3話「助けた仔犬は神獣でした!」
「「い、犬がしゃべった……!」」
ラインハートと声が揃っていた。
彼と顔を見合わせ、再びルーディーへ視線を戻す。
「我が喋ったのがそんなに不思議か?」
「だって、普通犬は喋らないもの」
「我は神獣だ。
人間の言葉くらい話す」
「神獣……?」
「神より遣わされて聖なる生き物だ」
ルーディーってそんな凄い生き物だったの?
小説だと序盤であっさり殺されてるんだけど。
「神獣のくせに弱っちいな」
ラインハートが、ルーディーの頭を指先で軽くつついた。
「神獣の力は与える力だ!
大人になれば己の身を守れるようになるが、子供の頃は仔犬程度の力しかないのだ!」
ルーディーが鼻息を荒く、そう答えた。
「与える力って?」
「言葉通りの意味だ。
血の盟約を交わし、我に名をつけたものに、相応しい力を授けるのだ」
ルーディーは胸を張り、やや偉そうに答えた。
「血の盟約……?」
「そなたたちの傷を、我が舐めただろう?
あれが契約だ」
ルーディーは、私とラインハートの手を前足で指した。
「あとは名前だ。
ラインハートが『ルー』、レイアが『ディー』、合わせて『ルーディー』と名前を付けた」
正確にはちょっと違うけど、二人で名前を考えたようなものなので、スルーしましょう。
「本来は加護の力は一人にしか与えぬのだが……。
今回はお前たち二人に助けられたので、特別に二人に力を与えた」
そうなの? なんか得した気分。
「レイア、我の体に手を当てヒールと唱えてみよ」
ルーディーが、自身の腰の辺りを足で指した。
ワグナーたちに殴られた時、怪我をしていたようだ。
「これでいいのかしら、ヒール」
ルーディーに言われるまま私は呪文を唱えた。
すると、私の手から白い光が出て、ルーディーの体を包み込んだ。
「うむ、痛みが消えた。
なかなかの使い手だな」
ルーディーは立ち上がり、伸びの姿勢をし、嬉しそうに尻尾を振った。
ルーディーの怪我を治せて良かったわ。
「これが、私の力……?」
「さよう、しっかりとそなたの体に馴染んだようだな」
回復魔法が使えるなんて便利!
「これで兄様の怪我を治せますね……あれ?」
ラインハートの手を取ると、「ちょっ……! 勝手に触れるな!」彼は嫌そうに顔を背けた。
「兄様の怪我治ってますね」
ラインハートの怪我も、自分の手の怪我も、いつの間にか消えていた。
「二人の怪我は我が治した。
神獣は舐めることで怪我を治療することが可能なのだ」
なるほど、神獣にはそんな力があるのね。
「でもそれなら、腰の怪我も自分で治せたんじゃ……?」
「癒やしの力は自分には使えんのだ。
それは魔法でも同じゆえ、覚えておくように」
「わかったわ」
聞いておいてよかった。
回復魔法があるからと無茶して怪我して、自分で治せなくて、最悪死ぬところだったわ。
「もういいだろう!
離せよ!」
ラインハートが私の手を振り払った。
彼は自分の手で顔の下半分を覆い、こちらを見ようとしない。
私、ラインハートに嫌われてるのかしら?
彼の顔が赤い。もしかして、勝手に触れたことに怒っている?
推しに嫌われてるなんてショック……。
「ルーディー、兄様にはどんな力を与えたの?」
彼の体は赤い光に包まれていた。
私とは違う力を授かったはずだ。
「ラインハートには、攻撃魔法を授けた。
魔法はその者に一番合った属性が宿る。
ラインハートの場合は炎だったようだな」
炎系は主役が使う技のイメージがある。
炎の魔法が使えるなんてかっこいいわ!
ラインハートは自身の手のひらを不思議そうに眺めている。
「俺に炎の魔法が……?」
「手を体の前に出し、ファイアと唱えてみよ」
「こうか……?
ファイア!」
ラインハートは狐につままれた表情で、ゆっくりと手を前に伸ばし、呪文を唱えた。
彼の手から小さな火の玉が出現し、空中でゆらゆらと揺れていた。
炎はしだいに小さくなり、消えてしまった。
「しょぼっ……」
ラインハートは肩を落としそう呟いた。
「まぁ、最初はこんなものであろう。
あとは鍛錬し、技を磨くのだ!
さすれば、魔法の威力が向上していくはずだ!」
やっぱり、いきなり凄い魔法は使えないのね。
でも、魔法の力を授かれただけでもラッキーだわ!
原作では、回復魔法は聖女であるヒロインのニーナにしか使えなかった!
かなりの貴重な魔法を習得しちゃった!
「磨けば、強くなれるのか? 俺でも」
「もちろんだ。
神獣から加護を授かったのだ。
もっと自信を持て」
「そうか、強くなれるんだな……!」
ラインハートは、強い意志のこもった瞳で、自分の拳を握りしめていた。
男の子だもん、強くなりたいよね。
炎魔法はそれほど珍しくないけど、ルーディーから授かった力なら、他の人より強くなれるはずだわ。
原作のラインハートは魔法を使えなかった。
離宮に放置されていて、家庭教師すら満足に雇ってもらえなかったのだから仕方ない。
「王族なのに魔法が使えない出来損ない!」とワグナーやクラスメイトにからかわれて、その度に相手をボコボコにしていた。
そうして、敵を増やしていった。
これで一つ彼が不幸になる原因を潰せたわ。
ラインハートを幸せにしよう計画は順調ね!
「やりましたね!
ラインハート兄様!!」
私はラインハートの手をがしっと掴み、彼に向かってニッコリと微笑んだ。
「だから、勝手に触れるなって……!
それに、なんでお前が喜んでんだよ……!」
ラインハートは戸惑ったようにこちらを見た。
「それはもちろん推しが……。
いえ、尊敬する兄様が新しい力を授かったのですから、嬉しいに決まってます!」
「尊敬……って、俺のどこを敬えるってんだよ……」
もしかして、ラインハートは他人に称賛されるのに慣れてない?
そうだよね。離宮に押し込められて、お世話をほとんどされなかったんだもん。
人に触れられることにも、人から褒められるのにも慣れてないよね。
よく見たら、ラインハートの服には埃や汚れが付いていた。
かなり長い間使用していたようで、袖やひじの部分の生地が傷んでいる。
素材もシルクではなく、粗末な布製のようだ。
ラインハートの身体は、同い年のワグナーやゲロンに比べて、細い気がする。
ちゃんとご飯食べているのかしら?
顔に栄養失調の兆候がでているかも?
私はラインハートに顔を近づけ、じっと彼の顔を観察した。
「お前……さっきから距離が近いんだよ!
自分の、か、顔がいいのを……自覚しろよ……バカ!」
ラインハートがボソボソ何か言っている。
よくわからないけど「バカ」だけ聞こえたわ。
推しに酷いこと言われて悲しい。
でも今は、そんなことより!
「兄様、この服いつ提供されました?」
「はっ?」
「ご飯は一日に三回食べてますか?
お風呂にはいつ入りましたか?
服はいつ洗濯しましたか?
靴は小さくないですか?
メイドはシーツを毎日交換していますか?
部屋はちゃんと掃除されていますか?」
おそらくシャンプーや石鹸が提供されていないのだろう。
ラインハートに、鼻を近づけるとちょっとだけ臭った。
でも、平気!
推しは匂いを含めて全てが愛おしいのよ!!
彼の体臭は、フローラルな香水も同じよ!
彼の服に顔を埋めて、深呼吸だってできるわ!
「っ……!
お前には関係ない!」
ラインハートは私の手を乱暴に振り払った。
「待ってください!」
私は、立ち去ろうとするラインハートの腕を掴んだ。
「関係なくなんかありません!」
ラインハートは、大人が気づかない虐めに気づいてくれた。
今日だって、自分が怪我するのを厭わずに助けてくれた。
関係なくなんかない!
「あなたは私にとって、とても大切な人です!」
ラインハートが驚いたように目を見開いた。
実は、ラインハートとレイアに血の繋がりはない。
ラインハートは、世間的には第二王妃と国王の子供ということになっているが、実は第二王妃が王女だった頃の護衛との間に出来た子供なのだ。
レイアは第三王妃と国王の子供なので、二人に血の繋がりはない。
でもそんなことはどうでもいい!
彼は私の前世の推しで、現世では……。
「私の恩人で、大切な兄です! 心配するのは当たり前です!」
彼は私から視線を逸らし、「……おせっかい」と呟いた。
鬱陶しいと思われているのかもしれない。
それでも、放っておくことはできない!
「まずは、第三離宮に行ってご飯を食べましょう!
清潔な服と寝床も用意させます!」
第三離宮は、私と母が暮らしている場所だ。
護衛も使用人もたくさんいて、部屋も庭も綺麗に整えられている。
ラインハートが暮らす、第二離宮よりは過ごしやすいはずだ。
「ね、兄様! ルーディーも一緒に!」
「……俺は」
ラインハートは戸惑っているが、嫌がってはいない……と思いたい。
もう一押しすれば、いけそうだわ!
「ラインハート殿下! レイア王女!
お二人共、こちらにいらしたのですね!」
不意に声をかけられた。
声のした方角に顔をむけると、宮殿の方角から近衛兵が数人走ってくるのが見えた。
「ラインハート殿下! レイア王女!
国王陛下ならびに、第一王妃殿下とワグナー殿下がお呼びです!
宮殿までご同行願います!」
近衛兵は、私たちを取り囲み、そう告げた。
きっとワグナーが、さっきのことを国王と第一王妃に告げ口したのね。
このタイミングで宮殿に呼ばれるなんて、それしか考えられないわ。
ワグナーのことだから、私たちが一方的に暴力を振るったとでも言ったに違いないわ。
売られた喧嘩は買ってやろうじゃない!
これくらいのことで挫けていたら、ラインハートを健全な環境で育て、誰からも愛される好青年にするなんてできないわ!
「宮殿……、陛下からの呼び出し……」
そう力なく呟いたラインハートの顔色は悪い。
こころなしか、一回り小さく見える。
私はラインハートの手を両手で包み込んだ。
ピクッと肩を震わせ、ラインハートが私に視線を向ける。
「ラインハート兄様、安心してください。
私がついてます」
私は彼の目を見つめ、にっこりと微笑んだ。
ワグナーの策略から、ラインハートを守ってみせるわ!
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