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7.ゴリラ砲台

 夜明け前の薄暗さが残るジャングルの中を、微かに揺れる焚き火の明かりが照らしている。村の柵を越え、その火を踏み荒らしているのは軍服の連中だ。


「おぅい、下位互換のグライルさんよぉ! 出てくんなら今のうちだぜ?」


 葉っぱのテントの隙間から様子を伺うと。抜刀した若造が、コビト族の家を覗き込んでいた。


「あのクソ野郎……」

「アイス一等兵?」

 

 ハナは舌舐めずりをしつつ、俺の後ろから顔を出した。


「アイスじゃなくて、ドルズな……」


 アイツはハナを兵器としてしか扱わない連中の筆頭だ。アイスを与えてコイツを懐柔していた理由が、どうにも思いつかない。


「グライル、どうする?」

「んなの『逃げる』一択だ。コロボックル連中のためにも、さっさとここを離れるぞ」


 それにしても、なぜこんな密林の奥深くまで追ってこられたのか――砂漠のオアシスに流れ着いたのも、コロボックルの村に来たのも、俺たちにとってすら予測不能の事態だったというのに。


「グライル……?」


 背中にぴったりくっついていたハナが、不安げに俺を見上げる。


「このまま後ろのジャングルに入るから、そのままくっついてろ」


 しかし俺たちが動いた気配を察知したのか、兵士のひとりが低く叫んだ。


「いたぞ! 確保しろ!」

「ちっ……行くぞ!」


 ハナの手を引き、勢いよくテントを飛び出す。コロボックルたちも異変に気づいたのか、辺りで慌ただしい足音が響き始めた。


「くそっ、何でこんなに多いんだ……!」


 兵士たちは十人以上いる。しかも、ほぼ転生組――ドルズを除けば、シュティングルの補佐官として、第一線で活躍するような連中ばかり。まるで俺たちがここにいることを確信していたような編成だ。

 きっとこれは偶然じゃない。何者かが密告したか、それとも俺たちの足取りを、正確に追跡できるスキルを持つヤツがいるのか――。


「グライル、追いつかれる!」

「いいから逃げろ! 戦うのは最後の――」


 そう言いかけた瞬間、魔法を帯びた銃弾が近くの木にめり込んだ。警告などする気はないらしい。問答無用で殺しにきている。


「戦うしかねぇか……!」


 腰の剣を抜くが、向かってくる敵の数は圧倒的に多い。ドルズにすら勝てるか怪しい俺のへっぽこ剣技では、どうにかなるレベルじゃない。


「【ハッピー・アイスクリーム】」

「あ……?」


 構えていた剣に、何かが当たった気がした。剣先に突き刺さるコレは――。


「……アイス!」


 こんな状況にもかかわらず、ハナは剣先のアイスクリームに手を伸ばした。


「あはははっ! ほーんとチョロいなぁ、最終兵器ちゃんは」

「ドルズ……テメェ」


 どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むのか。ヤツは左手を構え、もう一度こちらに向けてスキル詠唱をはじめた。


「俺の美味しいスキル、【ハッピー・アイスクリーム】は、氷か水さえあれば、ダブルのコーンアイスを無限に生み出すことができる! どうだ、最高のスキルだろぉ?」


 最高――本気でそう思っていそうなヤツのドヤ顔に、心からの「なぜ」を投げつけてやりたい。


「そんなのが俺より上位スキル……? 戦場で甘いもん配る方が評価されんのかよ……やっぱ狂ってんじゃねぇか、軍の上層部連中」

「そんなとはなんだぁ!? 戦場で頑張る兵士の皆々様に、オレがいつでも美味しいアイスをご馳走できるんだぜ?」


 それに剣の腕は俺より上、と胸を張るドルズに、何も言い返せなかった。

 すべてコイツの言うとおり、とは思わないにしても、俺にコイツらを跳ね除ける力がないのは事実だ――。


「私の力、使う?」


 腰にくっついたハナがそう問いかけた。

『敵を殺せば「よし」って言われた』――祠で見た、ハナの虚ろな表情が脳裏をよぎる。


「ダメだ」

「でも……」

「でもじゃねぇ! お前はもう兵器じゃないんだ!」


 そう言い切ったものの――俺は連中が雑魚スキル呼ばわりする【シェイプシフト】だけで、戦えるのだろうか。この人数を相手に。

 剣を構える腕が震える。元の世界で剣道部にいたとはいえ、目の前の相手は命を奪うことに躊躇(ためら)いのない兵士たち。生まれた時から戦火の中にあったヤツらと、平和な世界を知る俺とは格が違う。


「グライル……」


 ハナの赤い瞳が、月光を反射して冷たく光っていた。生まれた時から兵器として定められていたコイツの覚悟も、俺なんかとは比べ物にならない。

 割り切った目で、迫り来る兵士たちを見ている。


「今の私、だれにも命令されてない。だから、私の意思で戦いたい」

「……でも」

「グライルを守るために、戦うだけ」


 強い覚悟を口にしたハナに、言い返そうとした口を閉じた。「ダメだ」と喉を飛び出しかけた言葉をため息に変え、「最低限な」、と吐き出す。


「……うん、わかった」

「間違っても殺すなよ!」


 ハナは力強く頷いた。


「ドルズ、そのまま引き留めろ! 兵器も脱走兵も殺してよしとの通達だ」

「隊長、視界が悪くて弾が当たりません!」


 鬱蒼と茂るジャングルは視界が悪い。ハナが打ち出す魔法も、広い戦場ならば無敵だが――こうも視界が悪いのでは、敵味方どちらも攻撃は難しい。


「ジャングル焼き尽くしたら、ハポルたち、こまる?」

「ああそうだ。ちゃんと、やる前に考えられたな」


 しかし悠長なことは言っていられない。


「シュティングル師団長が到着なさるまで、標的を逃すな!」


 師団長(ヤツ)が来れば、間違いなくハナは本気を出さざるを得なくなる。

 限られた時間で追っ手を蹴散らしつつ、できるだけ遠くへ行くには――湿気で思考が鈍る中、ふと木陰に視線を遣ると。こちらの様子をうかがう、黒い瞳と目が合った。


「あれは……」


 そうだ。ジャングルという地の利を最大限活かせるヤツらに化ければ――。


「ハナ、俺に乗れ!」


【シェイプシフト】


 四肢や身体が厚みを増し、鋼のように硬い筋肉に覆われていく。


「グライル、すごい……これ、初めて見るアニマル」


 全身が黒い毛に覆われていく様子に、ハナは状況を忘れて見入っている。


『ああ、ジャングルの王者ゴリラだ!』


 木の枝を飛んで渡れる握力を手に入れたところで、俺はハナを肩に乗せた。そのまま木の上に飛び乗り、ヤツらの頭上を駆け回る。


「くそっ、どこ行きやがったんだよぉ二等兵先輩!?」


 ここなら相手に狙い撃ちされる心配はない。むしろ俺たちが、ヤツらを狙い撃ちできる舞台が整ったわけだ。


『俺が動く砲台、お前が主砲だ! 背後から近づいた隙に、的を絞って狙い撃ちしろ!』


 できるだけジャングルに火をつけるな、と注文をつければ、ハナは良い笑顔で「やってみる……!」と腕を持ち上げた。

 魔法印の刻まれた手のひらが光り、紅の魔法陣が浮かび上がる。


「撃つ!」

『よし、いけ!』


 ハナが圧縮した炎の矢を打ち出す直前、木から兵士の背後に降り立つ。そしてハナが放つ魔法の光弾を正確に敵へ向けさせる。


「グライル、すごい!」

『お前こそ、ナイスピッチだ!』


 どこから現れるか分からない俺たちに、連中は下手なステップを踏みながら踊るように狼狽えている。その調子で次々と敵を吹き飛ばしていくが――立てなくなったヤツらが増えていくにつれて、胸の中に焦りが膨らんでいった。

 また、力を使わせてしまった。

 せっかく封じさせたはずなのに、俺は――。


「グライル?」


 肩の上のハナが、不思議そうにこちらを見下ろしている。


『……ごめん』

「……?」

『お前に、戦わせちまった』


 今更な言葉に対し、ハナはふるふると首を振った。


「ちがう。戦わせられてない。力を使ったのは、私の意思」


 初めて見る、真剣な表情だった。

 ハナがこんな顔をするなんて――それ以上に、「私の意思」なんて言葉を口にするなんて、思ってもいなかった。


『……そうか』


 コイツの方が、とっくに覚悟が決まっていたらしい。

 中途半端なまま、ここまで走って来た自分を笑いつつ、頼りになる相棒を見上げた。


『ありがとうな、ハナ』

「うん……」


 ハナの笑顔に見惚れたのも束の間。ジャングル中に響いていた虫の声が止み、背後で木々がざわめいた。

 この気配は――木から降り、すぐに身を低くすると。密林の奥から現れたのは、白銀の鎧を纏った大男だ。


「……シュティングル」


 ハナの感情を消した呟きに、俺は思わず奥歯を噛みしめた。結局コイツを本気で戦わせることになるのではないか――そんな事態に陥る前に、早くこの場から離れなければ。

 今ならば、背後から狙い撃ちにされることもない。木々の隙間を抜け、さらに密林の奥へと進んでいった。


『……にしても』


 何かが引っかかる。

 やはり俺たちがここにいることを、最初から知っていたかのようだ。


「グライル……」

『口、閉じとけ。荒くなる』


 胸の奥で膨らむ不安を振り払いながら、ハナを抱え直し、再び木の上に飛び乗った。

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