5話「決着の時! 神獣の効果凄い!!」
「なっ……! 言語を話す犬だと……!」
神獣を見たことがないのか、国王は前のめりになりルーディーを凝視していた。
貴族たちも予期せぬ出来事に動揺を隠せないようで、口々に何かを話している。
「もののけの類か?」
「いや、誰かの腹話術では……?」
「奇っ怪な……!」
人々の視点がルーディーに集まる。
「ルーディー、騒ぎになってるじゃない?
どうするつもり?」
ルーディーの耳元で囁く。
彼の白い耳がぴくぴく動いて可愛い。
「案ずるな、悪いようにはせん」
そう言って、ルーディーはウィンクし、私の腕を蹴って床に着地した。
犬のウィンク! 動画ではなく生で見てしまった! こんな時だけどキュンとしてしまった! 尊いわ!
「この国の王だな。
我が名はルーディー。
古より呪いの力を宿した一族の末裔。
古来の人間は我らを神獣と呼び敬った」
「し、神獣だと……!」
国王の目の色が変わった。
神獣が珍しいというだけではない。
彼の瞳には神獣に対する、畏敬の念が宿っていた。
ワグナーは神獣を傷つけている。
国王としても、父親としても、心中穏やかではないだろう。
「疑うのなら、我の力を見せてやろうか?」
ルーディーは偉そうに発言しているが、彼の力は与える力。
大人になったらそれなりに強いらしいけど、今はそのへんの仔犬と変わらない。
どう証明するつもりよ?
私はハラハラしながらルーディーの動向を見守っていた。
「古来より神獣は人語を話すと言い伝えられております。
あなたがこうして、我々の前で言葉を発しているのが、何よりの証明。
疑う余地などございません」
国王は信じてくれたみたい。
彼が信心深い性格で助かったわ。
ルーディーの堂々とした態度のお陰ね。
私はホッと息をついた。
「神獣殿とは知らず、数々のご無礼をお許しください」
国王が謝罪する姿を目にし、貴族たちはざわついている。
公の場で国王が神獣と認めたのだ。
貴族も文句は言えないだろう。
ひとまず、ルーディーの身は安全ね。
ワグナーをちらりとみると、彼の顔色は青を通り越して土気色をしていた。
自分の虐めていた物が神獣だとわかり、動揺しているみたいね。
少しは反省しなさい。
「国王よ、そう硬くなるな。
ワグナーとその側近には傷つけられたが、ラインハートとレイアに助けられた。
我はこの二人が気に入っている。
故に、此度の事で国王であるそなたを責めたりせん」
「神獣殿の寛容なお心に、心より感謝申し上げます」
国王は安堵の表情を浮かべた。
「国王よ、先程も申した通り、ラインハートとレイアが言ったことが真実だ。
我が証人だ。
それでもまだ疑うつもりか?」
「滅相もございません。
神獣様のお言葉を信じます」
「ラインハートとレイアは無実。
加害者はワグナーと側近の二人。
それで良いな?」
「はい。
罪を犯したワグナーと側近の二人には、追って重い罰を下します」
「そんな…!
父上あんまりです!」
ワグナーが不満げに叫ぶ。
「黙れ!
ワグナーよ、神獣を傷つけることは重罪だ!
厳しく罰するゆえ、己のしたことを反省せよ!」
ワグナーは何か言おうと口を開いたが、国王に睨まれて口を閉じた。
「陛下、それはやり過ぎですわ!
ワグナーは、その生き物が神獣とは知らなかったのです。
薄汚い仔犬を多少乱暴に扱っただけ。
子供の悪ふざけです。
どうか寛容なご処置を……!
ワグナーが大人しくなったと思ったら今度は母親?
第一王妃がワグナーの減刑を願い出た。
「黙れ!
ワグナーが傷つけたのは他でもない神獣なのだ!
知らなかったでは済まされぬ!
もし神獣殿が命を落としていたら……。
我が国にどのような災難が降り掛かったことか……!」
国王は両手で自分の腕を掴み、体を小刻みに震わせた。
ワグナーほどではないが、彼も顔色が悪い。
貴族たちが神獣の災いについて、ひそひそと話している。
神獣……って、粗末に扱うと厄災を振りまく存在なの?
あの時、ルーディーを助けて本当によかった!
「ゾルヴィック、ワグナーの教育はそなたに一任してきたが……間違いであったようだ」
「そんな……」
「レイアへの暴言と、ラインハートへの暴力の件も合わせ、ワグナーを厳しく取り調べる。
そなたにはワグナーが罪を償うまで、謹慎を命じる!」
「……!」
第一王妃は、センスを握りしめ、真っ青な顔でカタカタと震えていた。
ワグナーだけでなく、第一王妃も罰を受けることになった。
原作の彼女は、ラインハートを折檻し、彼の心の体を深く傷つけた。
ラインハートの健全な教育の妨げになるのは間違いないので、このへんで退場してもらえると助かる。
「神獣様、それでよろしいでしょうか?」
「うむ、上出来だ」
言いたいことを言って満足したのか、ルーディーはくるりと向きを変え、床を蹴って私の腕の中に戻ってきた。
「お帰りなさい、ルーディー。
あなたのお陰で、私たちの無実が証明されたわ。
ありがとう」
「そなたたちは、我が加護の力を与えた存在。
いわば神獣の愛し子。
助けるのは当然だよ。
だか、感謝ならいくらでも受け取るぞ」
「うん、ありがとう」
私はルーディーの頭を優しく撫でた。
彼は満足そうに喉を鳴らしていた。
仔犬を思う存分撫でられるなんて幸せ。
でも、さっき国王が気になることを言ってたわね。
神獣を害したら国が滅びるって……。
原作ではルーディーはワグナーによって殺されている。
だけど、国に大きな災害は訪れなかった。
本当にそんな力があるのかしら?
「ねぇ、ルーディー。
あなたには呪いの力があるの?
あなたを傷つけたら、厄災が降りかかるって本当?」
私は小声でルーディーに訪ねた。
「本当だぞ」
「ええっ!?」
「第一王妃には、悪巧みをする度にくしゃみが止まらなくなる呪いをかけた。
ワグナーとその側近には、大事なときに靴の紐を踏んで転ぶ呪いをかけた。
どうだ。恐ろしいだろう?」
ルーディーは、ニタリと口角を上げ彼らに視線を送った。
第一王妃とワグナーは、何かを感じたのか、ブルリと背中を震わせていた。
ルーディーが彼らにかけられた呪いは、地味だが徐々にメンタルを抉られる。
ルーディーったら、いい性格してるのね。
「我が生きていたからこの程度で済んだのだ。
我を殺していたら……」
ルーディーの声のトーンが変わる。
「殺していたら……?」
私はゴクリと息を呑み、彼の言葉を待った。
「地震、雷、疫病、飢饉、長雨、ねずみやバッタの大量発生、河川の反乱、大雪、竜巻、津波……ありとあらゆる災害が降りかかり、この国は滅亡したであろうな」
全身がぞわりとし、鳥肌が立った。
神獣、恐ろしい……!
こんな可愛い姿をしていて、そんな力を持っているなんて……!
「呪いが発動するまで、一年〜二十年程度の時間差があるがな」
なるほど、割とすぐに呪いが発動したときに「神獣を殺す→神罰が下る」という考えが、人々の間に根付いたのね。
原作では運良く十年以上、何も起こらなかった。
待って! 原作のラストで聖女ニーナは、隣国の王太子の元に嫁いでいる。
聖女が去ったこの国に人々を守るものはない。
そんなときに、神獣の呪いが発動したら……。
原作では描かれていないけど、この国って最終回後に滅んでる?
知りたくなかったわ。
「国王、伝え忘れたことがある。
我を助けてくれたラインハートと、レイアには加護を与えた。
彼らは神獣の愛し子。
これからは二人を丁重に扱うのだな」
「神獣の愛し子」という言葉に、室内がどよめく。
全員の顔に「これが神獣の愛し子か!」と書いてあった。
大勢の大人が、目を大きく見開き、私たちを見ている。
日本に初めて来たパンダになった気分だわ。
ラインハートを蔑ろにしていた者たちは、後悔と悔しさの混じった表情で彼を見つめていた。
その他の貴族は、己の欲の為に利用できないかと、頭の中でそろばんを弾いているようだ。
彼らの欲望の籠もった視線が鬱陶しい。
こういう人たちからラインハートを守るのが、私の使命だわ!
彼が悪い貴族に利用される前に、先手を売っておかなくちゃ!
「承知した。
レイアとラインハートを、これまで以上に大切に扱おう」
国王ったら調子がいいわね。
なにが「これまで以上に」よ。今までラインハートのことを放置していたくせに。
「お父様。
ラインハート兄様は、第二離宮で勉学やマナーや剣術の鍛錬どころか、衣食住の管理さえ満足にされていなかったようです。
なので、ラインハート兄様のお住まいを第三離宮に移したいと思います」
ラインハート兄様を、第三離宮で囲ってしまおう。
そうすれば第一王妃派の貴族からの嫌がらせからも、欲深い貴族からも、彼を守れるわ。
「その件については、後でもよかろう……」
国王はラインハートを第二離宮に放り込んで、育児放棄していた。
その事を認めたくないのね。
「後では駄目です!
お父様は今、ルーディーの前でラインハート兄様のことを今まで以上に大切にするとおっしゃいました。
今、すぐ決断してください!」
有耶無耶にしている間にラインハートを他の貴族に取られたら、後悔してもしきれないわ!
何より、着替えも満足に与えられない劣悪な環境にラインハートを帰せない!
「我に異論はないぞ。
守護するものが同じ場所に住んでいてくれた方が、何かと動きやすい」
ルーディーの援護射撃が入った。
「ルーディーも一緒に来てくれるの?」
「もちろんだ。
そなたたちは我の愛し子だからな」
もふもふわんこと添い寝……前世の夢。
今はそんな状況じゃなかったわ。
「お父様、許可をください!」
「はぁ……。
神獣殿の願いでは断るわけにはいかぬな」
やった! 国王が折れたわ!
「本日より聖獣殿とラインハートの住まいは第三離宮と定める。
ラインハートの教育は、第三離宮の主ブレンダに一任する。
異論のあるものはこの場で申し出よ」
誰も声を上げなかった。
第三王妃側には異論を唱える理由がない。
第一王妃派は今日のことで国王の心証を損ねた。
この上、下手なことを言って国王を怒らせたくないのだろう。
「では、この件はこれにて決定とする!」
良かった! これでラインハートとルーディーと一緒に暮らせるわ!
「ブレンダ。
事後承諾で申し訳ないが、後のことは任せてよいか?」
国王が第三王妃に視線を向ける。
「陛下、私への謝罪など不要です。
神獣様と、愛し子であるラインハート殿下を、我が離宮に迎え入れられること、光栄に存じます。
後のことは私にお任せくださいませ」
母は優雅に立ち上がり、国王に礼をした。
「恩に着る」
第三王妃……レイアの母親は、おっとりしているように見えて、意外と肝が座っているようね。
いきなり神獣を預けられたのに、あんなに落ち着いていられるなんて。
「ルーディー、お父様を説得してくれてありがとう」
「大したことはしておらんよ。
二人と一緒に過ごした方が面白いと思っただけだ」
ルーディーはうさぎみたいに耳を後ろに下げ、パタパタと尻尾を振った。
「ラインハート兄様、すみません。
勝手に決めてしまって」
彼を守りたい気持ちが強くて、彼の気持ちを確認していなかった。
「……」
ラインハートは眉間にしわを寄せたまま正面を見つめ、何も話さなかった。
私と一緒に暮らすの嫌なのかな?
それとも勝手に住むところを決められて、怒っているのかしら?
今は嫌われてもいい!
ラインハートを守ることが優先だわ!
……でも、出来れば好かれたいわ。
◆
ラインハートを守ると意気込んで謁見の間に来たのに……。
私は無力で……何も出来なかった。
ルーディーの助けが無かったらどうなっていたことか……。
もっと力がほしい。
ラインハートを守れる力が……!
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