第99話 魔王と聖女の約束
魔王からの提案を受け入れて、クロナはこうなったいきさつを話している。
クロナからの証言を得た魔王は、なんとも複雑な表情を浮かべている。
「なんと、邪神が出てきたのか……」
「ええ、役立たずのじじいの話では、この世界を狙って私の運命をいじったとのことらしいですよ」
「ふっ、神に仕えるべき聖女が、神をじじい呼ばわりとは面白い……」
クロナの発言がよっぽどツボに入ったらしく、魔王はおかしそうに笑っている。
理由としては魔王が言ったとおりだ。聖女というのは神が遣わした魔族への対抗手段だ。その聖女がこんな言い方をすれば、魔族ならこんな反応をして当然というわけだった。
「私の運命を元に戻すのに三年もかかるというんですからね。最近は控えめになりましたが、最初の頃なんてそれは向けられる殺意が酷かったですからね。ブラナですらも、私に刃を向けてきましたから」
「お恥ずかしながら、お嬢様をお守りする立場にありながら、実に愚かしい限りでございます」
クロナがブラナに目を向けながら話せば、ブラナは申し訳なさそうに目を伏せて謝罪している。普段からクロナに対して強い忠誠を抱いているだけに、あれだけは今となっても自分が許せないようだった。
「私を殺そうとして差し向けてきた大軍を追い返したことで、ようやく落ち着いたように思います」
「あの時は本当にたくさんの相手を殺しましたからね。傭兵ギルドを壊滅させられたのは、本当に大きかったと思います」
「なるほどな。それで余たちの被害も減ったというわけだ。邪神め、面倒な状況にしてくれおって……」
魔王は苛立ちを募らせた表情を浮かべている。
邪神の存在は、魔王にとっても邪魔のようなのだが、その邪神がクロナの運命をいじったことで、自分たちが利する状況に陥っていることに心境は複雑のようだ。
「それで、お前はなにゆえに抗うのだ」
話を聞いていた中で、魔王はクロナに生き延びようとする理由を確認している。
その質問をぶつけられた瞬間、露骨にクロナの表情が嫌気を浮かべた。
「私が死ねば、この世界は滅んでしまうのですよ。しかも、私の魂は邪神の供物になるらしいです。そんなこと、受け入れられると思いますか?」
言葉の節々から、はっきりとした嫌悪感を受け取れる言葉である。
本来協力し合う関係にあるはずの人間と聖女が敵対関係にされた上に、自分の命に世界の命運を背負わされたのだ。誰だって嫌がるだろうというわけなのだ。
「そうか……。それならば、時期が来るまで魔王城でかくまってもいいのだぞ、イクセンの聖女よ」
「はあ?」
予想外の魔王の提案に、クロナは露骨に嫌な顔をしている。
クロナだけではなく、魔王の隣に立っているフォリッジも同様である。
クロナは聖女ゆえに魔族の世話になるつもりはない。フォリッジの方はイクセンの人間がとにかく憎い。そんな二人だからこそ、こんな表情を浮かべるのだ。
「どうせ、人間どもは余の城の位置を知らぬのだ。よっぽどの力でもない限り、余の城にたどり着くなど困難であろう」
それはもっともな話だろう。だが、クロナは首を横に振っている。
「私はイクセンの国中から悪意を向けられている身。とはいえ、敵対関係にある魔族、しかも魔王の助けなど借りるわけにはいきません。それに、私に対する邪神の干渉が強まれば、魔王をはじめとした魔族にも、いずれは迷惑が掛かります。ですので、その申し出はお断りさせていただきます」
クロナはしっかりとした理由を述べた上で、魔王からの提案を断った。その考えに納得した魔王は、それならば仕方がないなと笑っていた。
「それと、イクセン王国を狙われているようですから、敵対関係は崩せませんよ。お話しできただけでも進展でしょうが、結局、互いの関係の根本は変えられないのです」
「分かった。それならば仕方がない」
魔王は何を思ったかくるりと振り返っている。
「魔王様!?」
「今日のところは、聖女から興味深い話を聞けたことに免じて、撤退をしてやろう。ただし、聖女とその侍女がコークロッチヌス子爵領を立ち去ってからというのが条件だ」
「なんですって?」
魔王の話に対して、フォリッジとブラナが驚いた反応を示している。
「お前たちが無事に離脱できるまで援護してやろうというだけだ。こちらも牽制だけで、意図した殺しはしない。もし死んだ奴がいれば、当たりどころが悪かったとでも思ってくれ」
魔王からの説明を聞いたクロナは、その条件を受け入れた。
理由はどうあれ、コークロッチヌス子爵領の平和はしばらく保たれるのだから。
話がまとまると、クロナとブラナは自分たちの住む現在のアジトへと引き揚げていく。この際、フォリッジを連れていくかどうかという質問をされたのだが、フォリッジ自身の意思とブラナの拒否反応が重なって見送られることになった。互いに信用がないのでしょうがないだろう。
二人が去っていく姿を見送った魔王は、フォリッジに声をかける。
「さて、余たちに逆らう気力がなくなるくらい、コークロッチヌス子爵に我々の力を見せつけてやろうか」
「はい、魔王様」
「ただし、牽制といったからには、殺すでないぞ」
「……承知致しました」
魔王たちは抵抗を続けるコークロッチヌス子爵とその私兵たちに、その実力を存分と見せつけていく。
抵抗する気力がなくなってきたところに、魔王は大々的に言い放つ。
「今回はお遊びだ。余たちに逆らい続けるようであるなら、次は潰すやもしれぬな。怯えて眠るとよいぞ、ふはははははっ!」
高笑いを残し、魔王たちは軍勢を率いて退却していくのだった。




