第41話 ザンドの責任
数年前――その霧は突然現れた。"煙山"より流れ出たそれは、あっという間に紫の森の瘴気に混じり、フローナの村を覆い尽くした。
「おい、何なんだよあの霧は!瘴気ともまた違うし、何より、あれに触れた魔物が凶暴化してる。何で突然、あんなものが……」
村の若者たちが狼狽する。
「落ち着くんじゃ!ひとまず、村の結界の補強頻度は月一回から週一回にする!そこまでしっかりさせておけば、たとえ外の魔物が凶暴化しようと、村には入って来れぬ」
村長が指示すると、村の結界師たちが頷いて、村のあちこちへと散った。そこへ、何事かと首を傾げながら、ザンドが駆けつける。
「親父!これは一体……。何が起こってるんだ?」
「おお、ザンドか!ちょうど良い。今、結界師たちが村の結界を補強しておる。お前も早く行って、村の中に入ってしまった魔物を退治してくるんじゃ!」
――その後、村の一角にて――
「〈ブレイズ・スラッシュ〉!」
炎の剣を受けた魔物は、その場に崩れ落ち、近くにいた若者がザンドに礼を述べる。
「助かったよ!ザンドさん!俺たちだけじゃどうしようもなくて参ってたんだ」
「おう!いいってことよ!」
そう言うと、次の魔物を探して、ザンドは再び走り出す。言葉には出さないが、明らかに様子のおかしい魔物や森の雰囲気を気にしながら。
――数分後、村の出入り口付近――
ザンドの鋭い一撃に、魔物はばたりと崩れ落ちる。
「助かったよ、ザンド。よし!みんな!これから結界補強魔法を使う!魔法の壁が、結界に馴染むまで触らないようにするんだ!」
そう言うと、結界師たちは一斉に補強魔法を使い、結界に沿うように透明な壁が形成され始める。その様子を近くで見ていたザンドは、不意に森の奥で、木だと思っていた何かの影が倒れたのを目にした。
「……まさか!?」
次の瞬間、結界師たちの制止も聞かず、まだ壁の形成されていない部分から、森へと飛び出した。周囲から飛び出してくる魔物たちを吹き飛ばし、倒れたものの側へと向かう。抱き上げたそれは、瘴気にやられ、体の一部が紫に変色した女性、スリーズだった。
「何を考えてるんだ!ザンド!待ってろ、今、少しの間だけ結界魔法を解く!」
結界の中から、結界師が叫ぶのをザンドは手を挙げて止める。ザンドの周りには、霧や瘴気の影響で興奮した魔物たちが何体もやって来ていた。
「よせ!補助魔法が結界に馴染みきってない!今の状態で結界魔法解いたりなんかしたら、こいつら全員、村に入ってくるぞ!」
そう言うと、ザンドは覚悟を決めた表情でスリーズをグッと引き寄せる。
「一応聞いておくが、補助魔法が結界に馴染みきれば、いつもみたいに、一瞬だけ穴を開けて出入りすることもできるんだよな?」
「あ、ああ。あと1日くらいで……完全に馴染めば、いつものように一瞬で穴も開けるが……ザンド、まさか……」
スリーズを後ろに寝かせたザンドは、魔物たちの方を向いて、背にした大剣を抜き放つ。
「俺は!この村生まれの最強剣士!強く!勇敢な男!その名も!ザンド様だ!」
そう言って、ザンドは飛びかかってくる魔物の群れを向かい撃つ体勢で武器を構えた。
――次の日――
「……う、ん?」
目を覚ましたスリーズは、目の前に広がる見知らぬ天井に困惑する。
「お姉さん、目を覚ましたみたいだね。もう体は大丈夫かい?」
看病していた村民の女性に支えられ、ベッドから降りたスリーズはあたりを見回す。近くの机にまとめて置いてあった、自分の持ち物を身につけながら、何だか騒がしい隣の部屋を見つめる。
「うるさかったかい?あれは、森で倒れてたあんたを庇って、一日中魔物と戦い続けていた無茶な馬鹿者の姿よ」
その部屋では、ザンドが村の医師に押さえつけられながら傷薬を塗られている。しかし、一箇所塗るごとに、ザンドは巨大な悲鳴を上げる。その様子を村長も呆れた顔をして見つめていた。
「……うん、何となく、覚えてるよ」
スリーズはそう言うと、ザンドのいる隣の部屋へ入っていく。スリーズに気がついたザンドは、悲鳴を止めて腕を上げる。
「よお!お姉さん。無事に目覚めたようでなりより!体も大丈夫そうだな!」
先ほどまで大声をあげていたとは思わせないザンドの笑顔に、スリーズはクスッと笑うと手を差し出す。
「うん。おかげで助かったよ。私はスリーズ。よろしく」
差し出された手をザンドも握り返す。
「俺はザンドだ!こちらこそ、よろしくな!」
その時、家の扉が開き、村の若者が入ってくる。
「村長!あの霧の発生源は、やはり"煙山"で間違いないようです!」
「……やはりそうだったか……。さて、どうしたものか」
村長が顎に手を当てると、治療が終わったザンドが立ち上がる。
「どうするも何も、この村で"煙山"の魔物を倒しながら登ることができる実力者なんて、一人しかいないだろ!」
しかし、村長は首を振る。
「あんな霧を出す魔物など見たこともない。下手なことをして事態が悪化するのであれば、それこそ、この村は全滅してしまう。お前は特に!下手なことをするにおいて、この村で右に出るものはおらん」
すると、スリーズも立ち上がって村長に申し出る。
「なら、私も"煙山"へ同行します。こう見えても、腕に自信はありますし、ザンドや、この村への恩に報いたい」
スリーズの言葉に、村長は少しだけ眉を動かす。ここぞとばかりに、ザンドは畳み掛ける。
「なぁ、頼むよ。何かあったら、その時は俺が責任を取る!俺もこの村を救いたいんだ!」
次の日、二人は村人たちに見送られ、"煙山"を目指して歩き出した。
――それから数週間が経った――
「……なぁ、あれ。どう見ても霧の元凶っぽいよな……?」
"煙山"に到着した二人は、前方に佇む黒いものに目を向ける。それは、全身に黒い霧を纏い、もはや魔物としてのシルエットすら見せないほどだった。しかし、呼吸と思われる体の動きに合わせて、黒い霧が周りに溢れ出している姿は、誰の目にも霧を出す元凶であることを疑わせない。
「よし、さっさと倒しちまおう」
ザンドが静かに大剣を抜き放つと、気配を察知したのか、魔物はこちらを振り返り、咆哮と共に周囲にさらに大量の黒い霧を放つ。
「……何の!〈サンダー・ソード〉!」
ザンドも雷を纏った斬撃を撃つが、それは魔物の周りに広がる霧に防がれ、突き抜けて虚しく空を切る。魔物はその間も、黒い霧を増やし続け、本体がどこなのかはもう判断がつかないほどに、霧の塊は巨大化していた。
「どうなってるんだ……?」
飛び退いたスリーズも、魔物の位置がわからず戸惑う。ザンドのそばで、一瞬、霧が渦を巻いた。
「ぐわっ!」
霧の渦は、一瞬のうちに獣の顔のようなものを形成し、迎え撃とうとしたザンドの剣に喰らいつく。霧の中を青い電気が走り、噛みつかれたザンドの剣は、煙と共に溶けて、銀色の液体が地面に垂れる。獣の顔は、剣を噛んだまま、ザンドの方を睨む。その時、上空から飛び込んできたスリーズが、鉤爪で魔物の頭を突き刺した。
「グオォ!」
魔物は素早く振り払い、霧の中へ隠れると共に、中から出した爪のようなものがスリーズの鉤爪を砕く。
「助かった!スリーズ!」
「……だが、すまない。仕留めきれていないようだ」
霧の塊はさらに勢いを増して黒く濃く、広がり始め、その渦の中から、こちらに対する敵意のようなものが強まっていく気配も感じる。
「ザンド、こいつには私たちじゃ勝てない!」
スリーズの言葉に、ザンドも唇を噛み締める。
「今は……逃げるぞ!」
――ザンドは、初めて自分の力が及ばなかった悔しさに、無力感に苛まれながら、フローナの村へと走るしかなかった――
村へ戻った二人は、再び村長と話をしていた。
「ザンドよ……。お前たちが"煙山"へ行ってから、霧は減るどころか勢いを増した。紫の森の魔物も、凶暴化し続けておる」
「……ああ、分かってる。俺たちは、元凶を怒らせただけで倒せなかったんだ……。これがその結果さ……」
そう言って、ザンドは村長の方を見る。
「……だから、俺は旅に出る!元凶を倒すだけじゃない!森を何とかする方法も見つけるんだ!霧が勢いを増した原因は、俺たちにもあるだろうからな……」
スリーズも頷いて、ザンドの肩を叩く。
「乗りかかった船だ。私も協力するよ」
すると、村長は一冊の本を手に取る。
「……この話はあくまで噂話なんだが……。エルフの住む森は、瘴気などもなく、綺麗な場所になるらしい。森を浄化できるエルフがいるのなら、手を貸して欲しいものだ」
「……森を浄化できるエルフ……」
そうして、ザンドとスリーズは村を出た。森を浄化できると噂の、エルフを探して――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第41話「ザンドの責任」いかがでしたか?
今回はザンドの過去話。なぜ彼らがリュミナを、エルフを探していたのかについて語られました。
霧に包まれて、ザンドやスリーズはどの実力者でさえ、その正確な姿すら捉えられなかった"霧の王"...。
果たして、リュミナたちは討ち取ることができるのでしょうか...?
次回「煙山」月曜日投稿予定です。お楽しみに!
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