22話「全ては明日の為! ラインハートの為!」
城の南側には広い庭園がある。
私とラインハートとクロード、それから私の使用人と、クロードの使用人で庭園に向かった。
ラインハートは私の右手を固く握りしめている。
クロードは私の左手をきっちりと握って離さない。
ラインハートはずっと厳しい表情をしている。
対してクロードは笑顔を崩さない。
私は二人に挟まれ、少し疲れている。
城から庭園までずっとこの調子だ。
「あちらに見えるのが樹齢三百年のモミの木ですわ。
まっすぐ行くと噴水広場があります。
その先には芝生を迷路のように刈り込んだ場所があるんですよ。
その右手にはバラ園が、左手には植物園があります。
クロード殿下、どこから見て回りましょう?」
「レイア王女となら、どこへでも参ります」
クロードは目を細めふわりと微笑む。
彼の背後にキラキラエフェクトがかかっているように見えた。
メインヒーローだけあって、無駄に輝いているわ。
私付きの侍女が「はぁ〜〜」と言って、よろけた。
彼はうっかりすると笑顔で人を殺せるわね。
「それでは一番近い噴水広場に参りましょう。
広場の周りには季節の花が植えられています。
ベンチもありますし休憩もできますわ」
「そこがあなたのおすすめの場所なのですね。
拝見するのが楽しみです」
クロードが歯を見せてニコリと笑う。
別の侍女が「はぁ〜〜」と言って倒れた。
もうここまで来ると、RPGの特技レベルね。
クロード:特技「微笑み」。
効果:女性キャラを一定期間休止状態にする。
成功率:九〇%。
◆
噴水広場はいつも以上に手入れが行き届いていた。
きっと、クロードの来訪前に掃除したのね。
噴水がザーザーと涼やかな音を立てている。
噴水の周りには季節の花が色とりどりの花を咲かせている。
ゲームのスチルに描かれそうな場所だわ。
「とても素敵な場所ですね。
心を打たれました」
「お気に召していただけて、光栄ですわ」
お世辞よね。
庭なんてどこの城もさして変わらないだろうし。
「景色が良いのでお茶にしましょう。
レイア王女とゆっくりお話がしたい」
クロードの従者がテキパキとテーブルと椅子をセットしていく。
「ええ、もちろんですわ」
隣国の王太子の頼みだし断れないよね。
時間かかるだろうな。
適当に庭園を案内して、帰りたかったのかなぁ。
こうしてる間にも、ラインハートの訓練の時間が奪われていく。
もどかしいわ!
「クロード殿下、お菓子の配置なのですが」
「ちょっと失礼。
すぐに戻ります」
従者に呼ばれたクロードが、私から手を離し、テーブルへと駆けて行く。
はぁ……やっと息がつけるわ。
王太子の機嫌を損ねたら、お母様に怒られてしまう。
そうなったら、今度こそ剣術大会の見学を禁止されてしまう。
それだけは絶対に嫌!
ラインハートの晴れ舞台を、見逃すなんてあり得ないわ!
クロードといる間は、清楚なお姫様を演じないとね!
気が抜けないわ。
作り笑いのし過ぎで、顔が筋肉痛になりそう。
「兄様、剣術の稽古に遅れてしまいます。
クロード殿下の案内は私に任せて、そちらに行ってください」
お茶会は長引きそうだし、その間ラインハートを拘束できないわ。
「訓練はもう十分にした。
俺はお前を一人に残していけない」
ラインハートは一度私の手を離し、腕を腰に回した。
過保護モード発動中ね。
「侍女もおりますし、クロード殿下と二人きりになることはありません」
「侍女が頼りにならないから言ってるんだ!
ここに来るまでにバタバタ倒れて、もう一人しか残っていないじゃないか!」
クロードの微笑みを見て、一人また一人と倒れ……。
残ったのは年配の侍女一人だけだった。
「クロード殿下の従者もおりますし……」
「あいつの従者なんて信用できるか!
あいつが命令したら、お前たちを二人きりにして、姿を消すに決まってる!」
そこまでして、クロードは私と二人きりになりたいとは思えないわ。
原作のクロードは、ヒロインと出会うまで女の子に興味を示さなかった。
淑やかな笑みを浮かべ、裏では泥沼の蹴落とし合いをする貴族令嬢に心底うんざりしていたのだ。
天真爛漫な聖女ニーナに出会い、彼は雷に打たれるような衝撃を受ける。
彼の好みは庶民の女の子。
王女の私は彼のタイプではない。
だからわからない。
クロードが私をお茶に誘った理由が。
クロードは王族だ。
原作に描かれてないだけで、他国の王女とお茶を飲みながら世間話くらいしただろう。
クロードにとってこれは外交。
相手が私でも、ラインハートでも、ワグナーでも、何なら猿でも一緒なんだわ。
だとしたら、このお茶会に対して意味はないわね。
「兄様の取り越し苦労です。
クロード殿下にとってこれは外交の一貫。
仕事だから、王女の私をお茶に誘ったに過ぎません。
彼は、私個人になんて一ミリも興味ありませんわ」
「お前は自分の価値を分かっていない!
お前は世界一可愛いんだ!
男はみんな虜になる!」
ラインハートの目は本気だった。
彼は身内への評価が甘くなるタイプなのね。
農夫が「家で育てた野菜は天下一品だ!」と言ってるようなものね。
「よこしまな目でレイアを見てただろ? 気づけよ!」
そうだったかしら?
「俺は、お前があいつの視界に入るのも嫌なんだ!
庭の案内は侍女に任せればいい!
一緒に第三離宮に帰ろう!」
私もできればそうしたい。
でも、お母様を怒らせてしまう。
そしたら明日の大会が……。
「それはできません。
お帰りになるなら、兄様お一人で帰ってください」
ラインハートは、目を見開き口を少しだけ開いたまま固まってしまった。
彼のそんな顔を見るのは辛い!
ごめんなさい!
これも全部、特等席でラインハートを応援するためなの!
◆
「レイア王女、お茶の支度が整いました」
クロードが私を呼びに来た。
相変わらず、無駄に爽やかな笑顔だわ。
後ろでまた一人侍女が倒れた。
今度からクロードに会う時は、男の使用人を付けましょう。
「ありがとうございます。
すぐ参りますわ」
テーブルに向かおうとしたが、ラインハートが私の腰から手を離してくれない。
「ラインハート殿。
レイア王女は僕と過ごしたいようだ。
彼女は解放していただけますか?」
クロードは穏やかな笑みをたたえているが、ラインハートに向ける目は冷ややかだ。
「それはできない相談だ。
妹は俺と一緒に帰るからな」
ラインハートは私を背後からすっぽりと包み込んだ。
これでは動けないわ。
「ラインハート殿は、レイア王女を大切に思っているのですね。
ですが、いい加減に妹離れするべきです。
レイア王女は操り人形ではない。
彼女の意思を尊重すべきです」
「うるさい!
お前にレイアの何がわかる!」
ラインハート、言葉遣いが乱れているわ。
相手は友好国の王太子なのよ。
そんな言葉遣いは駄目よ。
「レイア王女も、兄上が過保護では息が詰まるでしょう」
クロードが私の手を握る。
「レイアに触れるな!」
謁見の間の冷戦再びね。
二人がバチバチと火花を散らしている。
ラインハートは私の腰を、クロードは私の手を握って離そうとしない。
国王の目がないから、二人共遠慮がなくなっている。
「ラインハート殿の過剰な干渉は、レイア王女の心を圧迫しているのではありませんか?
彼はあなたの自由を奪っている。
違いますか?」
外れよ。
私は好きで、ラインハートと一緒にいるの。
今回は理由があって別行動したいだけ。
「レイア王女、あなたは兄上から離れ、広い世界を知るべきだ。
我が国にお越しください」
「レイアは、お前の国なんか行かない!」
「ラインハート殿、あなたには聞いてません。
レイア王女、年単位で留学してはいかがでしょう。
国を上げて歓迎しますよ」
留学……?
無い無い。
私の目的はラインハートを、クロードを超える貴公子に育てること!
隣国に行ったら、推しの成長を見守れないじゃない!
これから、少年から青年に成長する一番いい時を迎えるんだから!
一日たりとも見逃せないわ!
「レイアは留学なんかしない!
ずっと俺の傍にいるんだ!」
ラインハートがヒロインと両思いになるその日まで、傍で見守るつもりよ!
留学なんかしてる暇ないわ!
「だからあなたには聞いていませんよ、ラインハート殿」
「妹の一番の仲良しは俺だ!
横から奪おうとする奴は誰であっても許さない!」
何度、火花を散らせば済むのだろうこの二人は。
「喧嘩はやめてください!」
ラインハートは忙しいのだ!
もう完全に遅刻だけど、今からでも彼を稽古に行かせる!
きっと、先生から大会に向けてのアドバイスももらえるわ!
「兄様、私のことが心配なのは分かります!
ですが、稽古をサボるのはよくありません!
今からでも行ってください!」
「レイア……」
ラインハートの眉はハの字になり、口角が下がっている。
「それとクロード殿下!
今日お会いしたばかりなので、手を握るなどの行為はお控えください。
嫁入り前の身ですので。
他国への訪問や留学は私の一存では決められませんわ」
お母様を怒らせたくなくて我慢してたけど、過度の接触はマナー違反よ!
「すみません……。
気持ちが先走ってしまいました」
クロードはしょんぼりとしたように肩を落とし、瞳を潤ませた。
そしてようやく、手を離してくれた。
「ラインハート殿、少し二人だけでお話をしたい」
「俺はお前と話すことなんてない」
「聞いておいた方ががいいですよ。
僕が話したいのは…………についてです」
クロードがラインハートの耳元で何か囁いた。
ラインハートが息を呑む音が聞こえた。
クロードは何を伝えたの?
「レイア、悪いが少し外す。
すぐ戻るから待っていてくれ」
ラインハートはクロードと共に、庭園の奥へ歩いて行った。
男同士で何の話かしら?




