第92話 魔族の次なる一手
イクセンの王都から撤退してきたクラウンは、かなり迷いつつも魔王城へと戻ってきた。
(魔王様にー、報告でーす……)
心の中でそう思いながら、実にばつの悪そうな表情をしている。
イクセン王国を内部から切り崩そうとして、よりにもよって王子によって邪魔されたのだ。順調だったからこそショックが大きい。
だが、そこは意を決して、魔王へと報告することに決めたようである。
魔王城の中を進み、他の魔族からいろいろと視線を向けられながら、クラウンは魔王のところまでやって来る。
「魔王様、クラウンでーす」
「うむ、入れ」
「失礼致しまーす」
クラウンが部屋の中に入ると、魔王はいろいろと書類に囲まれていた。あんまり魔族にはこのようなイメージはないのだが、魔王ゆえの特殊な立ち位置が存在するらしい。
「まーた、ずいぶんとあーりますねー」
「ああ、くそ真面目な魔族どもからの報告だよ。イクセン以外の国は順調に侵略が進んでおるようだ」
魔王は笑っているように見えて、あまりにも書類が多いために顔を引きつらせているようだ。
「それより何か言うことがあって、この俺のところにやってきたのだろう?」
「魔王様はごーまかせませーんねー。イクセンでのー、報告をさせていーただきまーす」
クラウンはすべてを見透かされて、あえなく魔王へと報告を始めることにした。
死骸などを使った魔宝石での支配を狙ったクラウンだったが、バタフィー王子の手によって阻止されたこと。さらには再び侵入を試みた矢先に結界を展開されてしまったことを報告する。
どれもこれも、魔王にしてみれば驚くような内容ばかりだった。
「イクセンには聖女はいなかったのではないのか?」
「その通りでございまーす。でーすがー、間違いなーく、結界が発動したのでーす。ミーとしてみてもー、まーったくわーからないのでーす」
「ふむ……。それは詳しく調べてみる必要があるな。仕事が多いが、俺が自ら出てみることとするか」
「ま、魔王様がでーすかー?」
状況を重く見た魔王は、自ら打って出ることに決めたようだ。これにはさすがにクラウンも驚いてしまっている。
そうかと思えば、魔王はクラウンの肩をポンと叩いている。
「失敗続きのお前には、ちょっとした罰を与えねばならんな」
「なーんでしょうかー?」
肩に手を置かれたクラウンは、冷や汗を流している。
なにせ相手は魔王なのだ。さすがのクラウンでも逆らうことはできない。何を言い渡されるのかと、クラウンは顔を引きつらせながら息をのんで黙り込んでいる。
「俺が調査に出ている間、俺の代わりに仕事をこなしてもらおう。なに、道化師のお前であるなら簡単なことであろう?」
「魔王様、さーすがにー無茶振りというもーのですよー。ミーに政治的セーンスはまーったくあーりませーん!」
「なに、大丈夫だ。俺の側近であるお前ぞ? 見事やり遂げてくれるだろう。そうすれば、此度の失態、すべて見逃してやるというのだ」
「しょ、承知いーたしまーしたー……」
ここ最近の失敗をすべてなしにできるというのであればと、クラウンはやむなく魔王の言いつけを引き受けることにした。
クラウンは早速魔王のまねごとをして、仕事をし始める。
「お前はひょうひょうとしておるが、俺とはどことなく似ているからな。期待しておるぞ」
「おー任せくーださーい」
クラウンを残して、魔王は城の中のある場所へと向かっていく。
そこは地下室だった。
「これは魔王様。こんなところに何用でございましょうか」
「うむ。人間の捕虜を一人、俺の同伴にしようと思ってな。できれば、若い女がいいな」
「承知致しました。こちらへとどうぞ」
地下室にいた小太りの魔族が、魔王をとある一室に移動させている。
「ふむ、ずいぶんと人間が生き残っているものだな」
「ええ、生かしておけとのご命令がございましたからな。健康などにはまったく問題はございません。一部はこの状況の中でも気が強くて、そのうち我らに歯向かいそうな感じでございますよ」
「ふふっ、それは実に面白いことだな」
魔王は部屋の中にいる、十人くらいの子どもへと視線を向けている。
部屋の中をひと通り見た魔王は、一人の少女に目をつけていた。
「よし、この子がいいな。いい感じに魔族の魔力がなじんできている。それでいて、中には面白い魔力も有しておるな。こやつこそふさわしい」
「おやおや、お目が高い。さすがは魔王様でございますな」
「うむ。では、全身をきれいにして、ちゃんとした服に身を包ませてやってくれ。そしたら、俺のところまで連れてきてくれ」
「承知致しました。では、しばらくお待ち下さいませ」
話をつけた魔王は、地下室の一室にてじっと待ち構えることにする。その間に、他の部下を呼びつけて食事を用意させることにした。
それにしても、魔王は捕虜とした人間の少女をどうするつもりなのだろうか。
魔王は部屋の中で堂々とした態度で、部下の魔族が人間の少女を連れてくるのをただひたすらに待ち続けていた。




