9話「ラインハートの胃袋を掴め! 食事は優雅になんかくそったれですわ!」
「失礼いたします。
レイア王女、ラインハート殿下、お食事の用意ができました」
侍女が呼びに来たので、私はラインハートとルーディーと共に食堂に移動した。
廊下ですれ違った使用人は、ラインハートを見て目をパチクリさせている。
若い侍女は、頬を染めて彼を見つめていた。
ラインハートの変身に驚いているようね。
貴公子への第一歩は順調ね。
◆
お母様は私たちより先に食堂に来て、すでに椅子にかけていた。
映画で見るような長いテーブルに、白の布がかけられ、花やキャンドル用の燭台が美しく配置されている。
ラインハートは、どこに座っていいのかわからず戸惑っていた。
「ラインハート兄様の席は私の隣です」
私はラインハートを席まで案内した。
角のお誕生日席には母が、その隣にラインハートが、彼の隣に私が座った。
ルーディーには、彼専用の低い椅子とテーブルが用意されていた。
神獣の扱いは難しい。
人間のテーブルは合わないし、かと言って犬のように床に食器を置いて食べさせるわけにはいかない。
ラインハートは、椅子にかけたあともそわそわし、視線をキョロキョロさせている。
「ラインハート兄様、私がついてます。
緊張しなくても大丈夫ですよ」
私は彼を安心させようと、微笑みかけた。
「別に……緊張なんかしてない」
冷や汗をかいてるくせに素直じゃないんだから。
「ラインハート、新しい服のサイズはどうですか?
きつくはないですか?」
「……大丈夫、です」
お母様に訪ねられ、ラインハートが硬い表情で答えた。
体の動きがロボットみたいにぎこちないわ。
完全に場の雰囲気に飲まれているわ。
「そうして見ると、見違えます。
まるで、貴公子のようです」
「……どうも」
ラインハートは照れくさそうに返事をした。
「執事長、ラインハートの服のサイズはわかりましたね。
シャツとジュストコールを何着か作らせなさい。
それから靴などの小物の用意も忘れずにね」
母は使用人を傍に呼び小声で命じた。
ラインハートは緊張しているため、母の声が聞こえなかったようだ。
お母様ったら、一泊だけどいいながら、ラインハートをここに住まわせる気満々ね。
私も幼少期のラインハートがジュストコールを着た姿をぜひ見たいわ!
公式にはそんなイラストなかったもの!
超貴重よ!
スマホやデジカメで録画しておきたいレベルよ!
現世にはそんなものないから、神絵師を呼んで姿絵を描かせましょう!
家宝にするわ!
そうこうしている間に、スープを運ばれてきた。
今日はコーンのポタージュのようだ。
ラインハートがスープをスプーンですくい、口に運んだ。
「兄様、食前のお祈りが先です」
ラインハートは周りの様子を見て、スプーンを皿に戻した。
服の裾をキュッと掴み、俯いたまま顔を顔を赤く染めている。
「……すみません」
ラインハートは消え入りそうな声で呟いた。
「構いませんよ。
ラインハートはこういう場は初めてなのですから。
よほどお腹が空いていたのですね。
では今日のお祈りは短めにしましょう」
お母様はラインハートを咎めず、穏やかに微笑んだ。
母のお祈りを始めたので、私も胸の前で手を組み、瞳を閉じた。
ちらりと薄目で隣を見ると、ラインハートも周りを真似て手を組んでいた。
「創造神よ、今日の恵みを与えてくださったことに……」
私は母の祈りが終わるのをじっと待った。
「……パンとスープにありつけたことに感謝いたします。
ではいただきましょう」
母の祈りが終わり、よくやく食事の時間になった。
ガチャン、ズーズー……!
母の許しの合図に、ラインハートがスープを豪快に啜っていた。
最初はスプーンを使っていたが、面倒になったのか、最後は手で皿を掴み、食器に口を付けて飲んでいた。
「美味かった!
でも食事ってこれだけ?
第三離宮って、思ってたより貧しいんだな。
それとも二人が少食なのか?」
空になった皿をテーブルに戻し、兄様がそう呟いた。
彼の口の周りにはスープがついていた。
使用人の冷ややかな視線がラインハートに刺さる。
彼らの視線に気づき、ラインハートが背中を丸めた。
「……なんかまずかったか?」
ようやく自分がやらかしてしまったことに気づいたらしい。
「ラインハート、食事はスープ、前菜、メインディッシュ、サラダ、チーズ、デザートの順に出て来ます。
食事はゆっくりと楽しむものです」
お母様は感情的にならずにそう説明した。
「そうなんだ……そうなんですね。
貧しいからスープだけでしのいでるんじゃないんだな……ないんですね」
ラインハートは身を縮こまらせ、消えそうな声で言った。
「それから、スープはスプーンを使い、音を立てずに飲むのがマナーです」
「……すみません」
ラインハートは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめていた。
その手はわずかに震えていた。
「見てくれは多少ましになったようですが、やはり育ちは隠せませんね」
「所詮は、山猿かしら」
使用人がひそひそと話している。
わざと聞こえるようにいうなんて、感じ悪い!
私が睨むと、彼らは慌てて口を押さえた。
今、ラインハートの悪口を言った使用人は後でお説教よ!
そんなことより、今はラインハートが心配だわ。
これじゃあ、食事が全然楽しくない。
彼一人に恥をかかせたりしないわ!
私は食器を掴み、皿に口を付けてズズッと一気に飲み干した。
「ぷはぁ〜〜!
ああ〜〜、美味しかった!
たまにはこういう飲み方もいいですね!」
使用人が目を丸くしてこちらを見ている。
昨日までのお淑やかなレイアなら、世界が終わる日でもこんな飲み方はしなかっただろう。
お母様を見ると、額に青筋が浮かんでいた。
口元は笑っているのに、目は全然笑っていない。
「レイア、マナー違反ですよ」
口調は穏やかだが、怒っているのが伝わってくる。
「お母様、お叱りはご尤もです。
王族の食事は皆の見本になるくらい、完璧でなくてはなりません。
ですが、本日はラインハート兄様もおります。
兄様はこういう場に慣れていません。
今日だけ、無礼講というわけにはいきませんか?」
私は胸の前で手を合わせ、可愛くおねだりをした。
母は目をパチクリとさせたあと、ゴホンと咳払いをした。
「いかなる場合でも、マナー違反は承認できません」
やっぱり駄目か……。
王族だもんね。マナーには厳しいよね。
「ですが、マナーに慣れないラインハートをあなたが介助することは認めます」
介助……?
それって、ラインハートに私が食べさせてあげるのはOKってこと?
「はい、お母様!
ラインハート兄様は私が責任を持ってお世話します!
ありがとうございます!」
お母様が理解力と包容力がある人でよかった。
ラインハートは何が起きているのかわからないようで、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「ラインハート兄様、私が『はい、あーん』で食べさせてあげますからね。
安心してください」
「…………はぁ……!?」
ラインハートはだいぶ時間が経ってから、驚いたように声を上げた。
「『はい、あーん』とか、お前……!
ひ、人前で……!」
ラインハートの頬が赤く色づいていく。
「大丈夫ですよ。
こぼさないようにちゃんと口に運びますから」
「俺は赤ん坊か……!」
「人前で介助されるのが恥ずかしいんですか?
使用人には後ろを向いてもらいます。
全員、壁を向いて立ちなさい」
私が命令すると、使用人は回れ右した。
「使用人は誰も見ていません。
これで恥ずかしくないですよね?」
「……お前が、見てるだろ」
「流石に目をつぶって人に食べさせるのは無理ですよ」
そんなやり取りをしてる間に前菜が運ばれてきた。
今日の前菜はサーモンとホタテのカルパッチョだ。
「兄様、はいあーーん」
ラインハートは最初は抵抗していたが、料理が目の前に置かれると、食欲には勝てなかったようで……。
ぐーきゅるるるる……。
ラインハートのお腹から大きな音が聞こえた。
「ほら、兄様。
体は正直ですよ。
お口を開けてください」
「……言い方!
……んぐっ!」
ラインハートが文句をいうため口を開けたので、食べ物を放り込んだ。
抵抗してたのは最初の一口、二口だけで、あとは私の差し出した料理を大人しく食べてくれた。
「うまっ!
ここではこんな分厚い肉を食べてるのか……!」
メインディッシュの子牛のステーキは、ラインハートの胃袋をがっつり掴んだようだ。
それは、第三離宮でもめったに食べられない最高級のお肉だった。
デザートのフォンダンショコラにも、高級なチョコレートがふんだんに使われていた。
お母様ったら策士だわ。
食べ物でラインハートを懐柔するつもりね。
ふふふ、この分だと明日の朝食も期待できそうね。
食べ物でがっつりラインハートの心を掴んで、第二離宮に帰りたいなんて言わせないんだから。
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◆◇◆ 【お知らせ】 ◆◇◆
『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』
コミカライズ版の第9話が8月21日に配信されました!
配信日が第一金曜日から、第三金曜日配信に変更になりました。今後は第三金曜日配信となります。
茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です。
コミカライズでも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただければ幸いです。
・作画:茶賀未あと先生
・原作:まほりろ
・配信先:コミックシーモア(先行配信)
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