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第十話 忘れ物

いつも『レストラン・ゲロマズ』をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、大きな事件も派手な展開もありません。


ただ、一つの忘れ物から見えてくる、一人の男の横顔。


人は言葉だけではなく、何気ない仕草や、長年使い続けている道具にも、その人らしさが表れるものです。


いつもより少しだけ静かなゲロマズを、ゆっくりお楽しみください。

昼の十二時。


レストラン・ゲロマズ。


今日も店はいつも通りだった。


「いらっしゃいませダー!!」


店長の声が響く。


原島修一郎は、いつもの席に座る。


「こんにちは。」


ブル子が水を置く。


修一郎は軽く頷いた。


コーヒーを注文する。


静かに飲む。


それだけだった。


シャー子も今日は珍しく静かだった。


「兄さん、今日は静かだシャー。」


修一郎は答えない。


コーヒーを一口飲むだけだった。


やがてカップが空になる。


修一郎は会計を済ませ、店を出た。


ブル子がテーブルを片付ける。


その時だった。


テーブルの端に、小さなライターが置かれていた。


真鍮色のオイルライター。


角は丸く擦れ、長い年月を感じさせる。


「忘れ物……。」


ブル子はそっと手に取った。


「店長さん。」


「なんでしょうダー?」


「原島さんの忘れ物ですよね。」


店長はライターを見る。


「預かっておくダー。」


その日の夜。


カラン。


静かな店にベルが鳴った。


入口に立っていたのは修一郎だった。


昼とは違う、少しだけ疲れた表情。


ブル子はすぐに気付く。


「忘れ物ですか?」


「ああ。」


ブル子はカウンターの奥からライターを取り出した。


「こちらですよね。」


修一郎は受け取り、親指で表面を軽くなでる。


「助かった。」


短い一言だった。


ブル子は微笑んだ。


「よかったです。」


修一郎はライターをポケットへしまう。


店を出る前に振り返る。


「コーヒー。」


ブル子は少し驚く。


「はい。」


湯気の立つコーヒーを前に置く。


修一郎はゆっくりと一口飲んだ。


静かな時間が流れる。


飲み終えると席を立つ。


会計を済ませる。


店の外へ出る。


夜風が頬をなでた。


修一郎はポケットからライターを取り出す。


煙草を一本くわえる。


カチッ。


小さな炎が揺れた。


紫煙が夜空へ溶けていく。


一本だけ。


吸い終えると火を消し、ライターを静かにポケットへ戻した。


その背中を、ブル子は店の窓越しに見つめていた。


「……大事なライターなんですね。」


修一郎は振り返らない。


ゆっくりと夜の街へ歩いて行った。


【第十話 完】

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


第十話は、原島修一郎という人物を、できるだけ多く語らずに描いてみました。


古びたライター。


一杯のコーヒー。


一本の煙草。


どれも特別なものではありません。


けれど、それらを大切に扱う姿から、修一郎という男の生き方を少しでも感じていただけたなら嬉しいです。


賑やかなゲロマズの日常は、これからも変わりません。


その一方で、修一郎の過去や「レインメーカー」という謎も、少しずつ姿を見せ始めます。


次回も、レストラン・ゲロマズでお待ちしております。

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