第45話 最後の策
一行の前に姿を見せたドラゴンは、これまでの戦闘で、霧による回復以上に傷つき、弱っていたはずだった。それでも、正面に向かい合った一行は、底知れぬ威圧感によって一瞬、動きが止まっていた。
「グッ!」
ドラゴンが前足を地面に強く踏み鳴らす。リュミナたちが我に返ると共に、ドラゴンの体から、再び真っ黒な霧が溢れ出す。
「また霧に包まれると厄介だ!みんな!追撃を!」
ソラがそう言いかけた時、その声を掻き消すような、悲鳴にも似た咆哮が山全体に響き渡る。
「何だ!?まだ何か、隠された力でもあるってのか!?」
ザンドが警戒しながらそう言うと、スリーズが周囲を気にしながら首を振る。
「いや……違う。この感じは……」
振り返ると、辺りに生息する魔物たちが、霧を纏って凶暴化した状態で、あちこちから山を登ってきていた。
「まさか、さっきの咆哮で、あいつらを呼んだのか!?」
「くそっ、今の俺たちには、霧の王と戦いながら奴らの相手ができるほどの体力は残ってないぞ!」
慌てるアシュレイとカイレンを飛び越え、ソラが前に飛び出す。
「囲まれ切ったらいよいよ逃げ切れなくなる!合わせろ!ザンド!フルパワーで一点、逃げ道を開くぞ!」
「おうよ!」
ソラの作戦を察したザンドも、大剣に雷を纏わせる。
「〈サイクロン・バスター〉!」
「〈サンダー・ソードV3〉!」
二人の実力者の放った竜巻と雷は、向かって来る霧の魔物たちを吹き飛ばし、大群の中に一箇所だけ、山を下るための道を切り開く。
「全員まだ走れるよな!ここは一度逃げて、態勢を立て直す!急げ!」
ソラ達が走り出す中、リュミナはただ一人、霧に包まれていくドラゴンの方を見つめていた。
彼女には、ドラゴンの咆哮が、まるで何かに苦しみ、助けを求めるような、そんな叫びに聞こえていた。それを感じ取ったリュミナの目には、霧に包まれていくドラゴンが、まるで何かに体を支配され、闇に堕ちていくように見えてならなかった。
「リュミナ!しっかりしろ!」
両肩を掴まれて、リュミナははっと我に返る。彼女の隣には、心配そうな顔で見つめる、カイレンとセリの姿があった。
「大丈夫か?……かなりヤバい状況だ!一度逃げるぞ!」
「リュミナ、大丈夫?走れる?」
カイレンとセリの、心配そうな気持ちが伝わって来る。リュミナは頷いて、二人の手をギュッと握る。走り出す寸前、一瞬振り返ったリュミナの目に映ったのは、霧を纏った魔物たちが、さらなる霧の力を求めているのか、霧の王に飛びついている光景だった。
「カイレン!セリ!リュミナ!こっちだ!」
少し先で、アシュレイが三人を心配しながら待っていた。すぐ近くにはソラ、その少し先には、先の安全を確認しているザンドとスリーズもいる。
「これで全員だな!?この辺り一体にさっきよりも濃い霧が立ち込めている。おそらく、この山の、ほぼすべての魔物が凶暴化していると見ていいだろう。この先に少し開けた場所があったはずだ。そこなら、こいつが使える」
そう言うと、ソラはテレポートジェムを取り出して見せる。一行は頷くと、ザンドとスリーズの後を追って走り出す。先頭を走るスリーズは、一瞬、頭上の岩肌に何者かの影のようなものを見つけて立ち止まる。
「誰!?」
言い終わらないうちに、一瞬の閃光が走り、スリーズの頭上の岩が爆発する。
「危ない!」
スリーズが瞬時にアシュレイを後ろへ押し返し、そんなスリーズをザンドが素早く抱き寄せる。
土煙が立ち込める中、落ちてきた落石によって、リュミナたちの退路は完全に塞がれてしまった。
「ザンド!スリーズさん!大丈夫か!?」
ソラが駆け寄って岩壁を叩く。
「おう!こっちは二人とも無事だ!そっち側!五人とも大丈夫か!」
壁の向こうから、ザンドとスリーズの心配そうな声がする。リュミナたちはひとまず安心して、胸を撫で下ろす。
「待ってろ!こんな壁、俺のサンダーソードで……」
そう言って、壁の向こうからは必死で岩壁を攻撃する音が聞こえて来る。
「なるべく早く、壁を壊してくれるとありがたいね……」
そう言って、ソラは剣を構えて振り返る。リュミナたちの前には、先ほどの爆発音と落石によって、こちらに注意が向いた多くの霧の魔物たちがジリジリと迫ってきていた。リュミナ、カイレン、セリ、アシュレイ、そしてソラは、傷ついた体で再び武器を構えた。
――――
「〈セイクリッド・バスター〉!」
カイレンの渾身の一振りが、迫っていた魔物たちを消滅させる。しかし、その背後に潜んでいた魔物が飛びかかって来るのに、カイレンは反応できない。
「カイレン!」
間一髪、ヘロヘロのアシュレイが放った風弾が、飛びついてきた魔物を吹き飛ばす。
「サンキュー、アシュレイ……」
カイレンも、セリも、アシュレイも、リュミナも、ソラも、連戦によってすっかり体力は底を尽きかけていた。
「みんな……今から僕が、最大の一撃を出す。なるべく派手にね……。その隙に、みんなは逃げるんだ」
ソラはそう言って剣を掲げるが、先ほどよりも小さな竜巻が弱々しく渦巻くのみだった。
「無理だよ。ソラ、君の腕が震えてる。魔力切れの証拠じゃないか……そんな状態で魔法なんて使ったら、君が死んじゃうよ……」
そんなアシュレイの腕を優しく振り払い、ソラは歯を食いしばって無理やり作った笑顔を見せる。
「それでも……僕がやらなくちゃ。僕は……"風の勇者"なんだから!せめて……君たちを逃して、霧の王を道連れに……」
そう言いかけて、ついに片膝をついてしまう。
「くそっ、せめてこの霧がなければ……後一発はデカいのが撃てそうなんだけど……」
そう言ってカイレンとセリも剣を振るが、剣から出る弱々しい光は、もはや付近の霧を僅かに浄化する程度のものだった。
(何か……何か、この状況を打開できるものは……)
リュミナも自身のポーチを開き、手でかき混ぜる。その時、カランという音と共に、一つの小瓶が手に触れる。何かを閃いたリュミナは、再び前を、霧の王たちのいる最深部をまっすぐに見つめる。
「……アシュレイ、追い風でいいの。少しでも、背中を押す風を起こせる?」
「え……うん。あと少しなら、撃てるよ」
「カイレン、この辺りの霧を晴らせられれば、剣の力を使える?」
「あ、ああ。今の俺なら、霧のない状態で10……いや、5秒ほど剣に力を込められれば、撃てると思うぜ!」
「セリ、アシュレイが風を起こしたら、5秒間だけ、カイレンの周りのこの霧を浄化できる?」
「ええ。やるよ。リュミナのその顔。何か策があるんでしょ?」
セリの言葉に、リュミナは笑顔で頷き、それにつられて四人は笑顔を取り戻す。
「じゃあみんな、信じてるから……。アシュレイ、合図をしたら、お願い!」
そう言うと、リュミナは大きく息を吸い込むと、まっすぐに前を見つめ、走り出した。
「いくよ!〈ウィンド〉!」
アシュレイの杖から放たれた風は、周囲の霧を少しだけ弾き、リュミナの背中を優しく押す。
「セリ!」
「分かってる」
セリは、アシュレイの作った、霧のなくなった空間を維持するように、光の剣を振り、周囲の霧を浄化する。カイレンはじっと集中し、剣に力を込め始めた。
素早く走るリュミナは、霧の魔物たちの攻撃を身軽に避けつつ飛び上がり、霧の王に弓を向ける。こちらに気がついた霧の王は、他の魔物を払い飛ばしていた暴風をリュミナに向ける。
(この暴風なら……風のマナが……)
放たれた矢は、暴風に乗っていた僅かな風のマナを受け、鋭く早く、霧の王に目掛けて突き進む。しかし、霧の王は素早く首を動かして矢を避けると、大きく口を開き、反撃の体制をとる。
リュミナの作戦通りだった。大きく口を開けた霧の王に、リュミナはポーチから取り出した小瓶――エアロムントに訪れた際、ジストにもらった万能薬"フェアリードロップ"を投げ入れる。それを口にした瞬間、霧の王は苦しむように暴れ出し、周囲には更に黒さを増した霧が吹き出し始め、リュミナをも飲み込んで広がっていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第45話「最後の策」いかがでしたか?
霧の王であるドラゴンの咆哮は、なんと煙山中の魔物を霧に包んで凶暴化させてしまいました!
逃げ道も絶たれてしまった一行でしたが、なんとリュミナは霧の王に、万能薬である"フェアリードロップ"を投薬しました!一行は無事に生還することはできるのでしょうか!?
次回「霧晴れ」水曜日投稿予定です。お楽しみに!
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