第35話:ワイングラスを通して見る映像は……………
輝夜が正気に戻り満流とゆったりと話をしている間、ロワールはそんな状況になっているとは夢にも思わなかった。次の吸血の時間までまだたっぷりあったのでしばらくは人形と化した恋人を目の前になすすべのない男を想像するだけで滑稽で笑えていたのだ。
「はははっ。人間よ。嘆き悲しむがいい。我はすでにもう千年、泣くという感情すらどこかにやってしまったわ。」
今日もワイングラスを片手に一人語っていた。
ロワールはよくワインを嗜むが彼はいくらワインを飲んでもその体質のせいですぐに浄化されて酔うということが出来ない。唯一酔えるはの吸血行為の時だけのようだ。
〝はっ、こんなワインなど飲んでも味もせぬわ…。だが時折こうしていないと我が人間だった頃を忘れてしまうのでな…。〟
無意味なワインが入ったグラスを片手に彼はそれでもグラスを揺らし、揺れるワインをみつめていた。
ワインの中に映像が映る…
それは古い古い記憶と呼べる映像だ
ロワールは静かに目を閉じてその映像に合わせて記憶を辿る…。
懐かしくて悲しい遥か昔の…。
山の中の崖沿いにそびえ建つ古びたお城。
だがそれなりに手入れはされてきたようだ。城の庭園には木々が生い茂り、花々も彩り豊かに植えられている。
庭園を駆けまわる小さな子供たちが見える。賑やかに笑っている。大人たちが少し離れてその様子を見守っている。
「お兄様ぁ~。」
そう言って小さな女の子が両手いっぱいに花々を抱きかかえていた。
「もう、○○は!そんなに走ったら危ないよ。」
そう言って男の子は女の子に駆け寄って花を抱えた妹を抱き上げた。そしてそのまま
「○○はお母様に会いに行こうとしてたんだね?」
「うん。お兄様、一緒にお母様に会いに行きましょう。」
「わかった。」
そして二人はそのまま二人の母の元へと歩いて行く。
母親と思われる女性の寝室へと場面が変わる。
「お母様!」
二人の子供が女性に声を掛ける。そこにはベッドに横たわる母の姿があった。
女性は子供たちの声で目を覚ましたようだ。
「あらまぁ…。二人で尋ねて来てくれたのね。ありがとう。」
男の子がおずおずと母親に尋ねる。
「お母様…。お身体の具合はどうですか?」
母は男の子の方を向いて優しい顔で答える。
「ええ。あなた達の顔を見れたからとっても気分がいいわ。」
男の子はパアッツと笑顔になった。そして女の子が母に
「お母様、これ綺麗でしょ?お庭にあったのよ。」
そう言って抱えていた花を母に渡した。
「まあ、○○。ありがとう。本当に綺麗ね。」
女の子はニッコリと笑った。
コンコン…。誰かが部屋をノックする。部屋付の侍女が対応をしているようだ。
すると父親が入ってきた。彼は心配そうな顔をして近付いてくる。
「ユリア…。」
「あなた…。」
父はこの王国の王であり、執務が忙しい合間をぬって母に会いにきたのだ。その事を知っている男の子は小さな妹を抱き上げて、子供たちはそっとその部屋を出た。
子供たちは知らない。父親に異変が起こっていることを…。
「あなた…。」
ユリアはそれ以上言葉にしなかった。だが、彼女の目が物語っていた。細く痩せた腕を差し出して…。
「………………。すまない、すまない。ユリア…。」
そう言って彼女の腕に口を近付けた。〝プツッツ…!〟と言う音と共に少しだけ血しぶきが飛ぶ。
結婚して子供たちが産まれたあとも二人には何も問題はなかった。いつからだろうか。愛するアントンの様子が少しずつおかしくなったのは…。ユリアは薄れる意識の中でその小さな変化に早く気付いていたら何かが変わったのだろうかと思っていた。
二人の母が病弱だと言われているのにはこうした父親からの吸血行為による血液不足のためだ。もう何年も続いており、とうとう起き上がることさえままならなくなっていた。
母の寝室でそのような事が起こっているとは露知らず、男の子は妹を乳母に預けたあと、母親に用があって母の部屋を再度訪ねていた。それが悲劇の始まりだとは知らず─────
その時に彼は見てしまったのだ。父の秘密を…。
男の子は父が母に対して吸血行為を行っていたことを知ってしまったのだ。その場で叫びそうになったのを必死で堪えた。それはその行為を許している母に対してでもあり、目の前で見た事が見間違い、夢であって欲しいという思いからだ。そして彼はすぐにその場をそっと立ち去った。
──────────ハァ、ハァ、ハァ…。
〝こんな話、一体誰が信じるっていうんだ!〟
彼は思いっきりかけて庭園の奥へと進んで行った。今は誰にも会いたくない。一人になりたいと…。
彼は自身の心と向き合った。
大好きな父と母。だが、その父は吸血行為というおぞましい行為を行う者だという事実。今は母だけだが、それがいつか自分や妹に向けられるのではないかという恐怖。そして日増しに弱っていく母を見て母が死んでしまうのではないかという恐怖…。
彼は怯えていた。だが、同時に彼も疑問を抱いた。
〝お父様は妹が産まれてからも普通のお父様だった。ここ数年のお父様はどこかボーっとしておかしい時はあるがそれでも変わりないと思っていた。いつからだ?何がきっかけで…。〟
彼はそれさえ分かれば父を元に戻せるのではないかという気持ちがあった。だが、自分ひとりで何が出来るというのだろうか…。
彼は17歳だった。まだ成人を迎えて間もない時期だ。この国では16歳が成人として扱われるからた。
その夜、彼は父の執務官から父に来るようにと呼び出された。
執務感の表情を見るが、特に変わった様子はない。執務官は多分、何も知らないのだろう。男の子は執務官の言う通りに父に会うためについて行くことにした。
彼の握った手には汗がじわりと滲んでいた。
ご覧下さりありがとうございます。今回はロワールが古い記憶を辿るお話です。
次回に続きます。




