第十一話 赤い車
いつも『レストラン・ゲロマズ』をお読みいただき、ありがとうございます。
人には、誰にも見せない一面があります。
普段は静かで無口な人でも、ふとした瞬間に見せる表情や、大切にしているものから、その人らしさが伝わることがあります。
今回は、そんな原島修一郎の、ほんの少しだけ違う一面を描いたお話です。
そして、その姿を見つめるブル子の心にも、小さな変化が生まれます。
それでは、第十一話「赤い車」をお楽しみください。
昼の十二時。
レストラン・ゲロマズ。
カラン。
「いらっしゃいませダー!!」
店長の元気な声が、店内いっぱいに弾けた。
原島修一郎は、いつもの席で静かにコーヒーを飲んでいた。
ブル子が空になったカップを下げる。
「ありがとうございました。」
修一郎は小さく頷いた。
会計を済ませると、何も言わずに店を出て行く。
ブル子は食器を片付け終えると、ゴミ袋を持って裏口へ向かった。
ドアを開ける。
昼下がりのやわらかな風が、ふわりと吹き抜けた。
その時だった。
裏口の前に、一台の赤いスポーツカーが静かに停まっていた。
修一郎が運転席へ乗り込む。
ブル子は思わず足を止めた。
「あれ……。」
修一郎がブル子に気付き、窓を少しだけ開ける。
「どうした。」
「今日は、いつもの黒い車じゃないんですね。」
「たまには、こいつも動かさないとな。」
ブル子は車を見つめる。
「素敵な車ですね。」
修一郎はほんの少しだけ口元を緩めた。
「古いだけだ。」
短い返事だった。
修一郎はキーを回す。
セルモーターが静かに回り始める。
次の瞬間。
乾いたエンジン音が裏路地に響いた。
赤いスポーツカーは、ゆっくりと走り出す。
角を曲がり、その姿は見えなくなった。
ブル子はしばらく、その方向を見つめていた。
「……素敵。」
その時、裏口のドアが開いた。
「なんかうるさい車が走って行ったシャー。」
シャー子だった。
ブル子は思わず笑った。
「そうかな。」
「シャー子は静かな車が好きシャー。」
ブル子はもう一度、赤い車が消えた道へ目を向ける。
そして、小さく微笑んだ。
【第十一話 完】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、原島修一郎のもう一台の愛車が登場しました。
車の名前や詳しいことは、あえて語っていません。
ブル子にとって大切だったのは、車種ではなく、その車に乗る修一郎の姿だったからです。
一方で、シャー子は最後までシャー子でした。
「なんかうるさい車が走って行ったシャー。」
その一言で、しんみりした空気を少しだけ和らげてくれました。
『レストラン・ゲロマズ』は、笑いだけでも、シリアスだけでもありません。
その両方があるからこそ、この店の日常が生まれるのだと思っています。
次回は、少しずつ止まっていた時間が動き始めます。
これからも『レストラン・ゲロマズ』をよろしくお願いいたします。




