのではなーいですかねー」
魔王の言葉ははっきりいって失言レベルである。クラウンにまでもツッコミをされてしまうくらいなのだから。
今回の服装はスティングラにとってもかなり力を入れた格好である。魔王に褒められれば、悪い気がしていない。スティングラは胸を撫で下ろしているようである。
「さて、フォリッジよ」
「はい、魔王様」
そんなことを気にすることなく、魔王はフォリッジに声をかける。
「俺と一緒に、これから人間に対して戦争を仕掛けるとしようではないか」
「承知致しました」
魔王からかけられた言葉に、フォリッジは実に淡々と答えていた。
いよいよ魔王自らが動く。
聖女のいないイクセン王国は、はたして魔王の攻撃に耐えることができるのであろうか。




