4話「謁見なんて怖くない! お兄様は私が守ります!」
王宮の謁見の間には、豪華な装飾が施され、厳かな空気に包まれていた。
部屋の奥が一段高くなっていて、赤い絨毯が引かれている。
そこに、華美な装飾が施された椅子が三つ並んでいた。
中央に座っているのが現在の国王ジギフリッドだ。
栗色の髪を肩まで伸ばし、前髪を真ん中で分けたなかなかのイケオジだ。
向かって左側の椅子に腰掛けているのが、ワグナーの実母である第一王妃ゾルヴィックだ。
第一王妃は、真紅の髪をオールアップにし、吊り目がちな茶色の瞳の美人だ。
ワグナーの母親なので、彼女はとてもプライドが高く意地悪な性格をしている。
右側の椅子に座っているのが、第三王妃ブレンダ。
彼女は私の実母だ。
茶色の髪に赤い瞳をしている。
清楚でおっとりした雰囲気の美しい女性だ。
ジギフリッドは愚王ではないが、賢王でもない。その中間にいる至って普通の王様だ。
美人に弱く、女好きなのが欠点だ。
謁見の間には、他にも人がいた。
向かって右側にはワグナーの一族が、左側には私の一族がズラリと並んでいた。
今から戦争でも始めるかのように、皆厳しい表情をしている。
玉座に近い場所にワグナーが立っていた。
彼の背後には側近のゲロンとグスが控えている。
私はラインハートと共に、謁見の間の中奥を進み、国王の前に立った。
前と行っても、三メートルは離れている。
第一王妃派の冷たい視線が、私たちに集まる。
私には敵意を、ラインハートは孤児でも見るような目を向けている。
値踏みされているみたいで、気分が悪い。
横にいるラインハートを見ると、緊張しているのか、表情が堅かった。
同い年の男との喧嘩では負けなしでも、貴族や大人との政治的な駆け引きや口論の経験はないはず。
それに、離宮で暮らしてきた彼はこういう場に慣れていない。
なんの後ろ盾もない彼には、さぞ居心地が悪いことだろう。
こういうとき、豪華な服はそれなりに自分を守ってくれる。
私は濃い紺色のドレスを纏っている。
フリルやリボンが少ないシックなデザインのドレスだが、仕立てや素材は一流だ。
社交という名の闘技場で、十分に私を守ってくれる。
ラインハートが纏っているのは、謁見の間に相応しくない粗末な布の服。
これでは、鎧として役割は期待できない。
前世知識持ちで、こういう場に慣れてる、私がしっかりしないと!
私はラインハートの手を握りしめ、「安心してください。私が守りますから」と囁いた。
「自分の身くらい自分で守れる」
彼はそう素っ気なく呟くと、そっぽを向いてしまった。
彼の男としてのプライドを傷つけてしまったかしら?
「……ありがとう」
ラインハートがそっぽを向いたまま、ぼそっと呟いた。
どうやら、強がっていただけのようだ。
「どういたしまして」
ラインハートは素直でないけど、根はとてもいい子だ。
この子の心を、ワグナーの意地悪で歪ませたくない。
私は深呼吸して、まっすぐに国王の顔を見た。
「レイアです。
ラインハート兄様と共に参りました。
父上に置かれましては、ご機嫌も麗しく……」
「よい、堅苦しい挨拶は抜きだ。
レイア、そしてラインハートよ。
ここに呼ばれた意味はわかっているな?
……待て!
なぜ謁見の間に犬がいる?
なぜ連れてきた?」
国王は、私の腕の中にいるルーディーが気になったようだ。
左手はラインハートと繋いでいるので、右手だけでルーディーを抱っこしている状態だ。
「此度、ワグナー兄様と揉めた原因ですので連れて参りました」
「なるほど、事件の当事者と言うわけか」
「父上、あのバカ犬がオレの手を噛んだのです!
だからオレは犬にお仕置きしようとしたんです!
そうしたら、レイアが邪魔をして、ラインハートがオレを殴ったんです!」
ワグナーの奴、よくそんな嘘を並べられたわね!
だが、第一王妃ゾルヴィックと、彼女の派閥の貴族は、「なんと酷い」、「第二王子殿下は凶暴だ」、「犬は処刑すべきだ」と彼の意見を指示していた。
ワグナー単独ならいざ知らず、オマケがついてるのは厄介だわ。
「ワグナー、余はまだ発言を許していない。
口を慎め」
「……すみません」
国王に叱られると思っていなかったのか、ワグナーは体を縮こまらせていた。
今のところ、国王は中立の立場のようね。
「素行の悪いラインハートはともかく、お淑やかなレイアがそのような行動に出るとは思えん。
レイア、理由があるなら申してみよ」
こういうとき、日頃の行いがものを言うようね。
記憶が戻る前のレイアが、お淑やかな性格だったことに感謝しましょう。
「恐れながら、ワグナー兄様の発言は真っ赤な嘘です。
仔犬はワグナー兄様を噛んでなどいません。
ワグナー兄様は何もしていない仔犬を、側近の二人に命じ棍棒で殴りつけていました。
だから、だから私は仔犬を庇ったのです」
室内がざわついた。
ワグナーは苛立った表情で唇を噛み、ゲロンとグスは真っ青な顔で震えている。
「ワグナー兄様は、私のこともことも棍棒で殴ろうとしました。
ラインハート兄様は、ワグナー兄様から棍棒を取り上げ、私と仔犬を助けてくれたのです」
室内が再びざわついた。
「なんと恐ろしい」、「無抵抗な仔犬とレイア王女を武器で殴りつけるとは……!」、「ワグナー殿下の王族の資質を問うべきですな!」……私の母方の貴族が割と大きな声でワグナーを避難している。
援護射撃ありがとう!
ワグナー&第一王妃派の貴族は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ラインハート兄様は、ワグナー兄様を脅しただけです。
殴っていません」
ちょっと腕をねじり上げたりはしたけど……。そのことは黙っておこう。
「それが事実なら、処罰を受けるのはワグナーの方だな」
国王がじろりと、ワグナーを睨めつけた。
「で、でたらめです!
レイアが嘘をついてるのです!」
ワグナーは事実を認める気はなさそうだ。
「酷いぞ、レイア!
引っ込み思案のお前を可愛がり、面倒を見てきたというのに、そのオレを陥れるというのか!?
お前には兄妹の絆はないのか?」
そんな気色悪いもの、ワグナーとの間にあってたまるものですか!
「ワグナー殿下とレイア王女は仲が良かったはず。
その殿下が、大切な妹君にそのような事をするとは思えませんな」
第一王妃派の貴族がワグナーを援護した。
「その件に関しては余も引っかかっておる。
ワグナーはレイアの面倒をよく見る、良き兄だと認識していた。
そのワグナーが、そなたになぜ暴力を振るおうとしたのだ?」
国王にもそんなふうに見えていたのね。
今こそ、彼らの認識を正すときだわ。
「ワグナー兄様が私を可愛がったことなど、一度もありません。
彼は、私の自尊心を砕き、言葉の暴力を振るい、恐怖で支配していました。
ワグナー兄様が私を連れて歩いていたのは、『妹を大切にする良き兄』を演じ、周囲の好感度を操作するためです」
やっと言えたわ。
記憶が戻る前のレイアが怖くて言えなかったことを、国王に伝えられた。
「それから、ワグナー兄様の側近の二人は私に好意を持っていました。
ワグナー兄様はその気持ちを利用していたのです。
『レイアが見てるぞ、臆病者だと思われてもいいのか? オレの命令に従え!』
そう言って、ワグナー兄様が側近に無茶な命令をしているを何度も聞きました」
国王は真実を知り驚いた顔をしていた。
彼はワグナーを厳しい表情で睨めつけた。
ワグナーは、唇を噛み、冷や汗を流している。
「で、でたらめだ!
レイアはオレを陥れようとしてるんだ!」
ワグナーは、意地でも自分の非を認めないようね。
「お父様、私が申し上げたことは全て事実です。
ワグナー兄様の横暴はこれだけには留まりません。
ワグナー兄様は、ラインハート兄様に難癖を付けては暴力を振るっていました。
ラインハート兄様がワグナー兄様に暴力を振るったのは、自分の身を守るため。
正当防衛です」
ラインハート兄様の汚名もしっかり返上しておかないとね。
「私はワグナー兄様の非道な行いの数々を、全て見ていました。
でも……今までは、ワグナー兄様のことが怖くて何もできませんでした」
もう気弱な頃の私とは違う。
前世の記憶が戻ったからには、ワグナーの好きにはさせないわ。
「ですが、この度のことは見過ごせませんでした。
ワグナー兄様が仔犬に暴力を振るったのは、ラインハート兄様への仕返しのため。
ラインハート兄様が可愛がっている仔犬と知って、棍棒で殴りつけたのです。
復讐の為に、いたいけな仔犬を利用するなんて許せませんでした」
私はキッとワグナーを睨めつける。
「私がこの場で申したことは全て真実です!
お父様、信じてください!
悪いのは全部、ワグナー兄様です!」
私は瞳に涙をたたえ、国王を見つめた。
国王にとって私は唯一の娘。
可愛い我がこのつぶらな瞳攻撃届いて……!
「嘘をつくな!
オレはそんな卑劣な人間じゃない!」
唾を飛ばしながら、ワグナーが叫ぶ。
諦めの悪い男ね。
こいつの心をベコベコにへし折って、泣きながら謝罪させたいわ。
その時、思わぬところから援護が入った。
「レイアが言ったことは、本当です」
横を見ると、ラインハートが真っ直ぐに国王を見据えていた。
「俺は、ワグナーがレイアを虐めているところを何度も見ました。
今日だって、奴がレイアを棍棒で殴ろうとしたから、止めに入ったんです」
こういう場に慣れてなくて、怖いはずなのに……。
私の為に……。
「俺が過去にワグナーに暴力を振るったことがあるのは認めます。
だけど、それは相手が先に手を出したからです」
彼を守る筈だったのに、今は私が守られている。
「父上、ラインハートの証言など信じないでください!
奴の母親は滅びた国の卑しい女……ひっ!」
ワグナーは言いかけた言葉を呑み込んだ。
ラインハートが鋭い目つきで、ワグナーを睨んだからだ。
「我も証言しよう。
この二人は無実だ」
「誰だ!
今発言した奴は!
『我』なんて偉そうに!」
ワグナーが眉間にしわを寄せ、周囲を確認している。
「ここだよ。
我も当事者なのでな発言させてもらった」
謁見の間が、一瞬水を打ったような静寂に包まれた。
「い、犬が喋った!!」
しばらくのち、室内はパニックに陥った。
「……黙っていた方が、良かったのう」
テヘッという効果音が付きそうなあどけない顔で、ルーディーが申し訳なさそうに呟いた。




