7話「ようこそ第三離宮へ! さっそくですがお兄様、一緒にお風呂にはいりましょう!」
※ラインハート視点を6話目に追加しました。
昨日投稿した6話を7話と改めました。
ラインハート視点を読み逃した方は、戻って読み返していただけると助かります。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
第一王妃とワグナーには一年間第一離宮での謹慎処分が下され、ワグナーの側近のゲロンとグスは側近の立場を失い、学園に入るまで自宅での謹慎が命じられた。
生ぬるいわ……。
厳罰に処すとか言っておきながら、あの国王は口だけね。
第一王妃と離婚し、ワグナーから王族の地位と王位継承を取り上げて、二人を国外追放処分にするくらいしてほしかったわ。
国内にはいくつもの派閥があり、派閥の力関係を保つことも重要だ。
第一王妃派が失脚すると、派閥の力関係が崩れる。
このくらいの罰が妥当なのかもしれない。
政治としてはそれでいいのかもしれないけど、個人としてはもやもやが残るわ。
◆
私はラインハートとルーディーを連れ、第三離宮へ移動した。
「ラインハート兄様、ルーディー!
ここが第三離宮です!」
第三離宮は近世ヨーロッパ風の作りの屋敷だ。
第一離宮程は大きくはないが、使用人がよく働いてくれるので、屋敷の外も中もきちんと手入れされている。
母の趣味で、外観も内装もパステルカラーが使われ、やや乙女チックな作りになっている。
芝生が敷き詰められた大きな庭もあるので、後でルーディーやラインハートと遊びたいわ。
「ふむ。
色合いは我の趣味ではないが、大きさは十分だな」
ルーディーは満足げにヒゲを撫でている。
「ラインハート兄様は、どうですか?
気に入りました?」
「別に……」
ラインハートは私と視線を合わさず、素っ気なく答えた。
彼は謁見のあと、ずっとこんな感じだ。
やはり、勝手に住まいを決めたことに怒っているのかしら?
「まずは、お風呂に入りましょう!
ラインハート兄様もルーディーも泥だらけです!
そのまま屋敷に入ったら、お母様に叱られてしまいます!」
母はとっても綺麗好きなのだ。
普段はおっとりしているが、身だしなみにはうるさいのだ。
「はっ? 風呂?
いいよ、めんどくさい」
「我も水は好かんな」
二人は同時に顔をしかめた。
「そんなわがままは許しません!
ルーディーなんて白い毛が茶色くなってるじゃない!
ラインハート兄様も、汗や泥で髪や皮膚が汚れてますよ!」
「神獣に向かって失敬な。
我は自分で毛づくろいできるので、風呂など不要だ」
「そうだ。
風呂に入らなくても死なない」
この風呂嫌いども。
「風呂キャンは認めません!
私が背中を流して上げますから、一緒に入りましょう!」
ラインハートの体を押すと、仰向けに倒れた。
意外だわ、もう少し抵抗されるかと思った。
「ばっ……!
お前……一緒に入るつもりか……!?」
私は彼に馬乗りになる。
ラインハートが真っ赤な顔で見上げてくる。
……なんか、新たな扉を開きそうだわ。
「兄様が逃げようとするからです!
大人しくしててください!
今、脱がせますから!」
まったく、風呂嫌いな子供をお風呂に入れるだけで一苦労ね。
「やめろ……!
女の子がはしたない……!」
ラインハートが自分の服を手で抑えた。
彼の顔は耳まで赤い。
そんなに、お風呂入るのが嫌なのかしら?
「レイア……!」
叱りつけるように名前を呼ばれ、私は振り返る。
そこには……厳しい表情をした母が立っていた。
母の後ろには数人の使用人が控えている。
美人は怒ると怖いって本当ね。
私の背中から冷たい汗が伝う。
「庭先で何をしているのですか?」
私はラインハートの服から手を離し、彼から離れ、立ち上がり姿勢を正した。
「ラインハート兄様と、ルーディーをお風呂に入れようと……。
でも二人とも嫌がるので、無理やり服を脱がせてました」
母は思い切り顔をしかめた。
はしたない行動だったと認めます。
「ワグナー殿下と喧嘩をしたり、急に陛下にお願い事をしたり、今日のあなたの行動は目に余りますよ。
淑やかだったあなたはどこに行ってしまったの?」
母は額に手を当て、ため息をついた。
前世の私に吸収されて消えました……とは口が裂けても言えない。
原作の母がおっとりしていたのは、レイアが手のかからないいい子だったからなのだろう。
「すみません、お母様」
とりあえず、しおらしく頭を下げておこう。
「喧嘩の件はワグナー兄様に非があります」
ワグナーからの虐めの件は、親にすら黙っていたレイアにも問題がある。
だけど原作のレイアは、親にも報告できないくらい、ワグナーに精神支配され追い詰められていたのだ。
「お父様へのお願いも、ラインハート兄様を守る為で……」
ラインハートには頼れる人間がいないのだ。
私が守ってあげないと!
「そうね、虐めの件は私も気づいてあげられなくて悪かったわ。
あなたは私に話して、第一王妃派と争いになるのを避けたかったのよね?
頼りない母でごめんなさい」
母に悲しい顔をさせてしまった。
罪悪感が、沸々と湧いてくる。
「そんな……!
お母様のせいではありません!
昨日までの私に意気地がなかったのです!」
「レイア、自分を責めないで。
私はあなたの味方ですよ」
母が膝を付き、私に目線を合わせ、優しく私の頭を撫でた。
「これからは困ったことがあったら、なんでも相談しなさい」
私を見つめる彼女は、慈愛と慈しみの籠もった瞳をしていた。
第三王妃はとっても良い人みたい。
この人は信じて良いと思う。
これからは心の中でも「お母様」の呼ぼう。
「ラインハート殿下、娘が失礼をいたしました。
はしたない娘で驚いたでしょう。
根は良い子なのです。
どうか、寛容な心で受け止めたください」
ラインハートは、服の埃を払い立ち上がった。
「第三王妃殿下、俺などに敬語を使う必要は、ない……ありません。
殿下という敬称もいらない……不要です」
「では、これからラインハートと呼びますね。
私の事も『母』と呼んで良いのですよ」
王族の思惑とかあるからまだわからないけど、お母様はラインハートのことを気に入って、本心からそう言ってくれているといいなぁ。
「駄目だ……いや、有り難いけど、俺の母は生みの親だけだから……」
遠くを見つめるラインハートは、寂しそうな目をしていた。
ラインハートの実母は彼を生んですぐに亡くなった。
彼は、親の顔も知らずに、離宮で一人で生きてきた。
可哀想なラインハート。私が癒してあげたい。
「生みの親は誰にとっても尊いもの。
あなたの気持ちを尊重します。
母と呼べだなど言った、自分が恥ずかしいですわ」
「いえ、第三王妃殿下……そんなことは」
「ですが、一緒に暮らすのに『第三王妃』ではいささか窮屈。
これからは『ブレンダ』と呼んでください」
「……ブレンダ様」
ラインハートは素直に従っていた。
私の時と態度が違う。
年上のお姉さんに弱いのかな?
私だって前世の年齢を足したら、十分お姉さんなのに……。
お母様と、どこが違うというのかしら?
そこはかとなくジェラシーが……!
この気持ちをどこにぶつけたらいいの?
◆
「ですが、俺はここに住むつもりはありません。
第二離宮に帰ります」
ラインハートは、一礼し踵を返そうとした。私は彼の腕にしがみついた。
「駄目です!
ラインハート兄様のお住まいは、第三離宮です!
これはお父様が決めたことです!
拒否権はありません!」
第二離宮ではお風呂の世話もされず、ご飯も与えられず、服は粗末な布の服しか用意されず、洗濯もされず、まともに教育も施されていなかった。
あんな場所には戻せないよ!
「俺にはこんなキラキラした空間似合わない!」
なるほど、ラインハートは、自分は第三離宮に相応しくないと思っているのね。
「ルーディーも俺と一緒に来るだろう?」
「嫌じゃ。
我はこの屋敷でレイアと共に暮らす。
隙間風が吹く廃墟同然の屋敷で、空腹に耐えながら、そなたと体を寄せ合って、寒さを凌ぐ生活には戻りとうない。
使用人に囲まれ、上げ膳据え膳の生活がしたい」
ルーディーが私の足にピッタリとくっついて、尻尾を上げ体を擦り寄せてきた。
「裏切り者!」
「ラインハート兄様が第二離宮に帰るなるら、私もついていきます!」
「何言ってんだ!
あそこはお前みたいなお姫様が住める所じゃない!」
「ラインハート兄様だって、王子様です!」
「俺とお前は違うだろ……」
ラインハートは苦しそうに眉根を寄せ、そう呟いた。
「兄様……?」
胸がぎゅっと締め付けられるみたいに痛い。
彼の苦しみを私はきっと半分も理解できていない。
知りたい、彼のことを。
彼の苦しみを半分背負ってあげたい!
パン……!
乾いた音がした。
振り返ると、母が両の手を打ち合わせていた。
「二人ともそこまでです。
レイア、ラインハートの手を離しなさい」
「でも、お母様……」
「レイア」
「……わかりました」
母に無言の圧力をかけられ、手を離すしかなかった。
「ラインハート、あなたの気持ちを尊重します。
無理にここに留めません」
「でも、お母様……!」
このままラインハートを返すのは心配だよ。
「ですが、私も陛下から信頼されあなたを預かった身。
当屋敷に一晩も泊めずに返すわけには参りません。
なので、私の顔を立て、一晩だけこの屋敷に滞在してください」
「まぁ……それくらいなら」
ラインハートは渋々といった表情で頷いた。
「では、決まりですね。
ラインハートと神獣様の湯浴みの準備を。
ラインハートの着替えも整えるように」
「承知いたしました」
母の傍に控えていた使用人が二人、お辞儀をして踵を返した。
「ちょっと待て……待ってください!
風呂に入るなんて一言も……。
それに着替えもいりません!」
「そうは参りません。
客人をもてなすのは、この第二離宮の主である私の努め。
当屋敷に泊まる以上、誰であっても決まりは守っていただきます」
「……」
さすがお母様!
無言の圧力で、ラインハートを従わせたわ!!
「ラインハートを湯殿に案内しなさい」
「承知いたしました」
「レイア、あなたもですよ。
夕食の前に湯浴みなさい。
泥だらけではありませんか」
母は私の服を見て、眉を顰めた。
今日は色々あったから、服が汚れてしまったようだ。
「はい、お母様。
では、ラインハート兄様と一緒に……」
子供同士だし一緒に入っても問題ないよね?
「はっ! お前まだそんなこといってるのか!?」
だが、ラインハートに全力で拒絶されてしまった。
「駄目に決まっているでしょう。
別の湯殿を使いなさい。
あなたときたら、慎みをどこに置いてきてたのですか?」
母は、疲れた様子で額を押さえていた。
慎みはおそらく前世に置いてきました。




