2話「推しとの遭遇!? 生で見てもかっこいい!」
「ラインハート……兄様?」
ラインハートは金色の瞳を細め、冷淡な表情でワグナーを睨んでいる。
彼はこの国の第二王子で、レイアの腹違いの兄。
歳はレイアの一つ上の十一歳。
そして……「花の聖女」の悪役令息だ。
なんでこんな、絶世の美少年を悪役にするのよ神様(運営)!!
ラインハートの母は、滅びた国の王女。
彼女は、息子を産むと直ぐに息を引き取った。
そのせいで、王宮でのラインハートの地位はとても低い。
ワグナーはラインハートに難癖をつけては、彼に暴力を振るっていた。
それをやり返しているうちに、ラインハートは手の付けられない暴れん坊になってしまったのよね。
人との接し方を知らないラインハートは、ヒロインを無理やり押し倒して、メインヒーローの隣国の王子に斬り殺されてしまうの……。
そのシーンで何度泣いたかわからないわ!
そう言えば、ワグナーが虐めていた仔犬には見覚えがある。
私は腕の中で震える仔犬に視線を向けた。
薄汚れてグレーに見えていたけど、よく見ると仔犬の毛は白かった。
間違いない。この子は原作のラインハートが可愛がっていた仔犬だわ。
原作だと、ラインハートに返り討ちにあったワグナーが、腹いせに仔犬を殺してしまうのよね。
怒ったラインハートは、徹底的にワグナーに報復し、彼に大怪我を負わせてしまう。
ワグナーの母親である第一王妃が激怒して、ラインハートを酷く折檻した。
この件が、ラインハートの心と体に深い傷を残し、彼は人間不信になり、ますます他人を寄せ付けなくなってしまう。
彼が悪役になったのは、不幸な境遇のせい!
推しにそんな人生を歩ませられないわ!
目指せ! ラインハートが皆に愛されて幸せになる人生!!
彼をめっちゃ可愛がって、メインヒーローに育て上げ、ヒロインちゃんと両思いにしてみせるわ!!
「くそ!
ラインハート! 邪魔をするな!
妹の躾の最中だ!」
「躾?
こんなもの(棍棒)を振り回して、女の子を襲うのがお前の躾なのか?
なんなら、俺がお前を躾けてやろうか?」
ラインハートはワグナーから棍棒を取り上げそれを地面に投げ捨てると、彼の手首を掴み捻り上げた。
「ぐわっ……!」
たまらずワグナーが悲鳴を上げた。
「なんなら、このまま折ってやってもいいんだぜ?」
ラインハートが低い声で凄む。
「やめっ……!
離してくれ……もうしないから……!」
ワグナーは瞳に涙を浮かべていた。
「失せろ!
もう俺の前に現れるな!」
ラインハートがワグナーから手を離し、彼を突き飛ばした。
「くそっ……!
覚えてろよ!」
ワグナーが肩を押さえ、涙目でラインハートを睨む。
「ゲロン、グス、行くぞ!」
「待ってくださいよ! ワグナー殿下!」
「置いてかないで〜〜!」
いかにも三流っぽい捨て台詞を残し、ワグナーは側近の二人を連れて去っていった。
「助かった……」
彼らの姿が見えなくなり、私は一気に力が抜けた。
「くーーん」
腕の中の仔犬が、私の腕に鼻を押し付けてきた。
「ごめんね、すぐに助けてあげられなくて。
怪我してない?」
私が前世の記憶を取り戻したとき、仔犬は「キャイン」と悲鳴を上げていた。
ということは、少なくとも一発は殴られたはずだ。
私は怪我がないか確かめるため、仔犬の体を撫でた。
すると、仔犬はぺろりと私の手のひらを舐めた。
ワグナーに突き飛ばされたとき、手のひらを擦りむいたらしく、血が出ていた。
緊張していて、自分が怪我したことにすら気づいていなかったわ。
「治療してくれたの?
ありがとう。
あなたは優しいのね」
頭を撫でると、仔犬は嬉しそうに目を細めた。
「お前、犬と会話してるのか?」
ラインハートが跪き、仔犬と私の顔を交互に眺めている。
推しがこんな間近に!
整った顔立ち、凛々しい目元、そこはかとなく漂う哀愁! たまらないわ!
ゴホン、前世の推しの尊さに悶えている場合ではないわ!
兄と妹とはいえ、今までほとんど接点がなかったわけだし。
なんなら、ラインハートから見たら私はワグナーの仲間なわけだし。
彼と仲良くなるには、まずは謝罪からはじめないと。
「ラインハート兄様、すみませんでした」
「なぜ謝る?」
「私……この子が傷つけられてるのを最初は黙って見てたんです。
ラインハート兄様の大切なお友達だと知っていたのに……」
私は、視線をラインハートから膝の上の仔犬に移した。
仔犬の体はもう震えてはいなかった。
そのことに少しホッとする。
「お前は女だ。
細腕で何ができる」
ラインハートの金色の瞳が、冷たく見えた。
最初から私になど、期待していないかのように。
「仔犬のことだけではありません!
ワグナー兄様が手下と共に、ラインハート兄様に意地悪をしている現場に何度も立ち会っていました!
……なのに、何も出来ませんでした……」
それは、私の記憶が戻る前のこと。
気弱なレイアがワグナーに逆らえるわけがない。
それでも、やるせないのだ。
「華奢な女の子に、助けなんか期待してない」
「でも、母に報告して、ラインハート兄様への虐めを止めることができたかもしれません!」
私はキュッとスカートの裾を握りしめた。
やれることがあったのにしていなかった。
それが、悔しい。
「……お前自身がワグナーから虐めを受けていた。
そんな状況で、俺を救えるわけがない」
「私が虐められていることを、ご存知だったのですか?」
パッと顔を上げると、彼と視線が合った。
彼の黄金の瞳は、少しの後悔と罪悪感を含んでいるように見えた。
「たまたまだ……。
他に人がいない時に、あいつがお前を罵っている声が聞こえたから……」
彼はそう言って視線を逸らした。
周囲は私とワグナーを仲良し兄妹と認識していた。
本当は、ワグナーからパワハラを受けて服従するように躾けられていただけだったのに……。
ちゃんと気づいていてくれる人がいた。
それだけで、心がほっこりした。
「それに……最終的にはこいつを助けてくれた。
それで十分だ」
ラインハートが仔犬の頭をそっと撫で、柔らかく目を細めた。
笑った……!? 今、ラインハートが笑った!?
少年時代のラインハートの微笑みなんて、小説の挿絵では描かれていない貴重映像だよ〜〜!!
彼が手を離すと仔犬の頭に血が付いていた。
ワグナーに殴られた時に怪我したのかしら?
違うさっきまで、仔犬に血はついてなかった。
怪我しているのは……。
「ラインハート兄様、手に血が……!」
「ああ、これか?
棍棒の先端がささくれていたらしい。
握った時に切ったらしい」
ラインハートは自身の手に視線を向け、淡々と答えた。
怪我してるのに、なんでそんな反応が薄いんですか!?
「大変、すぐ医務室で治療を!」
「いい、いつものことだ。
放っておけば治る」
そう言い放つ彼の目は、諦めと少しの悲しみを含んでいる気がした。
怪我するのはいつものこと……?
こんな小さな子が、怪我をしても治療も出来ず、誰にも相談も出来ず、一人で苦しんでいたなんて……。
胸がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなった。
その時、仔犬がもそもそと起き上がり、ラインハートの手をペロペロと舐めた。
「お前も、心配してくれたのか?
ありがとう」
ラインハートは柔らかな表情で、仔犬の背を撫でた。
「兄様、治療……」
「いいって言ってるだろ!
俺はもう帰る」
このままだとラインハートとの接点が……!
彼の怪我も心配だし、このまま返さないよ!
私は立ち上がろうとするラインハートの服の袖をガシッと掴んだ!
驚いた表情で彼がこちらを見つめている。
なんでもいいから話題……!
「ラインハート兄様、この仔犬の名前は?」
私のバカ! 他に話題はなかったの!?
「はっ?
何だよいきなり?」
「名前ですよ! ないと呼ぶとき不便でしょう?」
ごめんね仔犬、だしに使って。
「名前なんかない」
ラインハートが浮かしかけていた腰を降ろし、仔犬に視線を向けた。
「では、いつもはなんて呼んでいるんですか?」
「おいとか、お前とか、そいつとか」
「そんなの寂しいですよ!
名前を付けましょう!」
「いいよ、面倒くさい」
「駄目ですよ!
それでは愛情が伝わりません!
ペットは家族なんですから!」
「お前……へんな事言うな」
ラインハートが訝しげに眉根を寄せた。
この世界ではペットは家族じゃないのかしら?
「とにかく、名前がないと不自由です!
何か付けてあげましょう!」
「仕方ないな……」
ラインハートは、短く息を吐き、諦めたように呟いた。
「小さくて丸っこいから……『ルー』でいいか」
「……」
仔犬は名前が気に入らないのか、ジト目でラインハートを睨んでいる……気がする。
「そんな適当な……。
もっとちゃんとした名前を付けてあげましょうよ」
「……面倒くさい」
ラインハートは仔犬から視線を逸らした。
自分の考えた名前を拒否されて、ショックを受けているのかも?
「この子が可哀想ですよ」
「だったらお前が考えろ」
「いいんですか?」
ラインハートが可愛がっていた犬に名前を付けられるなんて、光栄だわ!
「『ライ』と名付けて、兄様の代用として、可愛がろうかしら?」
「はっ?」
「う〜〜!」
ラインハートからは、「なんだコイツ?」という目を向けられ、仔犬には唸られてしまった。
「冗談です。
ちゃんと考えます」
せっかくだからラインハートが考えた『ルー』は活かしたいわ。
「ラインハート兄様の付けた『ルー』を頭に付けて、……『ルーディー』というのはいかがでしょう?
古い言葉で『オオカミ』という意味があります」
名前が気に入ったのか、仔犬が「ワン」と鳴いて大きく尻尾を振った。
「本人が気に入っているなら、それでいいんじゃないか」
ラインハートが腕組みしながら、コクリと頷いた。
「では決まりですね!
今日からあなたはルーディーよ!」
仔犬は耳を後ろに倒し、尻尾をブンブンと振りながら、「ワン」と吠えた。
こんなに喜んで貰えると、名付け甲斐があるわ。
「……やれやれ、ではこれで契約成立だな」
どこからか、聞き慣れない声が聞こえた。
「今、誰かの声が……?」
私の声ともラインハートの声とも違う。
ラインハートも不思議そうにあたりを見回している。
「今、話したのは我だよ」
目線を下に向けると、仔犬……ルーディが立ち上がりにたりと笑いこちらを見ていた。
「助けられた礼もかね、そなたたちに祝福を授けよう」
ルーディーの体がまばゆい光に覆われ、風が巻き起こる。
神秘的な光景に、私もラインハートも目を奪われていた。
ルーディーから、私に白い光が流れ、私の体を包み込む。
「なんだコレ!?」
隣りにいるラインハートに視線を向けると、彼の体は赤い光に包まれていた。
体がぽかぽかと暖かい。
まるで太陽が体の中に入ったみたいだわ。
「そなたたちに癒やしの加護と、炎の魔法を授けた。
存分に使うがよい」
一度に色んなことが起きて、情報の整理が追いつかない!
だけど……これだけは言いたい。
「「い、犬がしゃべった……!」」
私とラインハートは、同時にそう叫んでいた。




