10話「まどろみの中で〜ラインハートと仲良くなろう大作戦はまだまだ続行中!」
――第三離宮、ラインハートの部屋――
翌朝。
小鳥の鳴き声と、降り注ぐ朝日と、ルーディーのペロペロ攻撃で目が覚めた。
私はルーディーの体を抱きしめて、もふもふの体に顔を埋めた。
朝起きたらもふもふの仔犬がいて、思う存分犬吸い出来るって幸せだわ。
死んでもいい。
「わ〜〜!!
何でお前がここに!?」
誰かしら朝から騒いでいるのは?
眠い目をこすり、私は体を起こした。
黒髪の白いパジャマを着た美少年がすぐ隣にいた。
彼は目を見開き口をパクパクと開き、こちらを指さしていた。
ラインハートの少年時代、しかもパジャマバージョンだわ。
「ふぁぁ……眼福、眼福……。
スクショとらないと……むにゃむにゃ」
「なに寝ぼけてんるんだ!」
ラインハートが怒った……。
もしかして……夢じゃない?
「……おはようございます。
ラインハート兄様……ふにゃふにゃ」
寝ぼけながら頭を下げると、私の着ていたパジャマが落ち、肩が露になる。
このネグリジェはちょっと大きいわ。
「馬鹿!
服ぐらいちゃんと着ろ!!」
ラインハートが毛布を私の体にかけた。
こころなしか彼の顔が赤く色づいているように見える。
だんだん頭が覚醒してきた。
私は前世で読んだ小説「花の聖女と三人の王子。イケメン王子からの溺愛が止まらない」、略して「花の聖女」のモブ王女に転生したんだった。
ラインハートをクロードを超えるハイスペ男子に育てて、ヒロインとくっつけようと作戦を実行しているところだったわ!
「お、お前!
なぜここにいる!?
どうやって俺の部屋に入った……!?」
「ルーディーがラインハート兄様と寝るというので、もふもふを独り占めするなんてずるいと思いまして、昨夜こっそり忍び込みました」
ルーディーと(ついでにラインハート)と添い寝したのだ。
もふもふと添い寝する夢が叶って幸せ〜〜!
「そんな理由で部屋に忍び込むな!」
そんな理由とは酷い。
前世からの悲願なのに。
「部屋の前には兵士がいただろ!」
私は人差し指を立て、顔の前で振りながら、「チッチッチ」と舌を鳴らした。
「甘いですよ兄様。
私は第三離宮で生まれ育ったんです。
隠し通路を知ってます。
寝ている間に部屋に侵入するなんて朝飯前の夕食後ですわ!」
「怖っ!」
ラインハートは顔をしかめ、少しだけ私から距離を取った。
「後で兄様にも教えてあげますよ。
私の部屋にも泊まりに来てください。
その時は、ルーディーも連れてきてくださいね」
もふもふは皆で共有しなくては!
「……っ!
だ、誰が行くかよ!」
ラインハートがますます顔を赤らめる。
そんなに怒ること?
ラインハートはルーディーを独占したいのかしら?
もふもふを独占するなんて罪深い男だわ。
「お前、女の子だろ!
王女としての慎みを持てよ!
兄妹とはいえ、男の部屋に忍び込むなんめはしたないぞ!」
子供が一つの部屋でまとまって寝るなんて、親戚の家に遊びに行った子供あるあるだと思うけど。
この世界では違うのかしら?
「すみません。
でも心配だったんです」
「何が?」
「ラインハート兄様が、朝起きたらいなくなってるんじゃないかって……」
「……」
ルーディーとの添い寝も目的だったけど、ラインハートのことも気になっていたのだ。
「だから兄様の部屋に忍び込んで、兄様が夜中に逃げ出さないように、引っ付いて寝ていたんです」
「引っ付くな!」
「でも、そのお陰で兄様は今日もここにいてくれます。
夜中に侵入した甲斐がありました」
私はラインハートに抱きつき、ギュッと抱きしめた。
「……やめろ!
パジャマでじゃれつくな……!」
ラインハートの胸に耳を当てると、彼の心臓はうるさいくらいドキドキしていた。
「兄様がここに住むって言ってくれるまで離しません!」
「それは、卑怯だろ……!」
「ふわぁ〜〜。
やれやれ、朝から騒がしい連中だのう……」
ルーディーがくわりと欠伸し、その場で伸びをした。
可愛い! 犬のこのポーズを間近で見られるなんて!
「ルーディーもありがとう。
ここから去らないでくれて」
「我はラインハートと違い、ここの暮らしが気に入っているからな。
出ていく気はないぞ」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。
そうだ!
兄様が出ていかないように、これからはルーディーが見張って!」
「任せておけ」
「お前ら、二人がかりで卑怯だぞ!」
ラインハートが悲痛な叫び声を上げた。
せっかく推しと同居できたのに、逃がしたりしないわ。
ラインハートを完璧な貴公子に育てるまで、ここから出さないんだから!
◆◆◆◆◆
「失礼します。
モーニングティーをお持ちしました」
ノックのあと、侍女がワゴンと共に入ってきた。
ワゴンの上には銀製の蓋が二つ並んでいる。
今日の茶葉は何かしら?
私の分も運んで貰おう。
「レイア王女、どうしてこちらに?
お二人、ずいぶんと距離が近いようですが……」
侍女が驚いた顔をしている。
ラインハートの部屋に侵入した挙げ句、パジャマでじゃれ合っていたなんて、お母様に報告されたら大目玉だわ。
私はラインハートから手を離し、彼から距離を取った。
「ラインハート兄様が逃げ出さないか心配で……。
それで見張りに……。
このことはお母様には……」
どうか内密に……と願いを込めて、侍女を見つめる。
「レイア王女、本日のことは第三王妃殿下に報告します」
侍女には私の願いが通じなかった。
後で母にこってり、お説教されてしまうわ。
「自業自得だ。
少しは反省しろ」
ラインハートはむすっとした表情で、冷たく言い放った。
さすがに昨夜の行動は軽率だったかしら?
そんな反省は、侍女が注いだミントティーの爽やかな香りで吹き飛んだ。
銀製の蓋を開けると、野菜や卵を挟んだサンドイッチと、スコーンと苺ジャムとクロテッドクリーム、チーズやサーモンやミニトマトやアボカドやレーズンやナッツが乗ったカナッペが並んでいた。
いい香り! 反省はご飯のあとにしましょう!
「ラインハート殿下、お茶と一緒に朝食をお持ちしました。
どうぞお召し上がりください」
「朝食……」
ラインハートの表情が曇る。
昨夜の、食事の時のマナーが、よほどトラウマらしい。
「ご安心ください。
ラインハート殿下もお気に召すはずです。
サンドイッチ、スコーン、カナッペ、どれも手で食べられるものです」
侍女がそれぞれを指さしながら説明した。
「第三王妃殿下のご意向です。
ラインハート殿下にも楽しく食事をしてもらいたいと、シェフと共にメニューを考えたのです」
「ブレンダ様が……」
「第三王妃殿下は、ラインハート殿下がマナーを身に着けるまで、お部屋でお召し上がりになって構わないと仰せです」
「……!」
ラインハートは食事の並んだ皿を感慨深そうに眺めていた。
「お母様は、兄様のことを考えてくださっているのね!」
ラインハートの為に、特別メニューを作ってくれたなんて感激だわ!
「第三王妃殿下がおっしゃっておりました。
食事は楽しくするものだと」
「食事は楽しく……」
ラインハートの頬が先程より緩んでいる。口角も少し上がっているし、きっと喜んでいるんだわ。
「兄様、せっかくシェフが用意してくれたのです!
冷めないうちにいただきましょう!」
私はベッドからテーブルへと移動した。
スコーンの香ばしい匂いが食欲をそそるわ!
「ラインハート兄様、食べないなら私がもらっちゃいますよ?」
少しだけ振り返り、ベッドから動かないラインハートに声をかける。
「食べないとは言ってない……!」
ラインハートは、ゆっくりと立ち上がり席についた。
「なにから食べようかしら?
どれも美味しそうだわ」
「お前は食堂で食えよ。
これはブレンダ様が俺の為に用意してくれた朝食だ」
「けちくさいこと言わないでください。
たくさんあるんだからいいじゃないですか」
一人で食べるなんてつまらないわ。
「ミントの香りが爽やか〜〜。
寝起きの体に染みますね」
「それはオレのティーカップだ!
勝手に飲むな!」
「ティーカップは一つしかありません。
共有しましょう」
ラインハートに飲みかけのカップを差し出すと……。
「だっ、誰がお前の手を付けたカップなんか使うかよ!!」
ラインハートは耳まで真っ赤にし、そっぽを向いてしまった。
そんなに嫌だった?
子供の頃、水を組みに行くのが面倒で、家族のコップからこっそり飲んでたけどな。
「仕方ありません。
私の分もティーカップを用意して」
私は侍女に命じた。
侍女は一礼し席を外すと、ポットとティーカップをトレイに乗せて戻ってきた。
お茶も二人分用意してくれるなんて、気が利くじゃない。
「お前、本当にここで食べていくのかよ?」
「兄様、一人で食べるより二人で食べた方が美味しいんですよ。
カップのことは謝ります。
だから、そんなに邪険にしないでください」
彼とはまだ、そこまで仲良くなれてないのに、カップの共有を強要したのは悪かったわ。
「……まぁ、そこまで言うなら」
彼は頬をポリポリとかき、小さく頷いた。
やった! ラインハートが折れた!
「では、決まりですね!
創造神よ、今日の恵みに感謝を……」
私は簡単に祈りを捧げ、サンドイッチに手を伸ばした。
「美味しい。
レタスがシャキシャキしてますね。
ドレッシングと生ハムとの相性も完璧です」
スコーンやカナッペはどんな味がするのかしら? 楽しみだわ。
「兄様も、食べてください。
美味しいですよ」
「本当に、手で食べてもいいんだな……」
「はい、マナーのお手本の私が手で食べてるんだから大丈夫です」
「一つのカップを共有しようとする奴が言うな」
私がラインハートより先に食べたのは、食い意地がはっているからではない。
彼を安心させるためよ。(本当よ!)
「お前、口の周りにパンくずが付いてるぞ。
何がマナーの見本だよ」
「えっ……?」
これもラインハートに、ここは気軽にご飯を食べられる場所と教える為にしたことよ。
決して、油断していたわけでは……!
私はナプキンで口の周りを拭いた。
「パンくずが付いてるのは反対だ。貸せ」
ラインハートは、私からナプキンを取り上げた。
ラインハートが私の頬に手を添え、顔をゴシゴシと擦る。
もっと丁寧に拭いてほしい。
乱暴に顔を拭かれたので、私はぎゅっと目を閉じた。
「お前っ……!
この距離で瞳を閉じるなよ……!」
「はい……?」
目を開けると、ラインハートの顔がすぐ目の前にあった。
ラインハートの顔がみるみる赤く染まっていく。
「兄様?」
「取れた!
世話をやかせるな!」
ラインハートはナプキンをテーブルの上におき、ぱっと距離を取った。
「パンくずを付けてもいいくらい、気楽な食事だと教えたかったんですよ〜〜」
「調子のいい奴」
だけど、ラインハートの表情は先程より緩んでいるように見えた。
緊張解けたかな?
ラインハートはサンドイッチに手を伸ばし、口に運んだ。
ラインハートの表情が目がかすかに輝いたのを、私は見逃さなかった。
「兄様のお口に合いましたか?」
「第二離宮の料理に比べれば、何でもうまい」
彼はそう言って、二つ目のサンドイッチに手をのばした。
ラインハートが満足気に目を細め食事を平らげて行くのを、私は微笑ましく眺めていた。
「ふふっ……」
「何がおかしいんだよ?」
「兄様とこうしておしゃべりしながら、食事ができるのが嬉しくて……!」
昨夜の食事は、マナーや仕来りがわからず、きっと彼にとっては苦痛だったはず。
だから、こうして彼が楽しく食事を取る姿が見れて、とっても嬉しい。
「兄様が、年相応に子供らしく顔をほころばせている姿を見て、胸を打たれました!」
「はっ?
お前俺より年下だろ?
発言がおばさん臭いぞ」
ラインハートが訝しげに眉を潜めた。
ううっ……!
おばさんじゃないわ!
前世は高校生だったんだから!
現世での歳を足したら二十七歳だけど、それでも若いんだから!
「女の子の方が精神年齢が上なんです。
ラインハート兄様が野良猫みたいな目をしていたから……母性本能がくすぐられたんです!」
「誰が野良猫だ!
それに、母性ってなんだよ……」
「ラインハート兄様のことが子供みたいに可愛いってことです。
私のことを、お姉さんだと思って甘えてもいいんですよ?」
「お母さん」になるにはちょっと抵抗がある。
「お姉さん」くらいがちょうどいいと思う。
ラインハートの頭を撫でようとしたが、手を振り払われてしまった。
「年下にガキ扱いされて、喜ぶ奴がどこにいるんだよ」
ラインハートは、そっぽを向いてしまいました。
難しいお年頃なのね。
「もう、素直じゃないですね。
そういう態度は可愛くないですよ」
「お前に、可愛いなんて思われたくねぇよ」
「でも、私は……。
そんな兄様も好きです」
「はっ……?」
ラインハートが手にしていたスコーンを落とした。
運良く皿の上に落ちたのでセーフ。
「ラインハート兄様が大好きです!」
「……っ!」
私がにっこりと微笑むと、ラインハートがピクリと肩を震わせた。
彼の顔が徐々に赤く染まっていく。
「だから、どこにもいかないでくださいね」
最初は前世の推しとして好きだった。
だけど今は、照れ屋で意地っ張りな目の前のラインハートが大好きだ。
「お、お前……そ、そういうことを……!
と、突然……言うなよ!」
ラインハートは口元を袖で隠し、私から視線を逸らした。
でも、時々ちらちらとこっちを見ている。
ラインハートの顔はどんどん赤みを増していく。
「妹として、兄様のことが大好きです!」
自分のことより、ラインハートの幸せが大切!
これが兄妹愛なのね! 尊いわ!
「……ぁぁ、そういうこと……」
ラインハートはホッとしたような、ガッカリしたような、複雑な表情をしていた。
「人の気も知らないで……。
俺はお前を……妹として……見れないのに……」
ラインハートは苦しそうな表情で何かを呟いていた。
メイドがお茶のお代わりを注いだので、彼が何を言ったのかよく聞こえなかった。
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◆◇◆ 【お知らせ】 ◆◇◆
『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』
コミカライズ版の第9話が8月21日に配信されました!
配信日が第一金曜日から、第三金曜日配信に変更になりました。今後は第三金曜日配信となります。
茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です。
コミカライズでも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただければ幸いです。
・作画:茶賀未あと先生
・原作:まほりろ
・配信先:コミックシーモア(先行配信)
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