第91話 二人の転換点
バタフィー王子が王都の結界を発動させた同時刻。
「はっ!」
クロナは横にしていた体を思いっきり起こしていていた。
「どうかなさいましたか、お嬢様」
クロナが起き上がったことを察知して、ブラナも起きて声をかけてくる。
「いえ。今、王都で結界が発動したようですが、ちょっと不思議なものを感じましたので、ちょっと反応してしまいました」
「不思議なもの?」
クロナの答えを聞いて、ブラナは首を捻ってしまう。眠いこともあるのだが、今回ばかりはクロナの話している内容が理解できなかったようなのだ。
元暗殺者であるブラナは、想像以上に物事を理解するだけの頭がある。それにもかかわらず、そのブラナをもってしても首を捻ってしまう事態だったようだ。
「い、いえ、なんでもありません。と、とにかく寝ましょう」
「はい、お嬢様。それでは、私は部屋の外で見張りながら眠りますので、お嬢様も早くお休みになられてください」
「ええ、分かりました。警備はよろしくお願いします」
「承知致しました」
クロナと話を終えて、ブラナは部屋の外へと出ていく。
再び一人となったクロナは、上半身を起こした状態で思わず考え込んでしまう。
(な、なんだったのでしょうか。私が渡したあの石だけでは、このようなことが起きるはずがありませんのに……)
クロナの頭の中では、一体どういうことなのかとぐるぐると疑問が渦巻いている。
(それに一瞬だけ感じたあの魔力。それが本当であるのならば、何が起こっているのか理解に苦しみます。だって、あの方こそ、私へと一番の攻撃的な感情を持っているはずなのですからね)
そう、クロナは結界を張った時の魔力の中に、予想もしていなかったものを感じ取っていたのだ。
それこそがバタフィー王子の魔力だった。
だからこそ、クロナはかなり混乱しているというわけである。
役立たずのじじいと憤るこの世界の神様から、邪神の介入によってクロナへの感情が反転させられていると聞かされたからだ。
バタフィー王子というのは、クロナの婚約者である。聖女候補ということもあってか、バタフィー王子からクロナへと向けられる感情は、家族並みに強い好意なのである。
つまり、それが反転しているということは、クロナに対しては強い憎しみの心へと変貌しているはずなのだ。だというのに、結界を張った魔力の中にバタフィー王子の魔力が混ざっていたことに驚きを隠せないというわけなのである。
(確かめてはみたいですけれど、王都に出向くということは、強い敵意にさらされるということ。……やはり、私は時が過ぎ去るまで隠れ続けるしかありません。ですが……)
相当にクロナは気になって仕方ないようである。
しかし、自分が生き延びねば世界が滅んでしまう。最悪の事態を考えれば、クロナは外へと出ることは叶わないのだ。
(仕方ありません。石を託したスォームビートルたちの報告を待つこととしましょう。彼らから話を聞けば、詳細なことが分かるはずですから)
確認した気持ちも山々だが、危険性を考えて、クロナは現在の拠点でしもべの帰還を待つことにしたのだった。
王都でどのようなことが起きたのか。気になって仕方のないクロナは、結局その夜は再び眠ることはできなかったのだった。
それから数日後、使いに出していたスォームビートルたちが戻ってくる。
『ただいま戻りました、聖女様』
『役目を果たしたよ、偉い?』
「おかえりなさい、あなたたち。早速ですけれど、王都で何があったのか教えていただけますか?」
自分のところに戻ってきたスォームビートルたちを出迎えたクロナは、何があったのか気になりすぎて、軽く労うなり事情の説明を求めていた。
思ったよりも褒めてもらえなかったことにがっかりしたスォームビートルたちだったが、クロナがそういうのならと詳細な報告を行うことにした。
「やはり、バタフィー王子でしたか。それにしても、魔物を見ても狩らずに協力を申し出るとは、思ってもみませんでしたね」
『教会に忍び込んでいた』
『おかげで結界は僕たちを弾き飛ばすくらい強くなった』
『王子、すごい』
クロナの言葉を聞いて、スォームビートルたちはバタフィー王子のことを素直に褒めているようだった。その反応を聞いて、クロナは不思議と嬉しくなって微笑んでしまう。
「お前たち、本当に今回はありがとうございました。監視は残っているスォームビートルに任せて、あなたたちはちょっとお休みしなさい。私の力を込めた石にずっと触れ続けていたのですからね」
『聖女様、優しい』
『でも、僕らは大丈夫』
『また王都に行く』
神聖力の影響を考えたクロナだったが、スォームビートルたちのやる気はとても高かった。その熱意に押された、クロナは結界のことを頼んだスォームビートルたちに、再び王都に向かってもらうことにしたのだった。
「そこまで言うのでしたら仕方ありませんね。ですが、定期的に報告は必ず行って下さいね。あと、体が悪くなるようでしたら、すぐにでも撤退すること。いいですね?」
『分かった』
『聖女様のいう通りに』
クロナの言葉を受け取ったスォームビートルたちは、すぐさま王都に向かって出発していった。
その姿を見送ったクロナの顔に、久しぶりに柔らかな笑顔が浮かび上がっている。
願わくは、このまま平穏な日々が送れますように。
クロナは心の底からそう願ったのだった。




